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異世界情景  作者: 独楽犬
2/33

彼方の希望 1

 シベリアの夏は暑かった。シベリアと聞くと、どうしても氷に閉ざされた寒い大地と想像されるかもしれない。確かに冬は厳しい。しかし、だからと言って夏はその分涼しいというわけではないのである。8月の終わりには雪が降る地域もある一方、夏には時に30度を越えることもあるのだ。

 そのためだろうか。演習を終えた戦車の群れが街の郊外の駐屯地を目指して道を進んでいるが、キューポラから顔を出す乗組員たちはみんな額に汗を浮かべ、だるそうな表情である。

「畜生、シベリアって言うから涼しいのかと思ったら何て様だ」

 とある戦車で砲塔内で装填手がぼやいている。

「黙れ杉下一等兵。それとも歩兵になって、南米のジャングルで麻薬漬けになりながらゲリラと遊ぶほうが好みかな?」

 ベテランの曹長である砲手の柊がそれを窘めた。

「かんべんしてくださいよ」

「ここは最前線なんだ。だらける余裕などないぞ」

 なるほど。現在、日本はいくつもの“前線”を抱えている。東西に分断されたアメリカ・カナダ、中東に睨みを利かせるインドと対するパキスタン、そして熱線が繰り広げられる南米コロンビア。しかし将来の第三次世界大戦時に主戦場となるのは間違いなくここシベリアである。オビ川を挟んで東に日本・EATO―東亜条約機構―陣営側のシベリア連邦共和国、西にドイツ・WTO―ワルシャワ条約機構―陣営のロシア国家社会主義共和国が対峙して、両陣営200万の軍隊が睨み合いをしている。

「そう睨まないでください。それにこの二五式戦車さえあれば、ナチ公なんてイチコロですよ」

 そう言って杉下は砲塔の壁をパンパンと叩いた。

 二五式戦車は日本陸軍の保有する最新の戦車である。主砲の長砲身10糎半戦車砲は優れた命中精度を誇りドイツ戦車の正面装甲を貫く十分な威力があると信じられている。しかしながら、日本軍上層部は杉下ほど楽観的でなかった。

「それくらいにしておけ。この暑さは誰だって文句を言いたくなるさ」

 2人の様を見かねた車長である佐久間中尉が砲塔内に頭を戻して止めに入った。

「ほら街が見えてきたぞ」

 杉下が装填手用キューポラから頭を出すと、確かに丘の下に広がるノヴォシビルスクの街並みを臨み見ることができた。

 ノヴォシビルスクはオビ川に沿った国境の街で、人口80万人ほどのシベリア共和国第二の都市である。東西冷戦の最前線ながら活気に溢れ、綿密な都市計画に基き整然と整備された街並みは日本の内地の都市計画にも大きな影響を及ぼしている。この街の防備は佐久間らが所属する帝國陸軍第14師団の管轄である。だが佐久間は知っていた。戦争になれば、この美しい街を見捨てて東に逃れねばならない事を。まことに遺憾な話であるが、着実に軍備計画を進めてきた日本陸軍であったが現在でもドイツ流電撃戦を正面から受け止られる自信は無かった。そのため、日本陸軍は冬戦争時のフィンランドに倣って、シベリアの長大な縦深を行かしてモッティ戦術を敢行するという消極的な防衛計画を練っている。となれば、最前線の街は捨石とするしかない。

「ところで、兵営に戻ったらちゃんとシャワーを浴びて着替えろよ。今日は方面軍司令官が視察に来るぞ。なんでも重大な発表があるらしいぞ」

「分かってますよ中尉」

 キューポラから顔を出したまま杉下が言った。

 視察に訪れるEATO軍西部方面軍の司令官は、第14師団を含む日本軍3個師団、シベリア共和国軍2個師団、満州国軍2個師団、中華民国軍1個師団、蒙古軍1個旅団など合計20万の大兵力を指揮する立場にある。満州国の軍人で朝鮮系としては初めて上将―日本軍で言う大将―で、大戦時には八路軍などの抗日ゲリラ討伐に従事していたという。

「しっかし、綺麗な夕日だなぁ。あの空のどこかに“かぐや11号”が飛んでいるのか」

「どいつもこいつもそればっかりだな」

 柊が苦笑しながら言った。日独が宇宙開発競争をしている中、日本がそれまでの劣勢を覆すべく始まったのが日本史上最大の科学計画とも称される月面有人探査プロジェクト、“かぐや計画”である。そしていよいよ月着陸船を載せた月ロケット“かぐや11号”が4日前に打ち上げられたのである。テレビでは延々と特集番組が流され、世界中の人々がその動向に注目していたのだ。無論、シベリアの日本軍も例外ではない。

「確か今夜だったよな。月面着陸は」

「そうですよ、中尉。まさか我らが司令官はこんな日に夜間訓練を実施するとか、無粋なことを言うんじゃないでしょうね?」

 時に皇紀2629年7月20日、日没前のことであった。

(追加 3/19)

 実在の人物が登場するシーンをカットしました。

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