21話 死者の来店
雅孝と清隆、それが俺たち兄弟それぞれの名前だ。読みでいえば2人とも 「たか」 が入っているけれど、なぜか字が違う。こういうのって普通は兄弟だと同じ字を使うもんだろ? そんでもって親にもの其の字が入ってるのが普通じゃん。
いや、もちろん絶対ってわけじゃないけどさ、だいたいそうじゃん。それなのに俺たち兄弟は違う字だし、親父の名前は周平と来た。
全く違うんですけど
ちなみに俺の場合、母親の名前とも被らない。清隆のほうは母親のことを知らないからなんともいえないけれど、俺の場合、全く両親と関係ない名前がつけられているってわけだ。
で、雪緒はどうかと思えば、当然親父の名前とは全く関係ない字ばっかり。母親の名前からとったのかと思ったけど、雪緒の母親は亜希子というそうだ。じゃ冬生まれなのかと思ったら、なんと誕生日は8月。夏真っ盛り。
なんなの、これ?
ほんとよくわからないんだけど、このよくわからなさが却って親父らしいというかなんというか。正直言えば親父が亡くなって9年。俺はまだ8歳だったから、親父がどんな変人だったか、あまりよく覚えていない。ただ清隆みたいな乱暴者じゃなくて、どっちかっていうと物静かな感じだったような記憶がある。
キャッチボールとか、清隆と3人でした覚えがあるんだけど、下手くそだったなぁ。あ、そうそう。母さんも入れて4人でやったこともあったけど、母さんが1番上手かった。で、そのことを俺や清隆に笑われても、一緒になって笑ってた。そんなお人好しっぽい人だったんだ。
そこをつけ込まれたのか?
ちょっと言葉は悪いけど、そういう人の良さにつけ込まれて、清隆や雪緒の母親と間違いを犯したってこと?
だからって許されることじゃないけどさ。
ただの優柔不断だよ
1人だけならまだしも、それで2回も浮気するなんてただの優柔不断です。意志薄弱です。きちんとした倫理観持てっての。おかげで清隆まで……いや、それは俺の勘違いだったわけだけど。雪緒は俺と間違えて清隆に声を掛けてしまったらしいから。
ともかく雪緒の父親は 「穂川周平」 で決定。もう決定でいいよ、この際。
でも問題はそこじゃないんだよ。いや、そこも問題といえば問題なんだけど、今問題にすべきところはそこじゃない。そこじゃないんだ。
犯人は誰?
あの手紙から推測して、雪緒も真犯人を知らない。ま、当然殺害現場なんて見ちゃいないんだろうし……ってか、そこ、根本的な間違いがありますから。根本的に間違ってますから。だってほら、親父、死んでるから。
これ、不動の事実
しつこいけど、雪緒の父親が親父ってことは認めてもいい。もう諦めた。あの親父の手癖の悪さにはほとほと愛想が尽きた。でも9年前に死んでるんだ。死人に人は殺せないだろう。どうやって殺すんだよ?
そもそもなんかおかしくない?
そう、おかしいんだよ。綺麗さっぱりど忘れしてたけど、そもそも親父が雪緒の母親殺害の 「かなり重要な参考人」 扱いされたのは、死体のそばに親父の指紋がついたグラスが落ちていたから。
でもこれ、無理なんだよね。だって親父、死んでるんだから。とっくの昔に骨だけになっちゃってて、指紋なんてないんだよね。
じゃ、どういうこと?
ここは一度、ちゃんと雪緒に話を聞いてみるべきか。他に方法がないもんな。
「なんで親父の指紋がついたグラスが落ちていたわけ?」
ちょっとストレートすぎって自分でもわかってるけど、他に浮かばなかったんだよ。もう、ほんと俺、どこまでアドリブ苦手なわけ? どんだけ出来ないわけ?
「なんでって、あの日、お店に来てたから」
「親父が?」
雪緒は頷くけれど、絶対にあり得ねぇ! 死人なんだから。死体なんだから。もう骨しかないんだから。骨だけで酒なんて飲めねぇよ! 飲むそばから酒、ダダ漏れじゃん。
「それ、雪緒ちゃん見たの?」
誰か別人と見間違えたんじゃないかと思ったんだけど、見間違いであって欲しいと思ったんだけど、俺の淡い希望は散り散りに霧散しました。
「うん。ちょっと話とかしたかったんだけど、他にもお客さんいたし」
営業の邪魔になるからって 「こんばんは」 とか 「いらっしゃい」 程度の挨拶だけして、雪緒は2階に上がったらしい。結構いい子だな。母親思いっていうのか。
ま、問題はそこじゃないけど
ほんと、どういうこと? どうなってるわけ? 9年前に死んだはずの親父が、事件があった夜、例の閉店寸前のスナックに行って、ママの酌で呑気に酒飲んでたなんてあり得ねぇだろ?
ここで俺が思い出したのは、例の親父の免許証を持ってる奴のこと。そいつがどうやって親父の名前で免許証を取ったかは知らないけれど、なんでそんなことをしたかもわからないけど、でもそいつは生きてるんだよ、きっと今も。
そして親父を名乗ってる?
つづく……これってさ、どういうこと? なんかちょっと頭がこんがらがってきたんだけど。もうさ、いつもいつも清隆が乱暴に扱うから、俺の脳みそ、ちょっと壊れてきたみたい。どうしてくれるんだよ、清隆ぁ!




