DEAD HAND~史上最後の海戦~(前)
アニメ学園黙示録HOTDを見てたら思いついたのがコレというお話。つか、もう一年以上前のアニメなんだね…
ロシア連邦 コスビンスキー山地下ロシア軍司令部
なにもすることができず、ただ時間ばかり過ぎていった。巨大な花崗岩の下に建設された核攻撃にも耐え得る史上最強の要塞は母国を襲う悲劇に対してまったくの無力であった。
幾つも並べられたコンピューターシステムや通信機のコンソールの前で通信士たちは何もすることなく無為に時間を過ごしていた。各地から入る連絡は途絶え、残るは沈黙だけであった。
そこへ中将の階級章をつけた初老の男が入ってきた。
「諸君。モスクワとの通信が途絶えて72時間が経った。これより大統領命令30号により事前に定められた作戦計画に従い“死の手”作戦を発動する」
予期してはいたが、それでも通信室に詰める男達は中将の命令に驚いた。命令そのものに対しては勿論だが、命令する中将がそれを至極当然のことのように命じたことも信じられなかった。
「ただちに命令電文を発せよ」
中将の厳格な命令に通信士たちも平時の通信と同じくらいあっけなく命令電文を発する作業を実行した。
かくしてコルビンスキー山司令部からの最後の命令はロシア各地、そして太平洋や大西洋で活動する“戦略部隊”に対して送信された。
太平洋 ロシア海軍原子力戦略任務ロケット潜水巡洋艦K-44リャザン
西側ではデルタIII型のコードネームが与えられているプロジェクト667BDR型は16発の弾道核ミサイルを装備し、ロシアの核抑止力の根幹として機能している。まさにロシア軍最後の切り札であるわけだが、しかし乗組員達はそれを任せられている精鋭という風にはどうも見えない。誰もがイラつき、そわそわしていて任務にまるで集中していないのである。乗組員の中では知らぬ間にある噂が広がり、それに気をとられてしまっているのだ。
「噂は本当なのか?世界中で死者が蘇って人間を襲っているって」
「そんな映画みたいなことがあるわけあるか!」
「でも浮上したときに見た衛星テレビでは…」
「あんなもの西側の謀略に決まっている!」
艦内に流れている噂というのは荒唐無稽な内容であったが、信ずる値する根拠はいくらでもあった。それはアンテナ深度まで浮上したときに受信した各国のテレビ放送である。そこには死人が生きている人間に襲い掛かり、襲われて噛まれた者も死んでまた蘇り、人々を襲う群れの中に混じっていく光景が放映されていた。そして、それに前後して士官達が部屋に篭って会議に明け暮れている。ほとんどの乗組員は噂を信じ始めていた。
士官室
現実と向き合った将校達の顔色は噂話をする水兵たちよりもずっと深刻だった。彼らはそれを噂ではなくて真実として知らされたのであるから当然である。
「しかし、そんなことがありうるのですが?」
また現実を受け入れたくない若い将校が震えた声で尋ねた。
「死者が蘇り狂犬病にかかった犬みたいに人々に襲い掛かるなんて。挙句に噛まれた人間も同じようになっちまうなんて」
「だが、現実のことだ」
艦長はきっぱりと言った。
「モスクワ、ハバロフスク、ウラジオストック。どこからの通信もそれが真実であることを示している」
そして、それらの諸都市との通信は既に絶たれていた。K44が継続的に通信を維持しているのはカムチャッカ半島の基地と護衛として航海に同伴している攻撃型潜水艦K295サマラだけであった。
「そしてカムチャッカ経由でこれが送られてきた」
艦長は命令書を皆が見えるように机の上に広げた。そこには“大統領命令30号”と書かれている。それを見て副長が顔色を変えた。
「“死の手”を発動しろと?こんな時に?まず司令部に照会を行うべきです」
副長の提案に艦長は首を振った。
「カムチャッカが既に司令部へ問い合わせようとしたが、返答がないそうだ。通信は完全に途絶している」
一呼吸してから艦長は続けた。
「このような命令を実行することにどんな意味があるのか、私には分からないが、少なくともこれは正式な命令だ。我々には軍人としてこれを実行する義務がある」
「実行すべきだとお考えなのですか?」
副長の問いに艦長はイエスともノーとも言わなかった。
「正直言って分からん」
ロシア海軍原子力潜水巡洋艦K295サマラ
西側でアクラ型と呼ばれるプロジェクト09710型攻撃型原潜はロシアが保有する最高の工業機械の1つだ。索敵システム、兵器システム、航行能力、静粛性。どれをとっても歴代の潜水艦の中で最高水準を誇り、西側に対抗できるロシアの数少ない兵器システムの1つとして各国に恐れられている。しかし、そんな栄光ももう終わりだ。なにしろ祖国も敵国もそろって壊滅しようとしているのだから。
「まったく酷い有様だ」
K295の士官室にもK44と同様に将校達が集まり今後の方針を巡って議論が交わされていた。士官室内のテレビには潜望鏡深度まで浮上して海面上に通信アンテナを出した時に傍受した各国のテレビ映像を録画したものが流されていた。
生ける屍が生者を襲い掛かり、その身体を食いちぎっていく光景。混乱し、パニック状態の人々。略奪、銃撃、そして確実に広がる被害。楽観的になれる要素は1つもなかった。
議論を一応は交わしているが、答えは出そうにもなかった。事態が事態である。答えなどでるわけがなかった。
「それとK44の問題もあります。モスクワとの通信が絶たれたとならば、“死の手”が発動するのは間違いありません」
副官の指摘にK295艦長が頷いた。
「K44艦長に確かめる必要があるな」
その時、士官室の扉を叩くものはが居た。副官が扉を開けると若い水兵が立っていた。
「緊急事態です」
発令所
艦長らが発令所に顔を出すと、そこは沈黙が支配していた。“地上の有様”を噂するひそひそ話は聞こえなくなり、代わりに戦闘態勢にある軍艦独特の緊張感が張り詰めていた。
「なにがあった?」
艦長が尋ねると、当直士官は海図台を示した。そこにはK44とK295を示す赤い駒、そして正体不明艦を示す青い駒が置かれていた。
「2分前にソナーが探知しました。おそらくアメリカ艦です」
それを聞いて将校達の顔色が変わった。当直士官は説明を続けた。
「K44を追尾しているようです。我が艦に気づいているかは定かではありません。念のために戦闘配備を発しました」
整然と説明する当直士官に艦長は素直に感心した。このような非常時によく立派に任務をこなせるものだと思った。いや、この非常時だからこそ任務に徹して気を紛らわしているのかもしれない。
「良い判断だ」