戦い未だ終わらず 6
1946年8月16日 街道防衛線
休戦発効の期限である正午が迫る中、師団長は戦場を訪れていた。M29サムナー重戦車に破壊されたティーガーII戦車が無残な姿を晒していた。火力によってドイツ軍の歩兵と戦車部隊の分離に成功した帝國陸軍はM29重戦車の支援を受けて突出したドイツ戦車隊を撃破し、孤立した歩兵隊を掃討すべく反撃に出た。最終的には朝までに失地を回復した。
この夜襲は前線のほぼ全域で発生していた。休戦が発効する前に少しでも多くの領土を取り戻そうとして始めた最終攻勢であったが、友邦ソ連軍の援護も無く―冷戦後の調査でドイツ軍が独断で行なった攻勢であることが明らかになった―疲弊したドイツ軍に大きな戦果を望めるわけもなく、一部を除き最終的には連合国軍に押し返された。
やがて午後0時になった。休戦協定が発効し、第二次世界大戦が終わった。しかし師団長たちはそれを知らされても喜ぶ気持ちにはなれなかった。並べられた死体袋の前でなにを喜べというのであろうか?
山中
鷲峰らの篭もる山中の陣地も戦争の終わりを迎えた。予備部隊を投入し浸透したドイツ軍を追払い何とか勝利したが、後に残ったのは両軍兵士の無数の遺体であった。休戦発効は知らされたが、兵士たちの多くは疲れきった表情で遺体の群れの中で立ち尽くしている。
そんな中、鷲峰は藤堂軍曹を探しまわっていた。乱戦に突入してから離れ離れになってしまい、休戦をむかえて一段落ついたということで彼を探す事にしたのだ。指揮を次席の下士官である第一分隊長に任せ、歩き回っていた鷲峰はついに見つけた。
見つけた時、藤堂は腹に大きな傷が負っていた。すでに顔に生気はなく真っ白で、流血は固まり始めていた。明らかに死んでいる。確かめるまでもなかった。
「少尉!」
声のした方に目を向けると神埼が手を振っていた。
「なんとか生き残れましたよ」
鷲峰はなにも応えず、また藤堂の遺体に目を向けた。神埼もその存在に気づいた。
「藤堂軍曹。戦死なされたんですか。彼は4年も戦場に居たそうです。あと少しで帰れたというのに…」
「そうか。4年か。4年もこんなところで戦っていたのか…」
鷲峰があたりを見渡す。終戦間際にして、あと少しで平和な世界に戻れたのにそれをなし得なかった者たちの亡骸。ドイツ兵の遺体の中には勲章が見える者もいる。年配の者もいる。彼らもまた幸運にもこれまでの戦場を生き残り、そして最後の最後に手の届かず散った者たちなのである。
そのドイツ兵の勲章、首から下げる鉄十字章に手を伸ばす者が居た。
「見ろよ!鉄十字勲章だ!本物だぞ!」
手を伸ばした兵士は仲間たちと場違いな声をあげていた。服は真新しく、とてもあの戦いを切り抜けた者の姿には見えなかった。
「輜重の連中です。片付けに借り出されたんです」
なにかの報告のためだろうか、少尉のところへやってきた第一分隊長が言った。それを聞いた鷲峰は“なにをしなくてはならない”という感情を抱いた。気づいた時にはM1カービン銃を構えていた。
「おい。貴様ら!それは俺たちの戦果だ!」
鷲峰自身も驚くほど大きな怒鳴り声に輜重連隊の兵士たちは驚き彼の方に振り向いた。
「輜重如きが、身に余る行動だ。お前らは自分の仕事を片付けていろ!」
怒鳴られた輜重兵たちは慌てて自分達の割り当てられた仕事に戻っていった。
それを見届けると、鷲峰はM1カービンを下ろして振り返った。神埼と分隊長が揃って、彼に敬礼をしていた。鷲峰は答礼した。
8月15日、ジュネーブ休戦協定が締結され、翌16日に発効した。これにより第二次世界大戦は事実上終結した。締結から発効までの間にドイツ軍が少しでも領土を回復すべく各地で逆襲に転じたが連合国軍は“軽微な損害”を受けたのみでこれを撃退した。
―某オンライン百科事典 第二次世界大戦の項目より抜粋
戦い未だ終わらず 終わり
これで“戦い未だ終わらず”は完結です。
(改訂 3/19)
実在の人物が登場するシーンをカット