偽善者とエイプリルフール 2023
※忘れた方への情報おさらい
二章より抜粋
ある姉妹が居た
突如として村を襲われた彼女たちは、奴隷となる末路を迎える
病気に伏せ死にかけていた妹
姉はただ何もできないまま祈るだけ──そして、そこを救われた
姉妹──フーラとフーリは【英雄】だった
しかし、彼女たちはそれに気づいていなかった……【封印】が施されていたからだ
それが解除された時、枷となっていた存在──天使(後のレミル)が現れた
──では、もしもの話をしよう
運命を奪う偽善が無ければ、どうなっていたのか
過程を語ることはない──その結果のみを語ろう
???
「ん、ここは? ……じゃないな、つまりはそういうことか」
謎の空間に放り出された現状、だが俺はすぐに状況を理解する。
そこは崩壊した街並みが地に沈む、荒れ果てた更地だった。
だが俺に焦りは無かった……というか、有ろうと強制的に普通に戻される。
いやほら、眷属の過保護で記憶というか記録がばっちりだから心配も無いのだ。
「魔導“非ざる在りし偽証”を使ったのか」
それは一年に一回、しかも眷属にしか使えないという特殊な制約と誓約で可能にした超特殊な魔導。
まあだいたい察しているとは思うが、エイプリルフール用の魔導だな。
なお、ここで起きたことは効果として覚えていられない……俺では持ち帰れない。
「せめて、俺といっしょに魔導を使った眷属のためになる経験にしないとな」
発動条件として俺と眷属が対象となり、その眷属を媒介として魔導は成立していた。
なので俺はここでの経験を覚えておらずとも、その眷属は夢という形でそれを知れる。
普段は何でも知っておきたい俺だが……ここで知り得る情報がある意味眷属のプライバシーに引っ掛かるということで、大人しく諦めた…………渋々だけども。
「さて、誰が出てくるのか……って、いきなりだな」
どこからともなく飛んできた光の玉。
事前に感知したそれを回避し、以降飛んで来るものに関しては魔力を壁にして防ぐ。
しばらくすると遠距離射撃ではどうにもならないと判断し、こちらにやって来る。
砂煙で見えなかったその姿を見た俺は、驚きで瞬きを何度もしてしまう。
「…………フーラか?」
「──」
「今回はフーラのIFか? いや、ある意味フーリとレミルもか」
今の若干幼い姿とは違い、眼前のフーラはかなり大人びている。
だが今のような笑みは無く、ただ無機質な目で俺を見下ろしていた。
そう、彼女は俺よりも高い場所に居る。
それも宙に足場を作るといった方法ではなく、展開した──天使の翼を広げて。
「俺が関わらなければフーリは死んでいたかもしれないし、二人の【封印】の根幹だったレミルも本来の使命を果たしていたと。こうなる未来も、あったかもしれないわけだな」
「──」
「ああ、悪いがその状態からどうにかする方法を俺は知らん。BAD ENDかどうか知らんが、一先ずは鎮圧させてもらうぞ」
「──、──ッ」
服装はかなりボロボロだが、装備一つひとつに強大な魔力を感じる……レア物だな。
また、握り締める武器は、フーラとフーリの固有武装である双剣。
そこにレミルの天使としての力が備わり、神の威──神気を宿らせ俺に振るってくる。
並大抵の者ではそれこそ一蹴される、文字通り一騎当千の【英雄】様だ。
対するこちらは制約/誓約もあり、普段使うような頼もしい武具っ娘たちやチート武具などは持っていない。
先ほどと同じように魔力を操り、それを剣の形にすることで武器として扱う。
お馴染みの運用術『塊魔』によって、しばらくは剣戟が行われる。
「うん、我流だがかなりいいな。全武器適正だけじゃない、経験を積んだヤツって感じの戦いだ」
「ッ!!」
「おっと、羽は別で動くのか……まあ、レミル要素だしな。しかも、魔法まで」
「──!」
「けど、甘いな。こちとら、二人を同時に相手取ったりレミルの魔法も何度も味わっているんだ──これで、終わりだ」
純粋に武術だけで完封し、双剣を弾き飛ばした俺は背中の翼を切り落とす。
落ちたフーラはすぐに地面を蹴り、双剣を手に──掴む前に俺が心臓に剣を刺した。
「──」
「終わりっと……会話が通じなくなるほど、こき使われたのか──こんなくそったれな未来を、三人は知らなきゃならないとはな」
IFの内容がプラスであろうとマイナスであろうと、ここでの出来事を眷属は知らなければならない……だが、この魔導が成立する時点で眷属たちも納得の上だ。
「……ぁ」
「! 回復魔法……ダメか」
掠れた声が聞こえる前、口を動かそうとするフーラに魔法を掛けようとするが……本人がそれを拒絶しているからか、魔法がまったくと言って良いほどに通らない。
また、これもまた制約/誓約。
このもしもの世界において、俺は命を奪うことはできても救うことはできない……それでも殺そうとしたのは、これが必要だから。
残念ながら、この魔導で再現される眷属たちはほぼ確実に死を望んでいる。
お互いの目的が一致しているからこそ、この夢は成り立っているのだ。
ゆえに夢から覚めるにも、俺が彼女たちを必ず殺す必要がある。
……その苦しみを覚えておかないようにするため、と眷属たちは忘却を選んだのだ。
「……あな、たは」
「…………君を終わらせに来た、悪い人だ」
「──ありがとう、ございます。あなたは、とても、いい人ですね」
「ッ!」
自分を殺した相手にお礼を言う、いったい何があればそんな精神状態になるのか。
対面している俺には分からない……だからせめて、安らかな眠りを願うだけだ。
「もう、眠っていい。目が覚めた時、君の隣には妹が居るだろう。それに、二人を守ってくれる優しい天使様も居る……力を合わせてくそったれな未来を壊してやれ」
「……、────」
彼女はもう何も言わない、何も言えない骸になっていた。
それと同時に、彼女を核としていたこの空間も崩壊。
俺は世界から放り出され──
◆ □ ◆ □ ◆
夢現空間 居間
「──それでですね、メルス様にとっても感謝していました!」
「……ありがとう」
「聞いた限り、偉そうに言いたい放題言って殺したクソ野郎にしか思えないんだが?」
「そ、そんなことありません! 私にも感じ取れました、メルス様はあの子にとって救い主そのものです!」
「……いやまあ、うん。当事者がそう思えたならいいんだが」
午後になり、午前いっぱい眠っていた三人から今回のIFについて聞いていた。
魔導の対象になった眷属は正午まで寝ているので、判断が大変尽きやすい。
どうやら今回はフーラ、フーリ、レミルの関わるIF──『双天英雄』だったらしい。
もしもフーリが死に、フーラが一人で闇堕ちした【英雄】になっていたら。
そんな未来こそが『双天英雄』。
レミルという【封印】が彼女たちを導き、運営神にとって都合の良い存在に成り果てた未来だったようだ。
「……まあ、アレだな。あの子の分まで俺がみんなを幸せにするよ」
「「メルス様!」」
「……お願いします」
というかこれ、武具っ娘たちは無いにせよ全員にあるのだろうか?
そうじゃない子も多いだろうが……うちの眷属、全体的に不幸な娘が多いからなぁ。
※『双天英雄』
ある世界において誕生した一人の──独りの【英雄】。
双剣を自在に操る前衛としての高み、そして攻撃・防御・支援・妨害など多くの魔法を自在に唱える後衛としての高み。
その二つを、そして天使の羽を生やす神々しさを讃えられ『双天英雄』──という名の道具が誕生した。
──対の翼を広げようと、失われた魂の片翼は決して戻らない。




