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アリとの生存競争



 死ぬまで、観察した。


 二人をなるべく溶かさないように気を付けながら、二人を観察した。

 二人というのが良い。一人ではなく二人だと会話が成り立つ。


 魔法使いも、この状況では満足に炎を出したり出来ないようで、少しだけ小さな炎を出して抵抗したが無駄だと悟ると後は死を待つだけの生きる屍同然だった。

 魔法の力を増幅する武器を失くしてしまった為か、あるいは言葉だけでなく何かの動作が必要なのか。それはわからない。


 二人の会話で、生きてるか、だとか、この醜い化け物が、というようなニュアンスはよく出てきたので覚えられた。



 なるべく長く生きるよう、一日に二度ほど水をやった。生水だが。

 水やり。植物を育てるような感覚。


 ゲイルの中で彼らの排泄物が垂れ流されることは、心情的には忌避を覚えないでもないが、他の動物のそれと同じとして考えないことにした。



「……」


 もう喋らないそれらを、感謝の気持ちを込めて飲み込む。

 いただきます、と。


 着ていた服も一緒に溶ける。というか服は既にすっかり分解されていたが。


 摂取できるエネルギーとしては、アリの死骸より少ない。

 しかし、少しだけでも人間の言葉を覚えられたことがゲイルにとっては収穫だ。



 ――母ちゃん、ごめんよ。


 足音を忍ばせる男の最後の言葉だった。

 何となく、母親を呼んでいるのだと察せられた。謝罪の言葉は既に理解している。


 彼らが善人なのか悪人なのかはわからないし、ゲイルにとってはどうでもいい。

 こちらの住処に侵入してきて、ゲイルと戦い敗れた動物というだけのこと。喋る生き物は珍しいがそれだけだ。


 いくつか消化しきれないものが残った。

 金属的な物や鉱石。それらはゲイルには価値がないので捨ててしまう。


 一つだけ、鉱石に似ていたが違うものがあった。小さな石だが、エネルギーの塊のようなもの。

 それは吸収出来たので食べさせてもらった。今まで食べたことがないものだった。



  ※   ※   ※ 



 多様なエネルギーを吸収することで、ゲイルの体は意思による制御できる強度が上がってきた。

 壁を這い、天井にへばりつく。



 天井には、以前に死骸を食べたことがある蝙蝠が大量に張り付いていることがあった。

 寝床なのだろう。


 油断しているその蝙蝠の群れを襲うと、数匹をまとめて取り込むことが出来て非常に効率が良い。

 彼らにとっては安全な寝床。ゲイルにとっては楽な狩場だ。


 そうして生きたまま蝙蝠を捕え、殺してみてわかった。人間が持っていた小さなエネルギーの石は蝙蝠の中に生成されている。

 落ちていた死骸にはなかったのに。


 どうやら死ぬ瞬間に持っていたエネルギーが結晶化するように心臓の辺りに収束して出来上がるようだ。



 落ちていた死骸は寿命で死んだせいで、結晶化するほどのエネルギーがなかったのかもしれない。小さいネズミなどにないのも同じ理由か。

 そういえば大トカゲに焼かれたアリの死骸にもなかったが、あれはほとんど炭化していたので焼けてしまったのかもしれないと思った。



 結晶化したそれは、普通に肉を食うよりもエネルギー吸収率が良い。

 ゲイルの体積を増していく。肥満する。


(……)


 集中してみると、体が引き締まる。

 粘度はそのままに、ゲイルの体が濃くなる。


 肥大化しすぎるのも不便かもしれないと思ったゲイルは、シェイプアップしながらその存在の密度を増していた。



  ※   ※   ※ 



 最初の人間からしばらくすると、時折人間が来るようになった。


 時間を把握する感覚が非常に曖昧なゲイルには正確にはわからなかったが、一年に数度というところか。一年という捉え方も適当なものだが。



 彼らの行動を見ることで新たな言葉を少しずつ覚えたり、この洞窟の出入り口を知ることも出来た。

 もともとゲイルがいた水溜まりから考えると、かなり上の方になる。


 洞窟はうねりながら分岐しながら広がっていて、隙間ならあちらこちらにあるが、人間が通れるほどの広さではない。

 比較的開けた出入り口がぽっかり開いている場所。欲の深い人間を迎え入れるかのように。


 一度出てみたらかなり険しい山の中腹で、彼らは麓から一日がかりくらいで入り口まで登って来ているようだ。

 だが、ほとんどが何の成果もないまま帰っていく。



 ゲイルとしてもまた捕食する機会があればと思わないでもなかったが、人間もそこまで愚かではないようだった。

 逃げた男がゲイルや大トカゲのことを話したのか。だとすれば警戒されても仕方がない。



 新たに訪れる人間たちの会話も聞きながら、彼らの目的を探る。


「もう目的は果たした」


 そういう主旨の会話をしているようで、ゲイルにはわからないが成果そのものはある様子だ。

 去っていく時にも残念そうな顔ではない。明るい調子で話しながら出ていく。



 洞窟内ではなく、外で何かを入手している。


「神洙草」


 誰からもそういう単語を聞くことが多かったので、それが何か関係しているのだろうと思った。

 人間たちはこの山に神洙草と呼ばれるものを採取に来て、洞窟まで入るのはせっかく来たついでにと。



 洞窟の浅い層であればアリも行かない。人間たちはあれをメラニアントと呼んでいた。

 メラニアントは日光を嫌うようで、日が差すような場所には行かないようだった。人間もそれを承知しているようだ。



(……とりあえずどうでもいいか)


 洞窟深くまで入ってこないのであれば人間を襲うこともない。

 あまり浅い場所だとすぐ逃げられてしまうだろうし、あまり多くの人間を逃がして今度は駆除対象と見られても困る。


 少しずつ力を増していったことで、ゲイルは次の段階に進もうかと思っていた。



 アリ――メラニアントの数が多すぎる。

 大トカゲはともかく、それ以外の良質な餌もあらかた食われてしまって食糧難だ。

 まあ食糧難は言い過ぎかもしれないが、生存競争的にゲイルにとって最も邪魔な存在になっている。



 天井に張り付いたまま、なるべく少ない集団のメラニアントが通るのを待っていた。

 どれくらいか。時間はよくわからない。


 それでも待っていればチャンスは訪れる。信じるとかそういうことではなく、ただ良い条件が揃うまで時間を気にせず待つだけ。




 十匹に満たないメラニアントの群れが通りかかった時、ゲイルは天井から離れて自由落下に身を任せた。


「――っ」


 ゲイルと違って口もあり呼吸もするこのアリは音を発する。


 突如上から落ちてきた自分たちの二倍以上の体積の粘液に動きが止まった。雨の雫かと思ったのかもしれない。

 だがゲイルが覆いかぶさった仲間のアリ二匹が、体と頭の体節をギュリギュリと捩じられるのを認識して、異常事態だと判断する。



「ギチギチギチ」


 歯を鳴らしながらゲイルを取り囲み、手を伸ばす。


(お、おお、これは……)


 削ぎ落される。

 おろしがねで体を削られるように、メラニアントの手でゲイルの表皮が削がれる。


 表面辺りはかなり硬くしているつもりなのだが、全く関係ないようだ。大トカゲの鱗にもダメージを与えていたし、この手のひっかきはかなり強い。

 一匹なら大した問題ではなかったが、数匹に群がられてジャクジャクと削られてしまうと、ゲイルの体積がどんどんすり減ってしまう。



(このままじゃ全部持っていかれるな)


 冷静に状況を分析する。

 炎に焼かれた時は痛みがあったが、今はそうではない。冷静だった。


 逆転の手はない。手なら相手の方が多い。

 だが、この場所を選んだのはゲイルだ。何も考えていなかったわけではなかった。


 仕留めた二匹のアリと共に、通路の脇に移動していく。

 押しとどめようとした一匹のメラニアントをついでに飲み込んだ。体の中は三匹のアリで満員といった感じになってしまった。


 アリの体積分も増えたゲイル。

 飲み込まれたら不利だとして他のアリはゲイルの進む方向から退避する。

 そこは洞窟の下層に落ちていく崖になっていた。


(目的は果たしたからな)


 人間たちも目的以上の深追いはしないから生きて帰っている。ゲイルもそれに倣う。

 捕まえたメラニアントもろとも、その崖から下へと落下していった。



  ※   ※   ※ 



 落下の衝撃で四散した粘液を集めるように地べたを這いずる。

 四散してしまったメラニアントの死骸を食べながら。


 こういうのも新鮮だと良いものなのか、今までよりも多くのエネルギーが吸収できている気がする。

 小さな石もあった。このアリも仕留めるとこの石を生成するらしい。

 三つのそれを食べると、先ほど削られて減った分以上のエネルギーになったように思えた。


(……これか)


 落ちていたメラニアントの残骸に、手の部位を見つける。

 掌の表面はかなり硬い質感で、尖った棘が大量に突き出している。それだけではない、全体的にヤスリのようにざらついていた。


 肘から上のような形で残っていたそれを持ってみて、壁に当ててみる。

 からくり人形の腕のようなそれで壁を撫でると、岩の壁の表面があっさりと削られる。

 アリなのだから、こうやって巣穴を掘っているのかもしれない。


 かくんかくんと力なく揺れるそれを遊ばせる。

 鉄よりも硬そうな手で、手招きするような動きで対象を削る。


 単純で対処が難しい攻撃方法だ。魔法であれば喋らせなければ済むとわかるが、これは正面からの力押しで敵にダメージを与えられる。

 そして数が多い。


 今は奇襲と崖からの逃走でうまくいったが、いつもいつもうまくいくとも限らないだろう。失敗すれば死ぬのはゲイルの方だ。



(どうしたものかな)


 かくんかくんと、その腕を振る。


 これを利用するか?

 いや、相手の方が手が多いのだから、物量の差でゲイルが不利になるのは目に見えている。


 なら諦めて、あのアリに構わず細々と生きていくか。

 それでも構わないのだが、対処方法がないのは不安だ。いつかどこかで囲まれたりするかもしれない。



(……)


 考える。大した知恵はなくても、考えることくらいしかない。

 かくかくと手を振りながら。


(……?)


 筋がある。

 手首の内側に、非常に太い筋がいくつか。


 試しに切れるかやってみるが、かなり強靭な繊維になっていて断ち切るのに手間がかかりそうだった。

 岩をも削るような手首の動きを支えるのだから、当然といえば当然だとも思うが。


(反対はそうでもないか)


 手首の内側は、手招きする時に使う筋で非常に太い。が、その反対――手首の甲の側は、それほど太くはない。

 とはいえ、繊維の強靭さは同じくらいだ。細い分だけ断ちやすいかもしれないが、それなりの強度はあ

る。


(ワニと同じかな?)



  ※   ※   ※ 



 せっかく思いついたのでもう一度試すことにした。

 また数週間なのか数か月なのか、天井で襲撃の機会を待った。


 学習能力がどの程度のものなのかわからないし、コミュニティ内での情報の共有がどうなっているのかもわからない。

 だが、一定以上の時間が経てば、ここで襲撃されたという事実を記憶していることはないらしい。


 同じ場所で同じシチュエーション。逃走ルートが確立されている場所で実験した方が安全なので。

 前回と同じように自由落下からの捕殺。


 一度ゲイルの体内に取り込んでしまえば、中で暴れられてもあまり問題がない。プールの中でもがいているようなものだ。


 そうやって中に取り込んだメラニアントの体と首の節目を捩じり切っている間に、他のアリたちがゲイルの体表面を削り出す。


 ここまでも前回と同じ。

 違うのは――


「――っ!」


 削ろうと伸ばしてきたアリの手を、より奥まで突っ込めるようにゲイルが踏み込むこと。踏み込む足はないので這い寄る。



 思ったより入り込んでしまった手を抜こうとするメラニアントだが。


(一度掴んでしまえば、そこまで簡単には抜かせないんだよ)


 ゲイルには痛覚がない。いや、炎に焼かれると痛いのだからまるでないわけではないが、物理攻撃的なものに対しては痛みを感じない。

 だからこその思い切った行動。


(んで、たぶんこっち側に)


 痛くないとは言え、メラニアントの手はヤスリのようにゲイルを削り取ろうとするし、反対側からじょりじょりと削られている。

 放っておいていいわけではない。


(よいしょっと)


 掛け声に意味はない。気分的な問題。

 メラニアントが手繰り寄せようとする動きと同じ方向へ、その手首の関節を強く曲げる。


 ぺきん、と。

 バッタの足を捥ぐかのような、或いはカニの足を折るかのような音が響いた。ゲイルの体内に。

 反対の手も同様に、ペキッと。


 メラニアントの方も痛覚はないようで、自分の手首の節が折られたことがわかっていないようだった。

 ゲイルがそれを解放すると、くたんと力を失くして揺れている手で、今までと同じようにゲイルを削りとろうとしてくるが。


(まあ、ほとんど無力化したか)


 手首を返す力がちゃんと伝わらないので、きちんと手繰っていた時に比べたら半分どころか十分の一程度の攻撃力になっていた。



(強敵であれば敵の拳を折る。これぞゲル道の極み)


 同じように他のメラニアントも手首を折っていく。

 彼らは手首を内側に引っ張る力は強いが、反対は弱い。抵抗が出来ない。


 ワニの咬合力――口を閉じる力は非常に強いが、開ける力は弱いというのと同じ。

 また手首のように関節駆動部は固い外殻というわけでもないので、カニの足の節を折るようにゲイルの力で圧し折ることが可能だった。


 手首を折られて、なおも手を振り回しながらゲイルに群がるメラニアントの集団。

 さながら駄々っ子の集団に囲まれた人気の保母さんというところだろうか。


(いや、お母さんじゃねえって)


 自分の考えた例えにツッコミを入れつつ、ゲイルは順番にそのアリンコたちを食していくのだった。



  ※   ※   ※ 


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