カタストロフィ(後)
東日本大震災以降の電力供給の不安定化の原因について、最大のものはやはり原子力発電所の停止だろう。震災後、次々と点検期間に突入した原発は稼動を止めたが、再稼動が可能になっても政府与党や地方自治体の首長たちが政争の具にして稼動を再開できず、日本はなんの戦略も持たないままなし崩し的に脱原発へと向かっていったのである。
本来ならば原発再稼動に反対する人々が原発なき電力供給のビジョンを示すべきなのであるが、この時の反原発派たちは“原子力以外の発電所が故障や不具合を起こすことなく24時間365日全力稼動する”というありえない前提を基に原発は不要だと言い張ったり、再生可能エネルギーの開発によって全て解決されると主張したり、とにかく“電力会社が悪”であるとだけ繰り返したりで、具体的なビジョンが示されることは皆無だった。
かくして発生した電力不安であるが、そうした現実に直面しても建設的な議論が進められたりや将来に向けて戦略が語られることは無かった。人々はただこの事態を引き起こした“戦犯”とされる者たちへの―大抵は電力会社―への攻撃を強めるだけであった。奇妙なことに、その攻撃の先鋒に立っている人々ほど“建設的な議論を進めるべき”と口にしていた。
このような環境下で、さらに電力会社に自由競争を強いた結果、電力会社は設備投資を控えるようになった。特に不安定な再生可能エネルギーへの投資は真っ先に削られた。スタグフレーションが始まったこともあり、古くなった火力発電の施設の更新もできなくなり、天然ガスや重油などの可燃物に囲まれた状態にある毎分数千回も回転するタービンを旧式化したまま使い続けることになった。
小松基地
大地震から1ヶ月、小松の航空自衛隊基地は緊張状態にあった。地震の復興がなかなか進まず、政情不安が続く中、周辺国の動きが活発化しているからだ。特に北朝鮮は近年、中国の援助を受けて軍備を拡張して日本を挑発するようになった。
北の政府首脳部を掌握した中国は、北をあたかも傭兵のように扱い、自国軍を表立って投入できない戦場に代わりに派遣するようになっていた。その代償して北には中国が用意できる最新の兵器が与えられていた。その中には北朝鮮から発進すれば東京までも行動半径内に収める大型戦闘機Su-27や各種上陸艦艇も含まれており、増強された海軍艦艇も日本海を熱心に動き回っていた。
増強された北朝鮮軍とは別に中国も日本海での活動を強めているのも悩みの種であった。北朝鮮には中国の空軍部隊が展開し、北の東海岸の港湾も租借して新たに編制された日本海艦隊―この呼称を巡って北との間ではひと悶着あったようである―が配備された。
そして、ある日、定期の哨戒任務についていた海上自衛隊のP-1が日本に向けて南下する北の船団を発見した。すぐに小松基地から2機のタイフーンがスクランブル発進した。その1機を小鳥遊1尉が操縦していた。
<新たな機影を確認!Su-27クラス!接近してくるぞ!>
地上のレーダーサイトからの報告に小鳥遊と僚機のパイロットの緊張が高まった。専守防衛である以上、敵に攻撃されるまでは手出しができない上に、北には中国がSu-35BMクラスに改良した機体もある。搭載レーダーはパッシブ・フェイズドアレイレーダーN035イールビスEで、旧式の機械式アレイレーダー装備のタイフーンでは分が悪い。
すぐにSu-27-やはりSu-35BMと同等の仕様―が小鳥遊の前に現れた。2機のSu-27が小鳥遊と僚機の針路を塞ぐように立ちはだかった。小鳥遊は極力Su-27のことを無視して北の船団へと飛んでいった。向こうが攻撃を仕掛けてこない限り、手の出しようが無い。
やがて海上に北の船団が見えた。戦車揚陸艦に護衛のフリゲート、それに補給艦から成る艦隊だ。それが日本本土へと向けて南下しつつある。小鳥遊はその様子を熱心に機体の下に吊るした偵察ポッドで撮影した。
Su-27の妨害を受けつつ、しばらく追跡していると艦隊が突然、針路を変えた。日本へ向かっていた筈が、一転して対馬海峡の方向へと針路を修正したのだ。基地から帰還命令が出た。情報本部が傍受した通信によると、中国との合同演習のために黄海へと向かっているらしい。演習を擬装した侵攻作戦ではという懸念もあったが、とりあえず危機は去ったようであった。
しかし、危機は彼らの知らぬところで進行しつつあった。
日本海に面する火力発電所
その発電所は1970年代に建造された旧式の重油を使う発電所であった。本来ならばとっくの昔に廃止されている筈だが、電力危機により運転継続を強いられていた。その為に設備のあちこちでガタが生じており、定期点検もままならない状況で全力運転を続けたこともあり、危険な状況に陥っていた。
それはタービンのほんの小さな歪から起こった。蒸気の熱と圧力、それに高速回転により軸が劣化していたのだ。そして限界を超えたタービンが崩壊したのである。それによって高圧高温の蒸気が塞き止められ、タービン施設の気圧が瞬時に上がり、数秒のうちに施設の限界を超えた。爆音とともにタービン施設は崩壊した。
解き放たれた高圧蒸気は瞬く間に作業員や周辺の施設を飲み込んだ。設備が連鎖的に崩壊し、ボイラーにも被害が及んだ。発電所は強烈な閃光とともに爆発し、赤い炎に包まれた。
日本海上空
日が西の空に沈もうとしている頃だった。小鳥遊と僚機のタイフーンは帰還の途中で小松基地から緊急連絡を受けた。
「火力発電所で爆発事故?偵察?」
突然の命令に小鳥遊は戸惑いながらも指定された新針路に機首を向けた。やがて水平線近くの空が赤く染まっているのが見えた。
「あれか!」
近づくと、だんだんと暗くなる空へともくもくと昇っていく巨大な黒煙、そして街を呑み込もうとする巨大な炎。次々と拡大していく火災に消防隊はなす術も無く、炎は発電所の施設外まで広がった。
「こんな!こんなことが!」
大地震への偵察活動を経験していた筈の小鳥遊であるが、それでも眼前の光景に度肝を抜かれた。巨大な炎が街に広がっている。空中から避難状況までは分からなかったが、多くの住民が巻き込まれているのは間違いない。
「くそう!消防はなにをやっているんだ!」
当然ながらすぐに近隣の消防隊に出動命令が出た。巨大な火事に地元の消防隊だけでは焼け石に水という状況で、ただちに周辺の消防車が集められることが決まったが、それがなかなか実行されなかった。
インフラの老朽化はこの地域にも及んでいて、あちこちのトンネルや橋が封鎖されていたからだ。その為に増援の消防隊は複雑な迂回路をまわっていく必要があったし、そのルートに避難民が集まったために前に進むことも難しかった。
最終的には1週間の時間を要することになった。鎮火まで自衛隊にも災害出動が要請され、ヘリコプターを使った空中放水が実施された。施設隊が仮設橋を用意し、消防隊の集結も進む。ようやく消火活動が本格化して、火を消し止めた時には1つの街が多数の市民の命とともに消えていた。
小松基地
火が鎮火した頃、小鳥遊は基地のテレビで火力発電所の火事の報道を見ていた。テレビの中では複数のコメンテーターと司会者が意見を述べていたが、言葉の使い方が違うだけでだいたい同じ意味であった。
「いやぁ、もし原子力発電所での事故であったらと思うとぞっとしますね」
「これまでの原子力発電所の事故を考えて見てください。それに比べるとこんなに小さな被害で済んだんですから」
さらに1人のコメンテーターがこんな意見を述べた。
「経済の為に原発を動かそうという人もたくさん居ますけどね、目先の金と人の命のどちらが大切なんでしょうかね?」
電力危機にも後押しされた経済危機のために毎年数万人の自殺者が出ている。まさに目先の金が無いために死んだ人々だ。彼らのことはきっと命の数に入っていないんだろう。
原発再稼動問題で「命とお金、どっちが大切なんだ!」みたいな主張がありますけど、どうも納得できない。お金が無かったら人は生きていけません。毎年、不景気で万単位の人が自殺しているんですから。だから新聞とかで年金生活をしているだろう老人や印税でがっぽり稼いでいる文化人がこんなことを言っていると、どうもねぇと思うわけです。
結局、どんな道を選んでも必ず何らかのリスクがある。それと向き合って生きていくしかないわけです。
でもまぁ作品に変なメッセージを入れたりすると、やっぱりダメなんですかねぇ。自分でも正直、微妙な内容になってしまいました。なかなか続きが思い浮かばず、いっそ前編だけで終わらせようかとも思ったのですが。