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異世界情景  作者: 独楽犬
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戦い未だ終わらず 2

 鷲峰は兵士たちとともに市の郊外にある師団司令部に案内された。そこで兵士たちと別れると師団司令部の管理部に出頭し、師団の人事全般を扱っている部長の中佐に向き合った。

「陸軍少尉、鷲峰一郎であります。本日付で第三師団、歩兵第六連隊に配属されました」

「うむ。ではただちに前線に向かってくれ」

 中佐はなんの感情も見せずに素っ気無く言うと、事務室に戻っていった。あまりに早々に終わった対面に鷲峰はいくらかの不満を憶えた。これから前線で戦う新任少尉に対してもう少し思いやりを見せてもよいのではないだろうか?



 司令部を出ると先ほどの兵士たちと案内してくれた軍曹が待っていた。

「あなたも六連隊でしたね?案内しますよ」

 そう言って進行方向を手で示した軍曹であったが、先ほどの中佐と同様に妙に素っ気無い。将校に対する最低限の礼儀は守っているが、その目からは何の感情も窺えなかった。ここで戦っていると皆そうなるのであろうか?



 鷲峰を含む兵士の一団は砂利道を行進していた。荷物を満載したアメリカ製の6輪トラックがその横を通り過ぎていく。

「あれに乗れないのかな?」

 それは鷲峰がふと呟いた独り言であったが、軍曹の耳に届いていた。

「あれは輜重連隊の車ですよ。将兵の輸送にまわす余裕はありません」

 日露戦争直後から既に自動車に注目し大正時代には軍用自動車補助法を成立させて自動車産業を援助してきた日本陸軍ではあるが、日本の根本的な工業力不足はどうしようもなく、結局は陸軍の需要を充たすには至っていない。第二次大戦勃発後にはアメリカからレンドリースにより多くの車輌が貸与されたが、それでも輜重部隊分を充たすのが精一杯で歩兵の自動車化はまだまだ進んでいなかった。だからこそ鷲峰たちは徒歩行進をする羽目になったのである。

 鷲峰はこれを契機に軍曹と世間話でもはじめて場を和ませようとも考えたが、相変わらず無感情な表情を見て諦めた。代りに兵士たちに目を向け、その中に代表として鷲峰に司令部の所在を尋ねてきた二等兵の姿を見つけた。

「君たちは新兵かね?」

「はい。陸軍二等兵、神崎次郎(かんざき じろう)であります。1週間前に欧州に着いたばかりで。ところで少尉殿、戦争はもうする終わるという話を聞いたのですが、本当なのでありますか?」

 鷲峰はなんと答えるべきか一瞬迷った。ジュネーブで休戦交渉が始まっているのであるから、近いうちに終結を迎える公算が高いが、それが当然の事実だと広まれば兵士たちの士気を削ぐ結果になりかねない。何事にしても終わりが見えた瞬間が一番気が抜けてしまうものなのだから。

「そういう話もある。だが今は戦争中だ。気を抜くなよ」

 なんとか無難な答えを返せたように思えた。結局、会話はそこで途切れてしまい、無音の行進に戻った。



 2時間ほど経って歩兵第六連隊の連隊本部に到着した。そこで確実に前線に近づいていることも感じられた。本部は森の中の半地下式の壕に設けられているが、周りにはドイツの砲撃が着弾したのか、なぎ倒されていたり裂けていたりする木が目立つ。本部周辺の兵士たちも厳戒態勢で、警衛たちが周りに目を配らしている横で対空高射架に載せられて銃口を上に向けている九二式重機関銃や“連隊砲”としてお馴染みの四一式山砲がいつでも射撃できる状態となっている。

 近頃では欧州派遣の帝国陸軍部隊は輸送や補給の都合上から兵員だけを送り装備品はアメリカからのレンドリース品を欧州で受け取り戦場に向かう場合がほとんどであるが、大戦の比較的初期に欧州戦線に送り込まれた第三師団は日本製の兵器をまだ多く使用していた。

 鷲峰は連隊本部に着任を報告すると配属先を告げられた。第1大隊第3中隊。



 報告を終えて本部を出た鷲峰は彼と同じく第1大隊に配属された兵士たちとともに再び行進をはじめた。そして大隊本部に一度出頭してから今度は第3中隊本部を目指した。ともに行動する兵士の数は各本部を経るごとにそれぞれの配属先に分かれて数を減らしていくが、なぜか神崎とは最後まで一緒であった。そして太陽が西に沈もうとする頃になってようやく中隊本部に辿り着いた。山道を何時間も歩いたのでクタクタになっていた。

 中隊本部は山の中腹にある小さな村落の中にあった。周りの家々はほとんどが被害を受けているようで、屋根や壁に穴が開き、ガラスはだいたい割れていた。そんな中でも住民達は生活をしていたが、その目からは軍曹や中佐のそれのように何も感じられない。破片や残骸を片付けている者の姿も何人か見えたが、大多数の住民は無気力で荒れるに任せているようだ。鷲峰が戦線に来る途中で立ち寄ったパリの人々からのような歓迎は期待できそうにない。

 中隊本部はこれまでの各司令部と違い、木と木の間に天幕を張っただけの簡便なもので、その下に机や椅子、無線機などが並んでいた。

「本日付で第3中隊配属を命じられました陸軍少尉、鷲峰一郎であります」

 本部には中隊長らしき大尉と副官らしき中尉、それに案内してくれた軍曹が詰めていた。

「中隊長の陸軍大尉、長野辰之助(ながの たつのすけ)だ。君の配属だがなぁ、(みなと)軍曹、第2小隊は小隊長を欠いていたな?」

「はい。前任者が2週間前に重傷を負って、戦線離脱しましたから」

「そうか。では鷲峰君、早速だが赴いてもらおうか」

 鷲峰が中隊本部を出ると、入れ替わりに兵士たちが本部の中に入っていった。しばらくすると神崎二等兵が鷲峰の前にやって来た。

「少尉殿、私も第2小隊に配属されました」

「そうかぁ。これも何かの縁か…」

 鷲峰は最後まで言う前に口を閉ざしてしまった。突如、砲声が轟いたからだ。続いて爆発音。着弾点はその場から確認できないが、安心できるほど遠くではない。

 鷲峰と新兵たちは咄嗟にその場に伏せた。耳を手で塞いで砲撃の衝撃に耐えようと心を集中させている中、目線の先に誰かの足が見えた。視線を上に上げて何者を確かめてみると、あの軍曹であった。しかも、まるで何事もないかのように淡々と煙草を吸っているではないか。彼だけではない。周りに居る古参の将兵たちは突然の砲撃に動じる様子もなく立ったまま時が流れるままにしていた。まるで砲撃など存在しないかのように。

「ドイツ軍の15センチ榴弾砲ですよ。照準せずに当てずっぽうに撃ってくるんだ。嫌がらせみたいなもんですな」

 軍曹が口から煙草の煙を吐きながら説明をする。まるで他人事のように。

「危険ではないのかね?」

「それほどでも。運に見放されてなければね」

 軍曹が言い終えると同時に村の外れの家屋に敵の榴弾が命中した。壁が吹き飛ばされ煉瓦が宙を舞った。それでドイツ軍の砲撃は終わった。

 すると中隊本部の天幕から長野大尉が姿を現した。彼もまた何事も無かったかのような顔をしていた。

「鷲峰少尉と新兵の諸君。もう日が沈む。慣れない者が夜の山道を進むのは危険だ。空家を1つ確保しているから今日はそこで休みたまえ」

 そう言って長野大尉はボロボロの木造の小屋を指差した。



 鷲峰はすっかり疲れていた。しかし眠れなかった。ドイツ軍が30分ごとに睡眠妨害のための砲撃をしてくるからだ。これからはじめての前線ということで緊張していることもあり、結局、彼は眠れなかったのである。

 そして鷲峰は戦場での2日目の朝を迎えた。

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