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異世界情景  作者: 独楽犬
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カサンドラの風車 2

エフタル連邦首都ノイエ・ゼンターレン

 “エウロペの穀物倉”とも称される農業大国エフタルの首都は以外にも洋上の島にあった。島は元々エフタルの領土ではなく、“大転移”とみなが言うようになった大異変を経て無主地となりエフタルに編入されたものである。

 どうしてそのようなところに首都を設けたかというと、簡単に言えば特定の領邦君主への贔屓にならないという配慮だ。なにぶんエフタルは領邦と自由都市の集合体であり、その政府は領邦君主や自由都市指導者たちの連合組織という色彩が濃い。そのような状況で既存の領邦や都市に首都を設ければ、その地域の指導者を贔屓したと受け止められかねず政府指導者層の人間関係に縺れが生じる可能性があるというのだ。外から見れば情けないと感じるかもしれないが、当の本人たちにしてみれば極めて真剣な問題である。

 エフタル連邦は国というより主権国家である領邦の同盟のようなもので、中央政府というものは“大転移”前には存在しなかった。数百年前まではエフタルを束ねる皇帝がいて、エフタル帝国は地域の大国として君臨していたが、皇帝の血統が途絶えて大空位時代が続き、なし崩し的に帝国は崩壊して領邦は独立国のような立場になった。そして、そういった独立した領邦を束ねる帝国の後継として生まれたのがエフタル連邦である。

 連邦が主体となって領邦の再編が行われた歴史上の事実からもわかるように、我々が考えるような主権国家と国際機関という図式を単純に当てはめることも出来ないが、連邦が主権国家として振舞っていなかったのも事実である。

 そうした状況が変わったのは“大転移”後である。強力な軍事力を有する大国、帝政マケドニアと国境を接して脅威に直面し、領邦連合組織では対応に限界が生じるようになったのである。同盟国である大日本帝國の要請もあり、その支援の下で中央集権国家が推し進められることになったのだが、急激な変革には様々な問題が伴った。前述の首都問題もその1つである。

 また即席で中央政府を創った影響は国家元首の称号にも表れている。帝国時代も含めれば千年以上の歴史を有するエフタルにも関わらず、現政府の元首は“政府首班”という味気ないものなのだ。

 当初は皇帝の復活も考えられたものの、帝冠を新皇帝に授ける役目を果たすべきエトナ教最高指導者と“大転移”によって完全に断絶されてしまったためにお蔵入りとなった。最高指導者の居るエトナ教聖地はエフタル国外にあり、新世界に出現しなかったのだ。

 大統領はしっくりこない。仕えるべき君主がいないのに首相というのもおかしい。かくしてエフタル中央政府の指導者はなし崩し的に政府首班を名乗ることになった。なお政府首班というのは日本側の意訳であり、中央政府指導者を示すエフタル語を直訳すると“政府の代表”になる。

 ともかく、様々な紆余曲折を経てエフタル連邦の首都に収まったノイエ・ゼンターレンは旧世界におけるワシントンDCやブラジリア、キャンベラのような首都となるべく生まれた計画都市であり、今は首都に相応しい都市となるべく日本からの資金的技術的援助と元々の現地住民の労働力を得て開発が進められている。そうして建設されたものの1つにノイエ・ゼンターレン国際空港がある。



 島のはずれにあるノイエ・ゼンターレン国際空港はエフタルに今のところ2つしかない国際空港の1つで、日本の国際空港にも匹敵する近代的な設備が設置されている。

 その空港の3000メートル級滑走路に着陸しようとする旅客機があった。日本の最大手航空会社のJAT(日本航空輸送)の塗装が施された双発大型ジェット機だ。日本航空機製造(注1)YS-100。日本が最初に開発した大型ジェット旅客機である。日本の航空界の総力を結集して国際航路就航を目指して各国の航空会社に売り込みがなされたが、ボーイングとエアバスという二大企業が寡占する大型旅客機業界の壁は厚く売り込みは失敗。空軍と国内の大手航空会社が救済措置として購入した以外にはほとんど実績がなく、生産中止寸前の機体であった。

 状況が一変したのは“大転移”後である。なにしろ日本の、いや世界の民間航空の世界を牛耳っていたボーイングもエアバスも消えてしまったのだ。そして日本が容易く入手できる大型旅客機はYS-100に他ならなかったのである。

 思わぬ需要に大いに潤った日本の航空産業は生産拡大、新型開発と投資を拡大していった。なにしろ彼らの目の前にはまったく未開拓の市場が広がっているのだから。“大転移”に巻き込まれた国家の技術・産業レベルは様々である。未だにレシプロ航空機が主力の国もあれば、エフタル連邦のように産業革命すら経験していない国もある。しかし、いずれはこれらの国にも多くの航空路線が開設され、ジェット旅客機が飛び交う時代が来るに違いない。うまく立ち回れば新世界のボーイングやエアバスになることができるのだ。

 だがライバルがいないわけでもない。日本より遅れた国がたくさんいる一方、同等ないし一部分野では上回っている国はいくらか存在する。最大のライバルは主要七大国(オクタード7)の1つに数えられるローラシア連邦共和国の航空産業である。彼らは大型旅客機の生産能力を持ち、彼らの旧世界では大きなシェアを占有していた。経験も規模も日本のそれよりずっと巨大であった。

 新世界において確固たるシェアを確保するためにも、ローラシアとの本格的な競争が始まる前に自国周辺の地盤を固める必要を感じた日本政府と航空産業は周辺諸国に次々と航空路線を開設し、日本製航空機の売り込みをはじめたのである。

 しかしながら日本の周辺国は将来性はともかくとして発展途上国ばかりである。政府の支援があるとはいえ収益が乏しい航空便を多く開設する必要を迫られた日本航空輸送にしてみれば貧乏くじを引かされたも同然である。けれども、それまで往来が不便だった地域へと航空便が就役したことで多くの外交官や輸出入業者が恩恵を与ったのも事実である。

 商工省の外局、資源電源局に属する官吏、殿村義雄(とのむら よしお)もその恩恵に与った1人で、もしノイエ・ゼンターレン空港がなければ乗り心地の悪い軍用輸送機に便乗するか船舶を利用するしかなかったところを、彼は快適にすばやく任地に赴くことができたのである。彼に与えられた仕事はカサンドラ地方で発生した風力発電プラントをめぐるイザコザの解決である。



 “大転移”。それは今から10年前ほどに起きた国家単位での大規模な時空移動現象である。なにが原因かは誰にも分からないが、ともかくそれは起きた。大日本帝國は異世界へと飛ばされてしまったのだ。

 そうした不運に直面した国は日本だけではない。様々な平行世界(パラレルワールド)から多くの国が転移して1つの新たな世界“新世界”が形成されたのである。

 “新世界”に出現した国々は様々である。政治制度も技術レベルも文化レベルも様々であった。

 日本のように議会制デモクラシーを採用している国もあれば、専制君主が牛耳る国や絶対主義国家もある。主権国家という概念さえ確立していない封建的な国や国とさえも言えないような氏族の集合体も存在している。

 コンピューター時代を迎えてジェット機が飛び交う国もあれば、レシプロ機が航空の中心でモータリゼーションもあまり進んでいないとういう我々が知るところの第二次世界大戦以前レベルの国もあった。産業革命を経験していない国も多い。

 国の規模も様々で、前述のローラシアのように人口が数億に達して大陸1つを丸ごと国土にするような国も存在すれば、日本の市町村にも及ばないような小さな国も存在する。

 こうしたまったく違う世界に存在した国々が突然に元の世界と断絶してひとつに世界に集まったのだから、その混乱ぶりは窺い知れる。貿易が絶たれ必要な物資が輸入できなくなり、未知の国々が突如出現したのであるから。

 日本は幸いにも、後に“エウロペの穀物倉”と称されることになる農業国エフタル連邦と多くの鉱物資源や石油に恵まれたラップランド共和国が隣接していたために最悪の事態は免れたが、日本に匹敵する文明レベルを持ちながら必要な資源を絶たれて崩壊した国もある。そうした無政府地帯はブロークンランドと呼ばれて各地に生じ、地域の問題となっている。実のところノイエ・ゼンターレンもそうしたブロークンランドの1つだったのである。

 最初の混乱を乗り越えると各国とも調査隊を派遣して、新世界の状況が次第に把握されるようになった。特に日本のような先進諸国はいち早く結びつき、“大転移”の2年後には南方の島国ゼーランド王国の首都オクタードに各地域の中核となる大国の代表が招かれて国際会議が開かれた。招かれたのは大日本帝國、ローラシア連邦共和国、バビロニア、プカラ王国、カーペンタリア共和国、大華帝国の6ヵ国である。

 このオクタード会議では主権尊重、法治主義と人権尊重、自由経済・自由貿易、集団安全保障による国際平和の四原則を謳ったオクタード宣言が採択された。そして宣言に賛同する諸国が集まり翌年にはオクタード条約が締結され、かつての国連のような機能を持つ“新世界”初の普遍的国際機関であるオクタード条約機構が創設されたのである。その加盟国は61を数える。

 そしてそれを主導した最初のオクタード会議参加国は以降、オクタード7と呼ばれて“新世界”を主導していくことになる。

 かくして“新世界”の基礎となるオクタード体制と呼ばれる国際秩序が形成された。しかし、それに賛同した国もあれば反発した国もある。その代表格がエフタルとラップランドを間に挟んで日本と対峙している帝政マケドニアだ。

 対立の舞台となったエウロペ大陸は事実上の冷戦状態であり一瞬触発の状態が続いているのである。




注1―日本航空機製造―

 日本の主要航空機製造会社の合資で誕生した大型飛行機製造メーカー。

 元々は1940年代に後半に軍需省が企画した旅客機開発計画に端を発する。なぜ軍需省がそのような計画を始めたかといえば大戦終結による軍用機生産の縮小を見越して、戦時中に拡張した生産設備に戦後も引き続き仕事を与えて航空産業の衰退を防ぐためで、一種の公共事業であった。

 しかしながら軍事偏重で発展した日本の航空産業では単体で欧米の民間航空業界に太刀打ちするのは難しく、国内の航空会社が連合する必要が迫られた。こうして誕生したのが日本航空機製造であり、現在でも大型機の開発は軍民問わず日航を通じて行われている。

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