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異世界情景  作者: 独楽犬
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時間逆行者の誤算(後)

 平成の世から昭和10年代へとタイムスリップしてしまった青年、阿川正洋は日本を悲惨な敗戦の運命から救うべく動いた。天皇陛下と接触して海軍とも友好関係を築いた阿川青年はアメリカに負けない国に日本を改革するため、様々な施策を実行したのである。そしてその成果が今、実ろうとしていた。

 電撃的な攻撃作戦で東南アジアから欧米列強の軍隊を駆逐し、瞬く間に日本の勢力圏をアジア全域に広げたのである。しかし、最大の敵であるアメリカはその圧倒的な工業力を以って戦力を蓄え、反撃を始めようとしていた。日本海軍はアメリカの反撃の出鼻を挫くべく、東へ東へと兵力を進めていた。



 海軍侍従武官として戦争指導部の一角に加わっていた阿川青年はある日、大本営に呼び出された。いまや盟友となった海軍の重鎮によれば、陸軍が重要な作戦に協力してくれないと言うのである。

「なんということだ。海軍と陸軍が協力しなければ、戦争に勝てないぞ!陸軍はなにを考えているんだ!」

 どれほど改善しようとしても陸軍は所詮陸軍なのか、と阿川青年は絶望的な気持ちに苛まれた。


 大本営の会議室には海軍と陸軍の指導者達が集まっていて、睨み合いになっていた。

「陸軍は兵力を出せないと言っているそうだがどういうことか!海軍と陸軍が手を取り合って戦わなければ、戦争に勝つことが出ないんだ。陸軍の利益ばかり主張するようなマネはやめろ!」

 会議に加わるや否や怒鳴る阿川青年に陸軍の将星たちは冷ややかな視線を送った。

「陸軍はそのような僻地に部隊を送る準備が出来ておりません」

 陸軍の代表が静かな、しかし怒りの篭った声で告げた。

「準備が出来ていない?どういうことだ?作戦研究を怠っていたというのか?緒戦の勝利で慢心しすぎなのではないか?重要な作戦なのに…」

 阿川青年は陸軍がまた調子に乗っているのだと思った。だから陸軍の代表の次の言葉は彼に冷や水を浴びせることになった。

「重要な作戦だというのなら、事前に我々に報告し、協定を結び、共同で作戦を行うべきではないのか?」

 さっきの静かな口調から一転して陸軍の代表は阿川青年に負けない怒鳴り声をあげた。それが引き金となったのか、陸軍の将星たちが一斉に不平不満を晒けはじめた。

「そもそも貴様ら(海軍)が陸軍如きの助けは要らぬと勝手に上陸したのではないか!その癖にアメリカの反撃に遭って飛行場を奪われたから助けてください、だと!随分、身勝手な話ではないか!」

「その癖になんだあの言い草は!陸軍は海軍に従うのが当然とでも言うのか!」

「あのような遠くの島では兵站が維持できるとは思えんが、大丈夫なのかね?」

「そもそも反撃してきたアメリカ兵は小規模だというのは真実なのか?」

 思わぬ陸軍の主張にたじろぎつつも阿川青年は言葉の応酬を続けた。

「なにを言うか!陸軍は海軍を信じられぬというのか!現地海軍将兵の報告だから相手の規模は正確だ。兵站なら連合艦隊が全力を以って守ろう。それとも陸軍はアメリカ兵が怖いというのかね?」

 そこまで言われては陸軍も引き下がるわけにはいかない。

「よろしい。陸軍からも部隊を派遣しよう。だが連絡線の守りは海軍の担当だぞ」

 海軍の代表も言い返す。

「当然だ。我々は口だけ達者な君達とは違うのだ」




 戦場は遥か南方の島だった。海軍の飛行場を奪取した小規模なアメリカ軍部隊を掃討するために上陸した連隊規模の日本陸軍部隊はすでに危機的状況にあった。

 彼らを輸送すべく出撃した船団はすぐにアメリカ海軍潜水艦戦隊の標的になった。僅かばかりの護衛では襲撃から船団を守りきることなど到底不可能であり、道中で兵員の3分の1と重装備の過半を失うことになったのだ。海軍の主力部隊はアメリカ艦隊出現の報に接すると、輸送船団を放り出して攻撃に向かった。

 ともかく辛くも部隊の3分の2の将兵を上陸させることができた。だが彼らを待っていたのは戦車をも含めた強力なアメリカ海兵隊の1個師団であった。

「なにが小規模な部隊だ!ふざけやがって!」

 海岸に橋頭堡を築き、内陸に進んだ陸軍部隊を待っていたのは圧倒的な火力で守られた大規模な防御陣地であった。多くの主要装備を失った増強連隊の手に負える相手ではなかった。彼らは橋頭堡まで逃げ戻らざるを得なかった。




 内地ではラジオが海上決戦における大勝利を宣伝して国民の多くが勝利の美酒に酔っていたが、大本営の空気はまったく正反対であった。

「兵站は守ってくださるんじゃなかったのかな?」

 陸軍の代表の詰問に海軍の将星たちは押し黙るしかなかった。戦車も大砲も沈み、現地に上陸した陸軍部隊は軽装歩兵部隊でしかなくなっていた。しかも兵力は4分の1以下だ。

 ようやく阿川青年が口を開いた。

「しかし敵艦隊は撃退した。これで艦隊は海上護衛作戦に注力できるはずだ」

「つまり、あの島での作戦を継続するというのだな?」

 陸軍の代表が尋ねると、押し黙っていた海軍の代表が頷いた。

「陸軍はもう無理だと言うのなら諦めるしかないが?」

 海軍代表の表情は暗く、懇願するような口調になっていた。阿川青年にはそれが気になったが、海軍の背任に激高していた陸軍の代表は気づかなかった。

「なにを言うか!増援部隊を送り込む、補給を維持することが出来れば作戦は継続可能だ!敵主力を撃退したなら大丈夫だろう?海軍はやってくれるんだな」

 陸軍代表の言葉に海軍代表は無言で頷いた。かくして第二段作戦の決行が決まった。



 会議が終わると阿川青年は海軍の将星たちを呼び止めた。

「どうしたのですか?提督。先ほどの発言、私には陸軍側から作戦中止を主張してほしいかのように聞こえましたが?あれほどの大勝利をした後なのに、海上護衛作戦に不安があるんですか?」

 海軍の代表である提督は首を横に振った。

「いや、実を言いますと…」

 それから提督はとんでもないことを打ち明けた。大本営発表では海軍連合艦隊は敵アメリカ艦隊と交戦し、いくらかの犠牲と引き換えに複数の空母を撃沈するなど多大な戦果を上げたと報道された。しかし、その内容はトンでもないデタラメであった。自軍の被害を過少に発表し、さらにアメリカの被害について後に調査したところ被害をほとんど与えることが出来なかったことが判明したのだ。

「では、アメリカの主力艦隊は健在なのですか?現地の制海権は?」

「既に敵中にあるものと…」

「そんな!どうしてそれを陸軍に伝えないのですか!」

 問い詰めに対する海軍代表の回答は阿川を絶句させることになった。

「それでは、我々の所為で作戦が中断することになるじゃないですか!」

 驚きのあまり言葉を失った阿川に対して将星たちの口は軽くなっていて、それぞれ勝手なことを言い始めた。

「まったく。だから陸軍からやめてもらうように言ったというのに…」

「奴らには我々の機微は理解できんよ。あの単細胞どもには」

「所詮、陸軍は陸軍ということか」




 一輌の百式戦車が厳重に偽装された陣地に身を隠して、街道に砲身を向けていた。海上における熾烈なアメリカ海軍の襲撃を生き延びて辛くも上陸できた僅かな戦車の1つである。この一帯には戦車を動かせる適地は街道周辺だけで、アメリカ軍の戦車部隊を投入してくるとしたらここしかない。既に数輌のM4シャーマン戦車が百式戦車の前で骸を晒している。百式戦車がM4シャーマン戦車と十分に渡り合えることが証明されたわけだが、危機的な状況にある乗員達にはなんの慰めにもならなかった。

 既に百式戦車を動かすための燃料は無く、百式戦車を中心に陣地線を敷いてひたすら守りに徹するしかない。しかも、砲弾は底をつきかけていた。

「砲弾を使い尽くしたら、爆薬を仕掛けて脱出する」

 戦車長である少尉が乗員達にこれからの行動を指示していた。

「その際には車載機関銃を下ろし、我々は歩兵として戦うのだ」

「補給が届けばいいんですが…こんないい戦車、破壊するなんて惜しいですよ」

「補給が届かなくてはしかたない。燃料も砲弾も無ければ、ただの鉄の塊だ」

 部下を諌める戦車長だが、その目は涙ぐんでいた。

「我々は上陸して敵と一戦を交えることができたのだ。上陸も叶わず海に沈み、護国の鬼となった同胞たちと比べれば幸せなものではないか」

 その時、外から爆発音が響いてきた。戦車長が慌てて砲塔のハッチから顔を出すと、友軍の陣地が砲撃を受けていた。

「敵襲だ!敵襲!」

 戦車長は慌てて顔を引っ込めて、部下に戦闘の準備をさせた。残弾は徹甲弾5発、榴弾12発。


 歩兵隊も陣地に篭り、アメリカ軍の攻撃に備えていた。アメリカ軍の砲撃が彼らの上に降り注ぐ。しかし味方の砲兵は撃ち返そうとしない。多くの砲が海に沈んだ上に、砲弾の補給がなかなか届かないのであるから当然である。

 激しい砲撃の後、アメリカ海兵隊の歩兵達が戦車の支援を受けて突撃してきた。日本陸軍も銃撃で応戦する。しかし、その火力は心もとない。

「無駄撃ちするな!弾薬を節用するんだ!」

 指揮官の掛け声が響き、兵士達はしっかり狙いをつけようとしてなかなか引き金を引こうとしない。小銃も機関銃も史実に比べ弾薬消費量が大きく増加したために、補給が心もとない状況下では射撃が萎縮してしまったのである。

 一方、アメリカ軍は弾切れの心配など無いので容赦なく撃ちまくってくる。結果は見えていた。


 敵戦車を1輌撃破したところで歩兵の陣地が突破された。防衛線は瓦解し、生き残った兵士は撤退していく。燃料の無い動けない戦車は置いていくしかない。

「爆破の準備を!」

 戦車長が外を警戒しながら命じた。砲手は車載機関銃を取り外し、装填手と通信手は爆薬を取り出す。

「脱出だ」

 乗員達が外へ飛び出し、味方の戦線に向けて駆け出す。その後ろで百式戦車が爆発、炎上した。

「畜生!補給さえあれば…」

 戦車長は炎上する愛車を肩越しに見て呻いた。




 大本営の会議は紛糾したが、問題の島から撤退するという結論にようやく達した。だが、陸軍軍人たちの海軍に抱いた不信感を拭い去ることはできなかった。

「なんなんだあの連中の態度は!」

 海軍は自分達の失態を棚に上げて陸軍の敗北を非難し、あまつさえ“撤退のために艦隊を動かしてやる”という態度を終始貫いてた。

「あいつら、アメリカを撃退するとか行っていますけど、本音は我々を潰すことなんじゃないですかね?」

「まったくだ。陸軍には中国の主権を侵害するのはけしからん、東亜共栄のために部隊を撤退させるべきだなんて奇麗ごとを言うくせに、自分達はちゃっかり海南島を保持しているあたりから怪しいと思っていたんだ」

 その時、将星たちのもとへ真っ青な顔をした中佐が慌てて駆け寄ってきた。

「大変です。ソ連軍が満州へと侵攻しました」




 ソ連軍の攻撃に直面した関東軍はひたすら撤退するしかなかった。阿川青年と海軍の主導による改革により兵力と予算を削減され、ソ連軍の大兵力に対抗できる戦力を持ち合わせていなかった。

 さらに減らされた予算を阿川青年の推す高価な各種新装備に多くを割かれた結果、一部の優良師団とその他の師団には絶望的な能力の差が生じ、ソ連軍の猛攻の前に優良師団以外の部隊は対抗する術をまったく持っていなかったのである。

 かくして日本陸軍部隊は敗走するしかなかった。日本からの移民たちは戦場に取り残された。それでも戦い続ける部隊がいた。


 戦場近くの駅で貨車から戦車が降ろされる。その数は11。つまり1個中隊である。日本陸軍の戦車は基本的に戦車師団に集中配備されているが、少数の戦車師団に広い戦場をカバーできるわけもなく、百式戦車部隊は連隊、中隊単位に分割されて、各地の戦場にソ連軍に対抗できる数少ない戦力として派遣されたのである。

 貨車から降りた戦車中隊はただちに戦場に向かった。敗走する友軍の最後尾を探して北上していくのだ。そして街から離れた丘の上に戦車を止めた。そこからは南下してくるソ連軍戦車部隊の大群を眺めることができた。

「撃て!」

 相対距離は76ミリ主砲の最大射程にほぼ等しかった。しかし熟練した戦車兵は初弾から見事に命中させた。しかし迫る敵の数を見れば別に狙う必要さえないのかもしれない。どこに撃っても当たる。そういう状況であった。南下してくるT-34が次々と炎上する。しかしソ連軍は損害も気にせず進撃してくる。

 T-34の大部隊が迫ってきたところで味方が安全圏まで脱したことを知らされた。戦車中隊指揮官はただちに部下に撤退を命じた。

 だが彼らの任務は終わったわけではない。満州にはまだ増援を必要する部隊が数多く存在しているのだ。




 内地では再び陸軍と海軍の協議が始まっていた。協議は海軍将星による陸軍への批判から始まった。海軍軍人たちはこれまでの鬱憤を晴らすかのごとく、満州における陸軍の敗北を叩いた。陸軍の将星たちは口を噤み、ひたすら海軍軍人の罵声に耐えた。

「それで陸軍はどう対応しているのかな?」

 罵声は阿川青年のこの一言でようやく収まった。陸軍はソ連陸軍との決戦を避け、いくらかの反撃で敵の足止めをしつつ朝鮮に向けて撤退を続けている現状を説明した。

「それでは邦人はどうなるんですか!」

 阿川青年の悲痛な叫びに陸軍の代表は首を振った。

「これ以上のことを行う戦力はありませんよ」

 あなた方に兵力を削られてしまいましたからね、とは彼は口にしなかった。そんな陸軍代表の思いを知ってか知らずか、海軍の軍人たちは罵声を再開した。

「陸軍はなにをやっているんだ!」

「役立たずの陸助め!」

「これだから陸軍は!」





 その頃、南方の孤島では戦いの終わりが迫っていた。一時は2個師団まで膨れ上がった兵力は、陸軍が最初に上陸させた戦力と同じ1個連隊規模まで減っていた。島から消えた兵力のうち、半分は無事に島から撤退に成功した兵達だが、残りの半分はこの島に骨を埋めることになった。そして最後に残った殿の連隊にも最期が近づいていた。

 当初は順調に進んだ撤退作戦だが、このところアメリカ軍の警戒網の突破が難しくなり、成功率はめっきり下がってしまった。そこへソ連軍の満州侵攻が重なり、内地はもうこのような遠方の孤島に構っているどころではなくなっていた。遂に大本営は撤退作戦の中止を決定したのである。どだいアメリカ軍の包囲網は日に日に厳重になり、もはや突破は不可能になっていた。

 残された殿部隊にできることはほとんどなかった。もともと不足していた糧食や弾薬はいよいよ枯渇し、残るは銃剣と将兵の気迫のみであった。

 最後に残った将兵を指揮する洞穴の中の司令部では火が焚かれ、その中に連隊旗が投げ込まれた。陸軍軍人の魂を具現化した連隊旗を奉焼するということは、覚悟を決めたということだ。既に内地には決別電報も送っている。灰になった連隊旗に司令部の面々は最期の敬礼をすると洞穴を出た。外には将兵が集まっていた。

「万歳!万歳!万歳!」

 連隊は最期の突撃に向かった進軍を開始した。残った武器は銃の先につけた銃剣のみ。この戦いには戦術もなにもない。ただ突撃あるのみだ。

 いよいよ敵の前面に達した。アメリカ軍も勘付いている筈で、すでに銃を構えて待ち構えているはずだ。連隊長は腰に差した軍刀を抜き、刃先を敵の待つ方へと向けた。

「突撃!」

 兵士達は雄たけびとともに駆け出した。それにアメリカ軍の放つ銃声が続いた。

 と、まぁ陸軍悪玉論、海軍善玉論へのちょっとした嫌味です。

 そりゃ、日本陸軍は決して先進的とは言い難い軍隊ですけどね。南方島嶼戦で敗れた最大の敗因は日本戦車の貧弱さでも、小銃がボルトアクションだったからでもありません。制海権の喪失でしょうと。でも、陸軍は無能だ、それに比べて海軍は…なんて話ばっかり。

 陸軍は補給の重要性を理解していない、なんて言われますけど海軍よりマシですよ。限界線を超えて戦線を拡大していったのは海軍ですよ。ガダルカナルだって海軍の尻拭いですよ。

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