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異世界情景  作者: 独楽犬
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カサンドラの風車 7

ホーレン公国首都ぺトナ

 殿村のエフタル滞在6日目はホーレン公との折衝に費やされた。カサンドラ伯爵マルティンとの仲介を要請した殿村と穂村であったが、返事は曖昧なものであった。どうやらエフタルの貴族も日本流の対応術を学んだようで、2人の記憶ではそれは“それは無理です”という意味の対応であった。

 日が暮れて、自分達に割り当てられた部屋に戻った2人はこれからの対応を討議していた。

「残念ながら、内地に助けを求めた方がいいですね」

 穂村が冷たい口調で言うと、殿村もいよいよ観念したようであった。

「やはりそうするしかないか」

 そう口にする殿村は酷くうなだれていた。今まさに出世の道を閉ざされようという官吏としては当然の反応だった。穂村もかける言葉もなく、嫌な沈黙が部屋を包み込んでいた。

 静寂を破ったのは乱暴にドアを叩く音だった。

「どちらさん?」

 穂村がドアを開けると、外には日本帝國陸軍の憲兵が立っていた。

「非常事態です。叛乱が起りました」




ぺトナ郊外 軍施設

 オクタード7と敵対するマケドニアと国境を接するホーレン公国一帯―厳密に言えば国境地帯はエフタル連邦政府直轄地オスト・リーシャでホーレン公国領ではないが―には様々な部隊が駐屯している。新編されたエフタル国軍が最大の勢力であり、隣国のラップランド共和国軍も2個旅団を派遣しているが、最も強力な戦力を配置しているのは何と言っても大日本帝國陸軍である。1個戦車師団を中心にいくつかの支援から成る第一軍が派遣され、戦時にはさらに1個師団が増援として24時間以内に到着する計画になっており、あの大練兵場に隣接する倉庫に増援師団のための装備が保管されている。

 それらの雑多な軍隊の合同前線司令部はぺトナ郊外に置かれていて、開戦時には3国の軍の部隊を指揮する手筈になっている。その司令部は今、緊張に包まれていた。

「叛乱部隊は?領邦軍では対応できないのか?」

 日本陸軍第一軍の司令官が情報参謀に尋ねると、参謀は首を横に振った。中央政府創設前のエフタル連邦では、かつては各領邦が独自の軍事力を保持していた。中央政府創設時にそうした軍事力は国軍として政府に吸収されたが、一部の兵力が領邦の治安維持の為に残された。それが領邦軍である。

「無理ですね。叛乱を起こしたのが、肝心の領邦軍の主力部隊なんです。先ほどホーレン公国政府がエフタル中央政府に正式に援助を要請しました」

 参謀はそう言って情報をまとめたメモを司令官に手渡した。

「叛乱部隊は…カサンドラ銃士連隊(マスケッターズ)か。もともとはカサンドラ伯領の部隊だったのか?」

 エフタル軍の伝統的な連隊は編制地や所属していた領邦の名を冠しているのが通例である。

「はい。カサンドラ伯のマルティン・ハルトリーゲルがカサンドラの独立を宣言して、カサンドラ連隊がそれに同調したのです」

「中央政府がそれを認める…わけがないか」

 軍司令官はそう呟きながらメモを見つめた。

「かつての主君にまだ忠誠を誓っているというのか?カサンドラ伯領がホーレン公国に吸収されてからもう200年も経っているんだろ?」

「構成員はほとんどが騎士階級で、先祖代々の繋がりがあるそうですから。そういう地縁は無視できるものじゃありませんよ」

「そうか」

 納得したのか軍司令官は頷きながら呟くように言った。

「それで叛乱軍部隊の戦力はどうなんだ?」

「我々がこの国と国交を結んだ時と変わりませんよ。剣と槍、それに前装銃(マズルローダー)

 政府は直轄の国軍の近代化を最優先しているし、各領邦も“農民を威嚇するのに機関銃はいらない”と考えていて、限られた財源を領邦軍の近代化よりも領邦内の殖産興業に割り当てている。だから最強の武器が火縄銃やマスケットのような銃口から銃弾を装填する旧式銃というのは領邦軍ではよくあることである。

「国軍が迅速に介入すれば叛乱軍部隊はひとたまりもないでしょう。問題はカサンドラ地域での治安回復です。カサンドラ伯を中心に有力者や領民が集まっています。制圧は血なまぐさいことになりますよ」

 参謀の率直な意見に軍司令官はため息をついた。

「こんなことに出くわすとはな。内地からの命令はない。今は部隊を待機させることしかできん。ところでマケドニア軍の動向はどうなっている?」

 敵対的な隣国はこちらが混乱しているこの機会を利用して何かしらの行動に出てくるであろう。

「そうです。それが問題なんです」




大日本帝國帝都東京 市ヶ谷統合参謀本部

 昭和37年の大陸撤退後、陸海空三軍の統合する平時の参謀機関として統合常設参謀部が開設された。戦時には大本営に改組される計画になっていたが、冷戦が終わり帝國が直面する戦いが国家間の正規戦から地域紛争対応に移行すると、平時と戦時の区別が曖昧になった。かくして統合常設参謀部も平時と戦時の区別をなくして統合参謀本部に改組されたのは平成15年のことであった。その体制はマケドニアとの正規戦というシナリオが現実味を帯びつつあった平成29年現在も同じであった。

 市ヶ谷の統合参謀本部は緊張感に包まれつつあった。同盟国で内乱が発生し、それに伴ってマケドニア軍の活動が活発化しつつあったからだ。衛星による偵察と無線の傍受によりその動きはすぐに軍情報部の知るところになった。

「マケドニア陸軍第一軍が国境線付近まで前進している。4個機械化歩兵師団が戦闘態勢をとってる」

「後方に第三戦車軍及び第七戦車軍も展開しつつあるな。実戦態勢が整いつつある」

 マケドニア軍は4個機械化歩兵師団から成る第一軍が戦線に穴を開けて、そこからそれぞれ戦車師団3個から成る2個戦車軍を突入させ、エフタルの国土を蹂躙しようとしているのだろうと考えている。今、マケドニアはその為の配置についているように見えた。マケドニア軍は昭和30年代のソ連軍のような連中で、日本軍のそれとは技術という点では隔絶しているものの、その圧倒的な兵力を無視することはできない。

 部下達の報告を聞いていた参謀本部における情報部門のトップ、第二部長を務める陸軍中将は呟いた。

「これじゃあ我が軍もエフタル国軍も動けないな」

「はい。エフタル中央政府は北部管区一帯に戒厳令を発令し、周辺領邦の領邦軍を国軍に編入して鎮圧作戦に投入するそうです」

 部下がすばやく報告すると中将は天を仰いだ。最新のハイテク兵器を持つ日本とその同盟国と、圧倒的な兵力の機甲部隊を持つマケドニア軍が対峙する横で、剣と槍で武装した“騎士”達が激突するというのだ。住民を巻き込んで。

「なんてこった。本当に世界は無茶苦茶になっちまった」

 おそらく凄惨な戦いになるに違いない。

 次回でカサンドラの風車は最終話の予定。


 防衛省の公式ホームページで来年度防衛予算の概算要求が掲載されました。一昨年、昨年に引き続いて内容を紹介したいと思います。

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