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異世界情景  作者: 独楽犬
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DEAD HAND~史上最後の海戦~(中)

アメリカ海軍原子力潜水艦シャーロット

 アメリカ海軍の潜水艦乗り達は哨戒中にロシアの戦略ミサイル原潜と遭遇して追尾を続けていた。普段なら滅多に得られないチャンスに艦長から水兵まで興奮に包まれていたのであろうが、今は誰もが乗り気がしていなかった。世界が滅びようとしている時に潜水艦同士で追いかけっこをして何になるというのか?

 そして定時連絡の為に潜望鏡深度まで浮上してアンテナを露頂すると、無事に通信が入ったが、送り主はパールハーバーでもサンディエゴでもなくアラスカコマンドだった。そしてアラスカコマンドも通信の中継者に過ぎず命令そのものはNORAD(北米宇宙防空司令部)からだった。そしてその内容もまた乗員達を絶望させるものであった。

「大統領はこんな時に第三次世界大戦を始めたいらしいな!」

 シャーロットは憤慨して怒鳴った。命令は“ロシアの戦略ミサイル原潜を発見次第撃沈せよ”というものだった。

 しかし命令は命令である。シャーロットはただちに急速潜行してロシア艦を追撃した。急ぎすぎて護衛のK295のソナーに引っかかったとも知らずに。

「魚雷発射用意!発射解析値、得られているか?」

 艦長はいつもの訓練通りに攻撃の手順を進めた。

「はい。いつでも攻撃をできます」

 戦闘指揮システムの前に立つ士官が報告した。ソナーと連結した戦闘システムは敵であるロシアのミサイル原潜を捉え、魚雷をどこに向かわせるべきか答えを導き出していた。そして、その数値は乗組員の手動による計算でクロスチェックがされており、確実なものであた。

「一番から四番まで魚雷装填済み、注水始めますか?」

「一番、二番魚雷、発射用意。注水始め」

 魚雷管に水が注がれる。内部と外部の水圧が同じになれば、海中と魚雷管を遮る扉が開けられるようになり、そうすれば魚雷を発射できる。

「注水完了」

「魚雷管一番、二番、外扉開け。発射諸元入力」

 魚雷管の扉が開かれて、魚雷の制御装置に敵の概算位置のデータが入力される。そのデータに基づいて敵潜水艦の至近距離まで接近し、後は自らのソナーで敵を捉えて追尾するのだ。しかもシャーロットに搭載されたMk48魚雷は潜水艦とワイヤーで接続されており、発射後も母艦であるシャーロットからデータを送り続けて敵の位置情報を更新し、より高精度で敵まで接近できるのだ。



K295

 K295のソナーは確かに一度はアメリカ潜水艦の痕跡を捉えたものの、さすがに相手はアメリカの誇る原子力潜水艦だけあって探知を継続できなかった。だからK295は静かに息を潜めて耳を澄ませ、アメリカ艦が再び姿を現すのを待った。

「ソナー感…」

 ソナーマンの報告は発令所の面々を喜ばせた。だが、それに続く言葉が今度は彼らを青くさせた。

「突発音!魚雷管扉を開放したと思われる!」

 それはアメリカ艦が魚雷攻撃を行おうとしている合図である。おそらく標的はK44リャザンである。K295艦長は反射的に命じた。

「魚雷発射用意!」

 誰もそれに意義を唱えなかった。



シャーロット

 魚雷発射の準備は全て整った。後は艦長が命令を下し、魚雷の発射ボタンを押すだけである。訓練では何度も繰り返してきたことだ。だが、今回は実戦だ。しかも相手はロシアの戦略ミサイル原潜である。それに対する攻撃は単に宣戦布告をする以上に大きな意味を持つ。核抑止力を担う戦力への攻撃は核攻撃を行うも同然なのだ。

 シャーロット艦長は歴史を紐解いて見た。これだけ重大な決断を迫られた潜水艦艦長が過去に居ただろうか?もしかしたら歴史の闇に葬られた例があるのかもしれないが、少なくとも艦長が知る限り過去に彼と同じ苦悩を味わった者を例示することはできなかった。

 代わりに奇妙な事実を思い出した。潜水艦が水中で敵の潜水艦を撃沈する。映画や小説の世界では当たり前の光景だが、実は実戦の世界ではほとんど例がない。唯一の実例は第二次世界大戦中にイギリス潜水艦がドイツ潜水艦を沈めたものだが、それは潜望鏡で敵ドイツ潜水艦の潜望鏡を捉えて攻撃したもので、要領は対水上攻撃と同じである。となれば、もしかしたらシャーロットは事実上世界初の快挙を達成することになるのかもしれない。

「なんの栄光もありはしないな」

 艦長の口から突然発せられた言葉に乗員達は驚いているようだった。そして艦長は命じた。

「魚雷発射!目標のロシア艦を撃沈せよ!」



K44

 その報告は突然、K44の発令所に届けられた。

「高速スクリュー音!魚雷を探知!本艦に向かってきています!」

 当直士官は回避運動を最優先と考えて、士官室の艦長たちへの報告を後回しにした。

「両舷前進全速!急速潜行!」

 号令がかかるとK44のツインスクリューの回転数が急速に上がり、その大馬力でK44の巨大な船体を加速させる。それとともに艦橋から横に伸びる潜行舵が動きK44の艦首を下へと向ける。

 突然の艦の急激な運動に士官室の艦長たちも異常に気づき、発令所に戻ってきた。

「何事だ?」

 艦長の問いに真っ青になっている当直士官が答えた。

「魚雷です!回避行動中!」



K295

 K295のソナーも当然ながらシャーロットの魚雷発射を探知していた。

「魚雷はK44を追尾中!」

 それを聞いたK295艦長は反射的に命じた。

「一番魚雷発射!」

「待ってください!」

 士官の1人が異議を唱えた。

「まだ発射解析値を得られていません!」

 敵の位置が分からなければ、魚雷を発射しても明後日の方向に行ってしまうだけだ。だが艦長の決断は変わらなかった。

「構わん!奴を驚かすんだ!それで回避行動をすればソナーで探知できるし、魚雷のワイヤーも切断される!」

 アメリカ艦は魚雷音を探知すれば回避のために急激な機動を行わなくてはならない。激しく動けば、その分だけソナーで捉えられる可能性が高まる。また魚雷と母艦を繋ぐワイヤーは機動の邪魔になるので切断する必要がある。そうなれば魚雷は母艦からの情報提供を受けられず、それだけK44が生き残る可能性が高まる。

「いいから発射しろ!」

「了解!」

「一番魚雷発射!」

 艦長の号令と同時にK295の魚雷管が開放され、一本のUGST魚雷が海中に放たれた。

「貴重な魚雷を一発無駄にするんだ。避けろよ、K44」



シャーロット

 アメリカ海軍のソナーマンにとって、その高速スクリュー音の出現は完全に不意打ちだった。

「高速スクリュー音!魚雷を探知!我が軍のものではありません」

「敵の護衛か!」

 シャーロット艦長の怒鳴り声が発令所の中に響いた。彼は自分の考えの足りなさを呪った。護衛の存在くらい容易に想定できることじゃないか!だが、異常事態のためか、すっかり護衛の存在の可能性を失念していた。

「回避行動!ワイヤーを切断しろ!」

 2本の魚雷とシャーロットを結ぶワイヤーが切断され、機動の自由を得たシャーロットは増速しつつ急旋回して魚雷をかわそうとした。



K44

 追われている方も事態の変化に気づいた。魚雷を回避すべく機動中でソナーの効力が大幅に落ちていたが、それでもなんとか新たな魚雷が出現したことを掴んだ。そして、その狙いも。

「敵潜水艦が回避行動をとると同時に両舷停止。同時にノイズメーカーを射出!」

 艦長の命令は発せられた。すべて鍵は敵の様子を探るソナーマンに握られている。彼は自艦の騒音の向こうから聞こえるかもしれないロサンゼルス級のスクリュー音に耳を済ませた。静粛性に優れるロサンゼルス級潜水艦であるが、魚雷回避の為に急激な動きをすればソナーの探知から逃れることはできない。

「敵潜水艦を探知!急速旋回中!」

「今だ!両舷停止!ノイズメーカー射出!」

 K44のツインスクリューが停止した。艦は惰性で動き続けるが、最大の騒音源であるスクリューが停止したことでK44は静かな存在となった。それによりK44のソナーの探知能力も上がり、迫る魚雷のスクリュー音を的確に探知できるようになった。

「魚雷がなおも接近中!」

「ただ今、ノイズメーカーを射出!」

 K44の船体から筒状の物体が海中に投下された。それはK44のスクリュー音を実際に数倍に増幅して放出する水中スピーカーで、その音で魚雷を誘き出そうというのである。

「ノイズメーカー作動中!」

 2本の魚雷が迫る。そのうちの1本はノイズメーカーの出す偽のスクリュー音に引き寄せられ、K44への直撃コースから逸れていった。

「魚雷1本が外れました。しかし、依然として魚雷1本が本艦を追跡中!」

 その時、甲高い機械音が轟き、K44の船体を振るわせた。魚雷のソナーが放つ探信音がK44の船体を捉えたのだ。魚雷は命中一歩前の段階に達したのである。

「敵魚雷より探信音!本艦は完全に捕捉されました!」



シャーロット

 一方、アメリカ海軍の潜水艦も回避行動をとっていた。デコイを放出しながら急激な回頭を行い、魚雷の追跡をかわそうとした。だが、すぐに魚雷が明後日の方向に気がついた。魚雷は最初から目標を持っていなかったのだから当然である。

<発令所、こちらソナー。魚雷は我が艦を追跡していません!>

 ソナーマンの報告を聞いたシャーロット艦長は全てを悟った。彼の横で士官の1人が深く息を吸いながら、安堵の表情を浮かべた。

「やりましたね。危機を脱しました」

 それに対する艦長の返答は激しい怒鳴り声だった。

「バカ野郎!すぐに第二射が来るぞ!我々は姿を晒してしまったのだからな!」

 シャーロットはK295の囮魚雷を避けるために急激な運動を行った。当然ながら多くの騒音が発生し、こちらの詳細を相手に知らせることになった筈である。

「魚雷を警戒せよ!」



K295

 シャーロット艦長の読みは当たっていた。K295のソナーは回避行動を行うシャーロットの動きを完全に捉え、そのデータは既に魚雷管に装填された2本のUGST魚雷にインプットされていた。

「2番、3番、発射!」

 艦長の命令とともにK295から新たに2本の魚雷が発射された。しかも、今度の魚雷は先ほどと違い、ちゃんと目標を追う。

3回で終わるかな、これ…

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