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異世界情景  作者: 独楽犬
9/33

戦い未だ終わらず 5

8月15日 午後10時過ぎ

 休戦協定発効まで14時間を切っていた。日本兵たちは一応はいつもどおりに警戒警備を続けていたが、その一方で休戦協定のために気が緩んでいた。居眠りをする者も居れば、呑気に空を眺めている者、どこからか酒を調達して一杯やっている者もいる。それを注意すべき下士官や将校たちも休戦目前ということで、いつものような睡眠妨害の砲撃さえ無いのであるからどこか気が抜けていて見逃している場合がほとんどであった。無論、例外もあったが。

 神埼と同じタコツボの古参兵もその1人であった。古参兵は谷の向こうの斜面に目を凝らしていた。

「何か見えるんですか?」

 神埼は冗談交じりに尋ねた。

「見えるぞ。なにかが動いている」

 返答はえらく真剣であった。

「至急、指揮官に報告」




 神埼は伝令役を引き受け、鷲峰らの居る小隊本部に駆け込んだ。

「中村上等兵がそのように言ったのか?」

 藤堂が神埼に尋ねた。

「そうであります。それで小隊長殿に報告するようにと…」

 それを聞いた藤堂は後ろで横になった空を眺めている小隊長を見つめた。

「その中村上等兵の目は信頼できるのか?」

「はい。猟師の家の生まれで、その手の能力は抜群です。彼の言葉は信じるべきです」

 藤堂の言葉を聞いた鷲峰は少しの間黙り込んだ。しかしすぐに結論を出した。鷲峰は新任少尉がもっとも守るべき教訓を遵守することにした。つまり“下士官の言葉には耳を傾けろ”である。

「どうすればいい」

「寝ている奴も全員叩き起こしてタコツボに配置しましょう。警戒を高めるのです」

「そんなことやってみんな怒らないかな?」

 鷲峰の心配事に藤堂は首を横に振って。

「どうせあと12時間ちょっとです。最後にそれくらい働かせても罰はあたりませんよ。それから中隊本部に報告を」

「そうだな」

 鷲峰は立ち上がって、自分用のM1カービン銃を手にとった。




マルクトレドヴィッツ 師団司令部

 有線電話を通じて中村上等兵の報告は20分以内に司令部へ伝わった。

「どう思いますか?」

 師団長直属の参謀の1人が師団長に尋ねた。

「確かに気になるな。念のために斥候隊を派遣しよう。ただちに編制をしてくれ」




山中

 中隊長は隷下の全小隊に臨戦態勢を命じた。鷲峰の第2小隊はまっさきに態勢を整えていた。兵士達は武器を持ってタコツボに篭もり、何時でも撃てるように弾を込めた。

 神埼は相変わらず中村と同じタコツボの中に居た。

「奴らが来ている」

 中村が言った。

「見えるんですか?」

「分かるんだ」

 神埼はすぐに分隊長に報告した。それはすぐに小隊本部に伝えられた。



 報告を受けた鷲峰少尉は連隊本部を通じて連隊砲部隊に照明弾を撃つように要請した。一分後に四一式山砲の1門から照明弾が放たれ、鷲峰の小隊の陣地の上空で光を放ち地面を照らした。タコツボから頭を出して斜面の下を眺めていた鷲峰はフリッツヘルメットの被った男たちの姿を認めた。実物を見るのは初めてだったが迷う必要はなかった。敵である。

「撃て!」

 一斉にあらゆる火器が放たれた。各分隊に1丁ずつ配備されている九九式軽機関銃が、上級部隊から配属された九二式重機関銃が、そして九九式小銃が無数の弾丸を放つ。何人かのドイツ兵が倒れるのを確認すると鷲峰は後ろの通信兵の手を掴んだ。

「連隊砲隊に制圧射撃を要請するんだ。目標はさっきと同じでいい」

 それだけ命じると鷲峰はまた前を向いて、部下たちに負けないようM1カービンを撃ちはじめた。

「少尉、良い判断です」

 藤堂軍曹が後ろからそう声をかけたが、鷲峰の耳には届かなかった。

 すぐに四一式山砲が放った榴弾が斜面に着弾し始めた。それを皮切りに山中のいたるところで戦闘が始まった。




マルクトレドヴィッツ 師団司令部

 山中での戦闘の音は師団司令部まで届いていた。

「山で始まったぞ。街道からも来るに違いない。偵察隊はどうした!」

 師団長が怒鳴ると、伝令がやって来た。

「偵察部隊がドイツ軍と遭遇。新型ティーガーを含む小規模な機甲部隊を先頭に我が方に突撃してきています」

 それを聞くと司令部に詰めていた高級将校たちは青ざめた。街道に配置されているのはティーガーには歯が立たないM4シャーマン戦車である。

「フォード大尉はどこだ!」




街道

 林に挟まれた街道を巨大な戦車が突き進んでくる。ティーガ―II重戦車だ。それが10輌ほどで、さらにその後ろに兵士やハーフトラックが続いている。

 それに立ち向かう者もあった。ある四一式山砲装備の連隊砲隊がそうであった。砲身の先に取り付ける形式の対戦車()弾を準備して、巧妙に偽装した陣地の中から狙いをすましていたのである。

「撃て!」

 指揮官の号令とともに、丸いタ弾が放たれた。それは砲塔正面に見事に命中したが、ティーガーIIにはなんの効果も無かった。

「糞!正面からじゃ話にならん。陣地転換!」

 だがティーガーIIはその暇を与えてはくれなかった。陣地転換のため動く兵士たちとともに連隊砲は榴弾で吹き飛ばされた。



 ティーガーを狙う者は他にも居た。戦車壕に車体を隠し、砲塔だけ露出した状態で待機する米軍から貸与されたシャーマン戦車である。シャーマンの装填手は貴重な高速徹甲弾を76.2ミリ砲に装填した。これならば至近距離であれば、ティーガーIIの正面装甲でも貫く事ができるのである。

 彼らが待機する陣地の前は曲がり道になっており、ティーガーIIがここを通るならば、必ずシャーマンに比較的装甲が薄い側面を見せることになる。やがてティーガーIIのエンジン音が聞こえてきた。

「用意!」

 砲手の照準装置がティーガーIIを捉えた。

「てぇっー!」

 1000mの距離から放たれた高速徹甲弾がティーガーIIの砲塔側面を貫いた。

「やったぁ!虎戦車をやっつけたぞ!」

 喜ぶ戦車長だが、喜べるのはそこまでだった。

「敵歩兵接近!」

 誰かの声に慌てて確認すると、パンツァーファウストを持った歩兵たちがすぐそこまで迫っていた。

 戦車長はすぐに砲塔上に設置された7.62ミリ機銃をドイツ歩兵に向け乱射したが、もう間合いは無かった。1発のパンツァーファウストが放たれ、シャーマンの装甲を貫いた。




マルクトレドヴィッツ 師団司令部

 師団司令部には各方面から情報が送られてきたが、どれも芳しくなかった。

「奇襲のため、戦車と歩兵がうまく連携できていないようです。防御線を下げて、態勢を立て直し火力を集中して撃破しましょう」

 参謀の1人が進言した。

「うむ。フォード大尉は?」

 そこへ起きたばかりらしいフォード大尉が現れた。

「遅れて申し訳御座いません。我が中隊はいつでも出撃可能です」

「よろしい。この位置に展開したまえ」




山中

 奇襲効果のため、ドイツ歩兵部隊を完全に阻止することはできなかった。各地で防衛線を突破され、後方に浸透されつつあったのである。

 鷲峰の部隊はあらかじめ防御態勢を整えることができ、全面から迫る敵を阻止することに成功したが、隣接する部隊が圧倒され、側面ががら空きになっていた。ドイツ歩兵はうまくそこに入り込み、鷲峰の部隊にも横から突撃を仕掛けてきた。

「少尉!敵が側面から迫っています」

 それに気づいた藤堂が報告をした。

「着剣!」

 すでにすぐそこまで迫っている。白兵戦は避けられない。兵士たちはすぐに銃剣を銃口の先に取り付け、白兵戦の構えをとった。

 ドイツ兵が突撃してきて、両軍の将兵が入り乱れた。




街道 防衛線

 迫撃砲、連隊砲、大隊砲、野砲。あらゆる火砲が放たれ、戦場に落ちる。歩兵は圧倒される中、頑固な装甲を誇るティーガーII戦車は砲撃を突破した。

 ティーガーを待ち構えていたのは数輌のM29サムナーであった。ティーガーの戦車兵は見たことも無い新型戦車相手にも果敢に正面から立ち向かった。しかし、それは間違いであった。

 強力無比と連合国軍から恐れられた71口径88ミリ戦車砲であったが、300ミリ近い装甲厚を有するM29戦車を相手にしては分が悪かった。距離800メートルから砲塔正面に放たれた砲弾は見事に弾かれてしまった。次はM29の番である。

「前進!目標!先頭車輌!」

 フォード大尉が命じた。戦車が前に進みティーガーとの距離を詰める。強力な105ミリ砲であるが、ティーガーの正面装甲とやりあうにはまだ若干の不安があった。

「てぇっー!」

 65口径105ミリライフル砲から徹甲弾が放たれた。やはり砲塔正面に突っ込んだが、先ほどの88ミリ砲とは異なり、見事に装甲を突き破った。連合国軍が始めて正面からティーガーII戦車を破壊した瞬間であった。



 夜が明けた。

 “戦い未だ終わらず”は次回で終了です。次作は感想欄で提案されていた案を基に英連邦所属の日本を舞台にしたものを投稿するつもりです。


(改訂 3/19)

 実在の人物が登場するシーンをカット

(2014/10/23)

 内容を一部変更

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