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異世界情景  作者: 独楽犬
7/33

戦い未だ終わらず 3

1946年8月15日 山中

 ドイツの大地に朝が訪れた。

「眠れましたか?」

 鷲峰は神崎の問いに欠伸で返した。

「そうですか。私も全然眠れませんでしたよ」

 時間は午前の7時。鷲峰は神埼と他一名の兵士を率いて再び山を登った。そして15分後、ようやく小隊の配置されている地点まで到達した。

 第3中隊はある峠を守るべく配置されていて、2つの峰に挟まれた峠の道を挟んで北側を第1小隊、南側を第2小隊が守っている。第3小隊は予備として中隊本部とともに待機中だ。

 鷲峰らは第2小隊を守る陣地へと進んでいった。木々が生える斜面に塹壕が掘られ、峠道に向けて機関銃や各種火器が向けられている。陣地へとやって来る鷲峰たちを見つけて第2小隊の兵士たちが次々と集まってきた。

「お前ら、新兵か?」

 兵士の1人が鷲峰に続いている神崎ともう1人の兵に尋ねた。

「そうでありますが?」

 神崎の返事を聞いて、兵士たちが一斉に騒ぎ始めた。

「俺は勝川の出身だ!今はどんな様子か知っているか?」

「一宮の駅前の本屋の娘が嫁いだって聞いたんだが、本当か?」

「俺は安城の出でな…」

「上津具のことをなにか知っているか?」

 次々と詰め寄ってくる兵士たちに神崎は圧倒されていた。

「いや、その…すみません。私は横浜出身なんですよ」

 それを聞くと神崎らを取り囲んでいた兵士たちが肩を落として離れていった。

「そうだな。今日び、こんな有様じゃ同郷同士ってわけにゃいかんよ」

 日本陸軍は連隊ごとに同じ地方から兵士を徴収するのが普通であるが、大戦が長引き戦線が欧州奥地まで進んだために徴兵区と配属部隊を一致させることが難しくなったのである。

 その様子を見て軍曹の階級章をつけた兵士が神埼に声をかけた。

「すまないな。古参兵のなかには日本を離れて5年以上になる者も居る。私も4年目だ」

 軍曹は諦観ともとれる不思議な笑顔を見せた。

「軍曹。君がこの小隊の指揮官かね」

 鷲峰が下の山道を眺めながら言った。

「はい。藤堂とうどう軍曹であります。前任の小隊長が重傷を負い後送されたため、臨時に指揮を執っておりました」

「なるほど。本日より私が指揮を引き継ぐ。戦況の方は?」

「時折、ドイツ軍の小規模な斥候隊が現われるだけであります。大抵の場合は我々の手持ちの火器で事足りております」

 2人は敵の潜んでいるであろう森を睨みつけた。



マルクトレドヴィッツ 師団司令部

 正午を迎えた司令部の前に師団の高級将校が並んでいた。目的は増援部隊の出迎えである。

 やがて地面が揺れて増援部隊が現われた。

「デカイな。あれが」

「あぁ。M29サムナー重戦車だ」

 それこそアメリカ陸軍がドイツ軍のティーゲルIIやソ連軍のJSシリーズに対抗するべく開発された切り札である重戦車だ。1944年9月からT29の名で開発が始まり、最近になって南北戦争最年長の野戦軍団指揮官に由来する“サムナー”の名を与えられて実戦配備されたのである。その重量は63tに達し、枢軸国のあらゆる戦車を破壊できる65口径105ミリ戦車砲を搭載するこの戦車はまさに連合国軍最強の戦車であった。それが1個中隊20輌も増援として派遣されたのだ。

「中隊長のフォード大尉であります」

 先頭の戦車から指揮官が現われて、見事な敬礼を見せた。

「師団長だ。よく来てくれた」

 師団長は見事な英語で返した。かつては駐在武官としてイギリス大使館に勤務していた彼は英語が堪能であった。

「噂には聞いていたが、実物を見ると圧倒される。素晴らしい戦車だ」

「ありがとうございます。タツミ将軍。このM29ならジェリーどもの戦車なんて一撃ですよ」

 そう言ってフォード大尉は愛車の砲塔を手でパンパンと叩いて自信を示した。

 そこへ伝令兵がやって来た。

「師団長。軍司令部からです」

 その場に居た全員が伝令に注目した。

「ジュネーブの代表団が休戦協定に調印しました!」

 高級将校たちは言葉の意味を理解するのにしばらく時間を要した。

「戦争が終わる、ということか?」

 参謀の1人が呟いた。その言葉が決定的なものとなった。

「そうか。終戦か」

「長かったなぁ」

「万歳!万歳!」

 顔を緩め戦争終結を喜ぶ高級将校たち。日本語が解らず状況を理解できないフォード大尉は怪訝な表情をした。

「なにがあったのですか?」

 訪ねられた師団長は満面の笑みで答えた。

「戦争が終わるのですよ。休戦協定が調印された」

「それは本当ですか!良かった!これで国に帰れる」

 するとフォードは戦車の中に戻り、乗員にその素晴らしい事実を知らせ、さらに戦車を降りて部下の戦車長に教えてまわった。

 師団長は再び伝令兵のほうに目を向けた。

「発効は?」

「はい。明日の午後0時であります」

「まるまる1日か」

 そこへ部下への報告を終えたフォード大尉が戻ってきた。

「いやぁ、実は先週、この戦車と一緒に欧州に到着したばかりなんですよ。折角ここまでやって来たのに無駄になってしまいましたね」

 だが師団長の表情は険しくなっていた。

「いや。まだ分からんよ。協定が発効するまでの1日の間は戦争中なんだからな」

ちなみに劇中に登場するM29戦車は実在するものです。正確にはT29試作戦車のまま正式化されず愛称も付けられていませんが。


(改訂 3/19)

 実在の人物が登場するシーンをカット

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