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ひも  作者: 蟻
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Qietroom 

向島署の取調室はさっぱりと奇麗に何もない白い部屋だった。よく刑事ドラマであるような薄暗い窓に鉄格子のかかった煙草のやにでくすんだ壁の陰気な部屋を想像していた自分は少し面食らった気分で用意された席に座り、下平刑事と向き合った。そんな気持ちを読み取ったかのように下平刑事は笑って話しかけてきた。


『意外と普通でしょ?。こういう場所ってもっと威圧感ある陰湿な雰囲気の場所だと思われがちですけどね。』


 刑事さん、威圧感なら十分ありますよ。あなたと私の間にはさながら絞首刑の死刑台のように先が輪になった紐が下がっているんですから。

 私たち二人の後に続けて入ってきた若い刑事が部屋の隅に置かれた小さめの机にノートパソコンを出すと私たち二人に背を向けてカタカタと音を立てながら記録を取り始める。そしてそのカタカタとキーを叩く音がやむと部屋はまっさらな静寂に包まれる。1分、2分、3分…心臓の鼓動すら向かい合って座る相手に届いてしまいそうな静寂にしびれを切らしてたまりかねて私が口を開く。


『刑事さん、何か私にお聞きしたいことがあってここに連れて来たんじゃないですか?』


『聞きたいこと?例えばどんなことですか?』


質問を質問で切り返されて苛立ちを感じながらもぐっと堪える。


『もし何もないようでしたら、私としてもご協力出来かねますので宜しかったら帰らせていただいてもかまいませんか。』


『まあ、待ってください神田さん。私たちの仕事ってのは誤解されがちですが何も人を質問攻めにするっていうのが仕事じゃないんですよ。あくまで()()()()なんですからね。』


ずっと感じていた違和感に気が付く。この刑事はなかなか目を合わせようとしないのだ。それでいながら息遣いや心臓の鼓動にすら聞き耳を立てている気配を感じる。


『だいたい質問攻めにしたところで話をしたくない人は本当のことなんて言いやしないじゃないですか。そうでしょう?私たちの仕事ってのはね、何か話したいことがありそうな人をこうやって連れてきて話を聞くことなんですよ。その方がずっと効率的じゃないですか。』


 ああ、そうですね、その通りですよ刑事さん。話したいことなら山ほどありますよ。ただどう言えば信じていただけるんですかね、こんな荒唐無稽な話を。証明しようのない()()()()()話というのは嘘とどう違うんですかこの場合。この処刑台のような紐が下がった警察の取り調べ室で、私に真実うそを話せというのですか刑事さん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 一つ深呼吸をする。冷静になろう。目を閉じて視界から例の紐が消えると嘘のように落ち着きが取り戻せそうな気がしてきた。

 

『では刑事さん、私から質問してかまいませんか。』


下平刑事はこの部屋に入って初めて私の目を見ると、少し面白がるような笑みを浮かべると答えた。


『もちろん構いませんよ、ただし捜査に関連する情報は明かせる内容に限りがありますがね。』


『今村さんが失踪されたのは何時頃だと警察は考えているのですか。』


記録を取っていた刑事が初めて後ろを振り返り下平に不安そうな視線を送ると安心しろというように下平はうなずいて答えた。


『今から3週間前の出社までの足取りは確認していますよ。』


刑事の言葉に何か不穏なものを感じて、反射的に聞き返した。


『退社するのは確認できていないんですか。』


『そういうことになりますね。』


なるほど、これでようやく会社に刑事が来て私がここに呼ばれた理由が何となくわかってきた。警察は会社が関係した事件性を想定したのだろう。


『同じ職場の人からは何か情報は得られましたか?。』


『今のところは、何もとしか言えませんね。』


自分が体験した通りのことが同じ職場に居た同僚にも起きているとすれば、それも当然だろう。もしかすると紐に触れている間はこの世界から過去の存在ごとこの世界から隔絶されてしまうのかもしれない。


『ご家族の方は、何か気が付かれなかったんですか?』


『申し訳ありませんが、そのあたりの事はお答えできません。捜査で知りえた個人のプライベートに関する情報になってしまいますので。』


申し訳ありませんと言っておきながら少しもすまなそうに思っていないのか、目も合わそうとせずに手元の時計を見る。そうしてから大きくため息をついて口を開いた。


『全く嫌な事件ですよ。事情を伺った皆が異常に関心が薄いんですよ。普通同僚や近所の顔見知りが忽然といなくなれば興味を持つ持たないは別にしても、何かしらの呵責かしゃくを感じているかどうか位は判るつもりなんですがね。同僚が居なくなったって言われて怪訝な表情をするなんてね。』


知らないことには興味を持ちようがない。知っていますか?蜂がこの世界から絶滅したら4年後に人類が滅びるそうですよ。突然こんなことを言われても何の実感も浮かばないのと同じだ。


『貴方だけなんですよ。明確な興味を示した人は。そろそろ何かお聞かせいただけませんかね。』


そりゃそうですよ刑事さん。何せ他人事じゃないものでしてね。こんな処刑台みたいなシロモノを毎日連れ歩いてごらんなさい。嫌でも興味がわくこと請け合いますよ。でもね、私がこんな話をしたらきっとあなたも()()()()()()()()ことが分かっているから言えないんですよ。


『すいません。残念ですが私もお話しできるようなことはありません。確かにいろいろ知りたいことはあると思うのですが、何をどう知りたいのかすら自分でもよくわからないのです。ただ簡単に他人事だと割り切ってしまってはいけないような気がしたんですよ。』


この男に嘘を言えば見抜くだろう。なので話せる限りの本心を明かすことにした。

しばらく下平は私の目をじっと見つめた後、会った時と同じように相好を崩して口を開いた。


『そうですか。わかりました。わざわざ署までご足労頂いて申し訳ありませんでした。何か今村さんのことで思い出したり、気が付かれたことがあればこちらにご連絡いただけないでしょうか。』


そう言って改めて直通の連絡先を裏書きした名刺を渡してきた。


『上条、手が空いてるやつつかまえて車手配して送ってあげて。』


上条と呼ばれた記録をしていた若い刑事は礼儀正しく返事をすると、私を待合室へと案内した。


『神田さん少々こちらでお待ちいただけますか。会社のほうへ戻られるんでいいですよね。』


『はい。』


『ではすぐ戻りますので。』


そういうと小走りに来た道を戻っていった。


 待合室はさっきまでいた取調室と対照的に雑然としていた。カウンター越しに顔を突き合わせて何事かを真剣な表情で訴えている人もいれば、誰かを待っているのか不安そうな顔で座っている女性が落ち着かなさそうに携帯電話を気にしている。不謹慎な話だがここに居る警察官以外の人間のほとんどが何かしらのワケありだと思うと、奇妙な親近感と安堵感を覚えた。


『だから、どうして一方的に聞くだけ聞いて私には何にも説明してくれないんですか!』


 やや大きな声が待合室に響いて、なだめる婦人警官に食って掛かる高校生くらいの女性に待合室の視線が集まる。どこかで見たことがある子だなと感じたが思い出せない。少し幼い顔立ちだがかなりの美人だと思った。あんな風に怒って無ければ特に。テレビの清涼飲料水のCMで見るような笑顔をすればさぞかし人目を惹くに違いない、そんな美少女だった。



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