最終話 色のついた気持ちと答えあわせ
「じゃ、そのイケメン大学生に会いに行こ?」
「会えるか分かんないけど、うん」
星空の提案で、朝の同じ時間帯にしか会えていない水越さんに会いに行くことになった。夕方でも会えたらいいなという期待を胸に、二人で教室を出たら聞き覚えのある声の男子から声をかけられた。
「あのさっ、風岡さん! ちょっと待って欲しいんだ」
「はい? な、なに?」
声のする方を振り向いたら、ウワサの瀬木谷くんと……何故か裕翔も立っていて、所在なさげにしていた。もしかして星空と会うのが気まずかったのかな。
「てか、何。ウチら急ぐし。特に裕翔、あんた邪魔」
「俺はお前に話がある。でも、瀬木谷は風岡にどうしても言いたいことがあるってきかないから、だから連れてきた。一応ダチだし」
「……裕翔の話は後で聞くし。で、野々花になに? 言いたいなら早く言ってくれる?」
ウワサの瀬木谷くんは爽やか系の男の子。何となく気恥ずかしそうにして、わたしのことを見ている。もしかしてこの前言いかけたことの続きなのかな。彼氏がいるかどうかを聞いて、その反応を楽しんでいるというウワサだけれど、結局のところ何がしたいのか真相は明らかになっていなくて、クラスも違うからもう会う機会もないと思っていたけれど。
「風岡は好きな奴、いる?」
「えと、まだ分かんなくて……」
「俺は、いるよ。こんなに気になったの初めてなんだ。ウワサが立てられているのは知ってるし、変な勘違いも誤解もさせてるのは悪いって思ってる。けど、俺はそうじゃなくて、色んな女子に声をかけて緊張しなかったんだ。少なくとも、風岡に会うまでは。これは多分初めてかもしれない。風岡の正面に立って、話をしてるだけなのに、それだけなのに緊張しまくりなんだ。だから、その、俺は風岡のことが気になってるっていうか、それだけ」
これって告白なのかな。違うよね。だけれど、わたしが水越さんに感じているものに近いことなのかもしれない。好きよりも先に、わたしは答えが知りたい。今はそれが最優先事項なのだけれど。
「もういいんでしょ? 野々花に告白とかそうじゃないっぽいけど、可愛いから気になるのは理解できるよ。でも、裕翔に頼らずに一人で来たら? ウワサよりも案外女々しいっていうか、気に入らない。瀬木谷に野々花は合わないよ。てか、ウチら帰るし。行こ」
「う、うん」
「野々花は緊張した? 瀬木谷に話しかけられて」
「ううん、特には。それよりも裕翔との話はいいの?」
「あー……存在消してた。ごめ、ちょっと行ってくるね。どうせあのことだろうし。野々花、先に行ってて」
「うん。この時間にあの場所にいるかは分からないけれど、行ってみるね。星空、またね!」
「ん、行っといでよ。裕翔と瀬木谷のことはウチが片付けとくから安心して」
ウワサはどうであれ、瀬木谷くんに声をかけられても何だか分からないけれど、緊張しなくてそうなんだ。くらいにしか感じることが出来なかった。これってやっぱり恋とかそういうことには繋がらないってことだよね、きっと。
校門を出ると、そこには久しぶりにお兄ちゃんの姿があって、もう一人意外過ぎる人も立っていた。
「ののたん。待ってたぞー」
「や、家の中でも呼ばない呼び方やめて」
「まぁな。ってことで、俺は先に帰るよ。野々花、至が送ってくれるからゆっくりと帰って来ていいぞ」
「え?」
「じゃあ妹をよろしく! じゃな」
「あ、あぁ」
え? なに、どういうこと? わたしから会いに行こうとしていたのに、どうしてお兄ちゃんが連れてきてるの。それも何だか妙に緊張してる気がする。
「歩こうか? 野々花ちゃん」
「あ……はい」
ゆっくりと帰りの通学路を歩き始めたわたしたち。何だかどうしちゃったんだろうってくらい、緊張しっぱなしで、わたしも至さんも手を伸ばせば届きそうなくらい隣り合わせで歩いているのに、声が出せない。
「ふー……春行に聞いたけど、野々花ちゃん俺に会ったことあるって、本当? 小学校の頃だけど、もしかしなくてもごみ箱の女の子がそうだったりする?」
「そ、そうです。それです。あの時、名前聞けなくて……先生に呼ばれてるからってすぐにいなくなってしまって。そのまま会えずじまいで、だけどあの時に優しくされたことがずっと残ってるんです」
「そっか、やっぱり。あれは本当は嘘だったんだよ。先生に呼ばれてなんかなくて、可愛い女の子に親切なことをしたはいいけど、何か恥ずかしくなって逃げたくなって――だから……」
あぁ、そっか。至さんもそうだったんだ。じゃあ、今感じている緊張ってわたしだけのことじゃないのかな? でも大学生だからもう恋くらいしているよね。
「あ、の……好きなひ――」
ううん、駄目だ。聞けないし怖い。そもそも高校生にもなって恋もしたことないわたしなんかが、大学生の人にそんなこと口に出して聞いたら駄目な気がする。そう思ってたら、これしかないのかなって思いだして、カバンから課題のノートを取り出してた。もちろん、真っ白で何も書かれていないページを見開いて。
「うん? ノート、どうしたの?」
「えと、ノートを渡すのであの、それを見て答えを書いてもらいたいです。い、いいですか?」
「あぁ、分からない問題があるんだね。いいよ、お安い御用だ」
空白のノートに書いた問いは、口には出して言えないことだったけれど答えてくれるのかな。わたしは、シャーペンと、赤ペンを渡して問題を解く至さんを待ってみた。
問。好きなら好きの方に、嫌いなら嫌いの方に〇つけてください。
「……あぁ、そうか。うん、これは確かに難しいよね。それも今までずっと答えが分からなかったやつだ」
「――あの」
「うん、オッケ。答え合わせしてくれるかな」
そういうと、ノートと赤ペンを返された。恐る恐るその部分を見ると、赤ペンで好きな方に大きなはなまるが書かれてあった。はなまるなんて、小学校の頃の思い出みたいなものだけれど、味気ないシャーペンで書いた問いに、赤で色を付けた答えが書いてあって何だかそれだけで、涙がこぼれてた。
「せ、正解だった? いや、ごめん。泣かせてごめんね……ずっと、好きなんだ。小学校の頃のアレが恋かどうかっていうと正直分からないけど、俺は野々花ちゃんが好きだよ。大学生に言われて困るかもだけど、あの頃から気になってた」
「ぜ、全問正解です……あの、好きです。わたし、今のこの気持ちがきっと初めてなんだと思います。その、至さん今は――」
「ん、そうだね。それも含めて一つずつ答え合わせしながら歩こうか」
「はい」
無色だったわたしの心の色。今、この場で初めて色が塗られた。もっと答え合わせをして、彩の色をたくさん出していけたらいいな。こんなに胸がふわふわするのは初めてかもしれない。きっとこれがわたしの初色。もっともっと、色を重ねていけるよね、きっと。
そして、星空は裕翔との色を取り戻したと後から聞いた。大丈夫。きっと何とかなるよね、わたしも。好きを意識しだしたわたしと至さん。
これからもよろしくお願いします。そう書き加えた空白のノートの答えはもちろん——。
fin.
お読みいただきありがとうございました。