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異世界情景  作者: 独楽犬
21/33

カサンドラの風車 5

カサンドラ地方

 殿村がエフタルの大地に降りたってから4日目の朝を迎えていた。2人は深夜に到着してからカサンドラ伯の私邸の一室を借りて一夜を過ごした。エトナ教会によるテロ活動を恐れていたホーレン公国政府が派遣したボディガード―日本をはじめとする各国の退役軍人が創設した民間軍事会社から雇った傭兵である―が2人の部屋を守り、朝食を用意していた。

 傭兵の作った朝食の味は“食べれなくはない”という程度のものでマルティンの用意した料理人の方が美味い食事を用意できたであろうが、毒を盛られる可能性を考えれば妥協せざるをえない。2人はその食事を平らげた。

 朝食を終えると殿村と穂村はマルティンの案内で問題の疫病が発生した村を視察することになった。問題の村に到着すると、村の向こうに巨大な発電プラントの風車が見えた。

 案内された村は確かに酷く寂れていた。人々には覇気がなく、みんな死んだような目をしている。ホーレン公国政府の用意した通訳を通じて殿村と穂村は村民から聞き取りをしてまわった。

「それでどのような症状が出たのですか?」

 穂村が尋ねると、村人は自分のおかれた症状について必死に説明した。

「夜に全然眠れなくなったんだ。頭の中では何かがガンガン鳴ってうるさいし、身体はだるいし、全然仕事になりやしないんだ」

「あれが出来てから村の空気が悪くなった。前はみんな穏やかで平和な村だったのに…喧嘩が絶えないようになった。みんな些細なことですぐに怒り出すんだ。なぁ、平和な村を返してくれ!」

 村人達の訴えはどれも切実なものであった。殿村と穂村は聞き取りを終えると、風車がよく見える高台の上に上がって、それぞれ聞いた話について報告しあった。

「聞く限りでは、疫病そのものが嘘という感じはありませんね」

 穂村が指摘すると殿村は頷いた。

「あぁ。とてもではないが演技には見えない。なにかが起きているのは間違いないだろう。詳しくは専門家に尋ねないと分からんが」

「なんで専門家を連れてこなかったんですか?」

 当然の疑問を口にする穂村に殿村は言った。

「俺の仕事は伯爵殿を説得することだ。調査はあくまでも建前だよ」

 殿村の本音に穂村は露骨に嫌そうな顔をした。それを見た殿村は弁解するように続けた。

「それにあの発電プラントは大規模だが既存技術で建設されたものだ。内地でも、もっと小規模だが、実績はある。こんな問題が起きたことは無いんだ。有害物質が放出されるとか、そういうことはありえない」

 しかし穂村は殿村の話を聞いているのかいないのか、じっと黙り込んで向こうに見える発電プラントを眺めていた。

「おい。どうした?」

 殿村は声をかけるが反応しない。肩を叩いて、もう一度呼びかけると、ようやく殿村の方に振り向いた。

「おい。どうしたんだ?まさかお前まで病気になったなんて言うなよ」

「いや。凄い迫力だなと思って」

 穂村はそう言って回り続ける風車を指した。

「ゴーって音が耳に響いて。まるで自分が風車に飲み込まれてしまうんじゃないかって気分になるんですよ」

 殿村は彼の言葉を聞いてため息を吐いた。

「それは錯覚だよ」

「分かっていますよ。そう感じるってだけです」

 それから言葉が途切れ、2人を沈黙が支配した。それを打ち破ったのはマルティンの従者の声だった。

「トノムラ殿。ホムラ殿。旦那様がお呼びです」

 それを聞いた殿村と穂村は互いの顔を見合わせた。殿村は穂村にニヤリと微笑んでみせた。

「さぁ。説得の始まりだ」



 高台を降りるとマルティンが2人を待っていた。

「それで相談は終わりましたかな?」

 マルティンは慇懃無礼な態度で尋ねた。殿村は説得という自分の任務を考えて下手に出た。

「はい。早速ですが、あなたとの会談に臨みたいのです」

「いいでしょう。案内しますよ」

 マルティンは自ら殿村と穂村を自分の私邸まで引き連れて行った。



 私邸内の会議室に2人を案内した。会議室には殿村と穂村、マルティン、そしてエトナ教会の司祭が残った。最初に口火を切ったのはマルティンだった。

「我々が望むことはただ1つ、発電プラントの即時撤去です」

 迷いの無い態度で明言したマルティンに穂村は気後れした。しかし殿村は引き下がるつもりはなく、丁寧な口調で言い返す。

「私にはその権限はありませんし、問題の疫病が発電プラントに端を発するものと確認できたわけじゃありませんし。我々の援助活動は地元の皆さんがより豊かな生活を送れるように願ったものなのです」

 殿村の言葉にマルティンは眉をひそめた。

「豊かな生活?日本の価値観を我々に押し付けることがか?それもコロコロ変わる訳の分からない?今は友愛社会だったかな?」

 エフタルの保守派達が日本の進出に反感を抱いている理由は既得特権を失うといった実利的な問題のみではない。日本流の近代化の推進は保守派にしてみれば日本がエフタルの伝統や生活様式、価値観を見下し、破壊しようとしているようにも見えたのである。

 さらに日本で政権交代が起り内閣が変わって“エフタル近代化”の方針が修正されたことが彼らの怒りに拍車をかけた。前政権はエフタルを日本製品の市場とすることを目指して経済成長を軸とした近代化を推し進めた。道路や鉄道、発電施設といった経済成長に不可欠な社会インフラが支援の中心となり、同時に教育制度整備の支援も行われていた。それに対して新政権は“人が人らしく生きることができる市民による友愛社会”なる意味がよく分からない目標が掲げられた。新政権がエフタルをどうしたいのかよく分からないが、エフタルの価値観を重視しなかったのは同じだったし、経済成長に必要なインフラ整備向けの援助資金を削減して闇雲に金や物資をばら撒く手法は、エフタル人を愚民化して援助漬けにしようとしているように見えて余計にたちが悪いと感じさせた。

「我々はエトナへの信仰を糧にして日々豊かな生活を送っている。君達の手助けは不要だ」

「あなたがたが信仰の厚い人々であることはよく理解しているつもりです。生活が便利になれば領民の皆さんもより教会に多くの時間を割けるようになりますよ?」

 それを聞いてマルティンはフンと鼻をならした。

「今は病の為に民の多くが教会どころではないようですがね。領民が豊かな生活を送れるように発電施設を早急に撤去していただけませんかね?」

 意見を曲げるつもりのないマルティンに殿村は別方向からのアプローチを試みた。

「ですから、私にはその権限はありませんし、原因究明にはさらなる調査が必要です。現政権はあの発電プラントのようなクリーンエネルギーの推進に熱心でして、皆さんに満足していただけるよう様々な支援を用意する筈です」

「つまりどういうことかね?」

「新たな政府開発援助や投資がこの地域に投入されると思います。日本政府は皆さんのために最大限のバックアップをするつもりです」

 マルティンはため息をついた。

「それはつまり、賄賂ということかね?舐められたものだ」

「そういうつもりでは…」

「繰り返して言うが、我々の要求は発電施設の撤去だ。あれが病の原因であり、脅威の元凶だ。それ以外にすべきことはなにもない」

 殿村は頑固なマルティンの態度に舌を巻いた。説得には長い時間をかける必要がありそうである。

「ですから、あのプラントが疫病の原因だと決まったわけではありませんから…」

 そこへ今まで黙って二人の会話に耳を傾けていた司祭が口を挟んだ。

「しかし、あのプラントが出来る前にあんな病気は一度も起きなかったのだ。それがプラントが出来るとともに流行した。あのプラント以外に如何なる理由があるというのだ!」

「ですがあのプラントは我が国の安全基準を全てクリアしており、あなたの言うような危険を監視する市民団体からもお墨付きを得ているんです。それに日本の現政権は風力発電施設を全国に広めようとしているんです。そんな危険な代物ならそんなことを進めるわけが無いじゃないですか。そのような疫病の原因になるとは思えません」

「ならば神の意思と考えるべきだ!」

 司祭が神の名を出すと、殿村は顔を顰めて露骨に嫌な顔をした。穂村はやたらに宗教を持ち出す司祭に対して無神論者の殿村が我慢の限界に達しようとしていることに気づいた。司祭は構わずに話を続けた。

「神がニホンの言う“進歩”とやら否定して排除するように求めているのだ」

 その司祭の言葉を聞くと、殿村は一度、穂村の方を振り向いた。穂村は変な笑みを見せた殿村に危険を感じた。そして止める暇も無く、それは現実になった。

「神の意思?貴方の意思ではなくてですか?」

 会議室の空気が凍りついた。

「それは、どういう意味だ?」

 震える声で尋ねる司祭に殿村は冷たく言い放った。

「ご存知ですか?我が国の援助による近代化に不満を持つ一部の聖職者が毒物を用いて疫病を演出し、我が国の進出が原因だと騒ぎを起こした事例があるんですよ」

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