カサンドラの風車 1
たまにはこちらも更新
巷で流行っている(?)日本まるごと異世界召喚ものです
エウロペ大陸カサンドラ地方
新世界八大陸の1つ、エウロペ。その東半分のうち西側7割を領土とするのがエフタル連邦で、37の領邦と12の自由都市、そして中央政府の直轄領から成る連邦国家である。
その領邦の1つ、ホーレン公国はエウロペ大陸の北岸に面し、西は連邦直轄領オスト・リーシャと接する。オスト・リーシャはエウロペの西半分を占める超大国、帝政マケドニアとの国境に面していて、マケドニアとの対立関係にあるエフタル連邦にとってはまさに最前線である。当然ながら最前線の後方地帯であるホーレン公国は連邦政府とその同盟国にとっても重要な地域であった。
ホーレン公国の様子を見てみると、古くからの街には我々の知るところの中世ヨーロッパを思わせる煉瓦建築の街並みが続いているが、郊外にはコンクリート造りの建物が並んでいるのを見ることができる。それこそがホーレン公国が進める近代化政策の成果であった。
沿岸部のカサンドラ地方に建設されたホーレン全域で消費される電力―と言ってもその消費量そのものは微々たるものであるが―の70%を生み出す巨大な風力発電プラントを中心に様々な近代的工場が建てられた。同盟国から進出してきた企業もある。かくしてホーレンには多くの産業と雇用が生まれ、エフタルの中でも経済的に恵まれた地域となった。
こうした発展は開明的で近代化を推し進める領主のホーレン公による働きもあるが、中央政府と連邦最大の同盟国であるニホン帝國の支援があってこそだ。風力発電プラントとはじめとする様々な新技術と施設は全てニホン帝國の技術援助によって完成したのである。
ニホン帝國は様々な並行世界より転移した国々や土地が集まったこの新世界において七大主要国に数えられる大国である。その本土はエウロペ大陸の東の海上にあり、面積的に見ればエフタルよりもずっと小さな国であるが1億を超える人口とエフタルの数世紀先を行く技術力、工業力を持つ恐るべき国である。
ニホンから持ち込まれた資本、技術、そして学問は中世の如き後進国家であったエフタルに近代の風を吹き込み、この国の発展に大きく貢献したのであるが、誰もがそれを歓迎していたわけではなかった。
特にそれまで産業を牛耳っていたギルドに身を置く旧来からの保守的な商工業者、国政と密接に交わり多くの特権を享受していた貴族や宗教指導者たちにとって留学生などを通じて持ち込まれたデモクラシーや政教分離、自由経済などの新思想を重大な脅威として受け止めていて、各地でニホンやそれと通じる開明派と対立していた。
カサンドラ地方もそんな火種を抱える地方の1つであった。
カサンドラではこの頃、謎の“病気”が蔓延していた。夜になってもなかなか寝付けず、頭痛に悩まされ、またすぐに感情的になるようになり平穏だった村でも喧嘩が絶えなくなったという。多くの住民が衰弱し、憔悴しきっていた。このような有様に頭を痛めたのはカサンドラ伯爵家の現当主マルティン・ハルトリーゲルであった。
ハルトリーゲル家はカサンドラ伯の称号からも分かるように、かつては―大転移の起こるよりはるか前の話である―カサンドラ地方一帯を領土とする領邦の主であった。しかし今から200年前の帝政時代末期に1000以上も乱立していた領邦の再編が行なわれ、その際にカサンドラはホーレン公国に編入されてしまったのである。だから、今はホーレン侯爵に仕え従属する領邦等族の身分に甘んじている。それでもマルティンは歴史あるハルトリーゲル家に誇りを抱き、かつての領邦君主という家柄を汚さぬように日々努力をしていた。
またマルティンは典型的な保守派貴族の1人であり、ニホンやニホンから持ち込まれる様々な物資、学問に不信感と嫌悪感を抱いていた。特にデモクラシーという政治思想が彼にはまるで理解できなかった。無知な平民が政治を動かしても碌な結果になるわけがない、というのが彼の考えだ。
彼の主であるホーレン公はニホンの援助を得て近代化を推し進める開明派の1人であったので、転移から2人は対立することが多くなっていた。マルティンにしてみれば、ホーレン公が風光明媚で知られるカサンドラの景観を台無しにする風力発電プラント建設を推し進めたのは、彼に対する嫌がらせとしか思えなかった。
そしてプラントの周辺での謎の病の蔓延である。マルティンは我慢の限界に達しようとしていた。
マルティンは従者を引き連れて馬に乗り、病の流行っている沿岸の村を訪れていた。村には既に先客が居た。エフタルで最大勢力を誇る宗教、エトナ教会の司祭であった。
馬から降りるとマルティンは司祭の横に立った。
「お久しぶりです。司祭様」
司祭は村の背後に立つ巨大な風力発電用風車を凝視していた。
「おぞましい光景だ」
「神をも恐れぬ所業です。歴代皇帝より“比肩するものなし”と称えられたカサンドラの海が汚されている。その上にこの病騒ぎだ」
村人たちは普段の生活を維持し、営みを続けようとしているのがはっきりと見てとれた。しかしマルティンは村人の数が前に来た時より減っていることに既に気づいていた。村に残っている人々の表情も暗く、疲れきっている様子だ。
マルティンはそんな様子を見て心を痛めていた。
「司祭様。一体、なにが原因なのでしょう?どうして神は我々にこのような試練をお与えになるのでしょう?」
そう司祭に問うマルティンであったが、心の中ではもうその原因を見つけていた。司祭に尋ねたのはその答えの確信を得るためであった。
「間違いない。ニホン人の所為だ!奴らの所業に神が怒っているのだ!」
司祭の叫び声が村の中に響く。それを聞きつけたのか村人の1人が司祭とマルティンのもとへ駆けて来る。
「大変だぁ!テオが錯乱したぁ!」
村人はそう叫びながら2人の前にやってきて、司祭にしがみついた。
「司祭様!助けてくだせぇ!」
司祭とマルティンはその村人に案内されて、村のはずれにやって来た。そこでは暴れる1人の男を村人達が必死に押さえていた。暴れる男の手には包丁が握られている。その近くには何人か血を流して倒れていた。
「なにがあったんだ。この男はどうしたんだ?」
マルティンが案内してくれた村人に尋ねた。
「分かりませんよ。突然、暴れ始めたんです」
そうしている間にも村人達は男の手から包丁を奪い取った。しかし男がおとなしくなる様子はない。
「悪魔の声だ!悪魔の声が聞こえるんだ!」
叫び声をあげて、押さえる村人たちを振りほどこうとしている。
村人たちは男の口に布切れを詰め込み黙らせると、そのまま近くの納屋まで引き摺っていった。納屋の扉が閉められると、司祭とマルティンを案内してきた村人が口を開いた。
「こんなことは始めてだ。どんどん酷くなっていきます」
司祭とマルティンは沈痛な面持ちで村人の訴えに聞き入っていた。村人があらかた言いたいことを言い終えると、マルティンは手を伸ばして村人の背中をさすってやった。
「辛かったろうに。安心しろ。私は神を冒涜するものを絶対に許さない」
マルティンは周りを取り囲む村人たち1人1人の顔を見回した。誰もがマルティンの次の言葉を待っている。
「ニホンにはこの報いを必ず受けさせる」
決然と宣言するマルティンの背後で巨大な風車は廻りつづけていた。
オチがなんとなく分かっちゃった人もいるかもしれませんが、感想欄などでのネタバレはしないようにお願いします