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第四話 お兄ちゃんのいない通学路で


「野々花。寂しいけど、今日から送り迎えなしで平気か?」

「寂しいんだ?」

「そりゃそうだよ。ま、でも、土岐ときちゃんに言われて目が覚めた。仲良すぎる兄妹じゃ、どっちもよくないってことなんだな。ってことで、行ってらっしゃい」

「うん。行ってくるね」


 シスコンだったということを、結構気にしていたお兄ちゃんは、朝と帰りの途中送迎をやめると言い出してきた。わたしにも甘々な兄だったけど、セナに言われて結構堪えたらしい。それはともかくとして、一人で歩く通学路は何かに出会えるチャンスが巡ってくるような、そんな予感さえしていた。


 一人よりも二人。家から学校までの道のりを、ずっとお兄ちゃんと歩いてきた。けれど、今日から変わる。変わり映えのない道も、何かが変わるのかもしれない。そんな単純な変化を期待しつつ、家を出た。


 何気なく歩いていた通学路。途中にある公園だったり、どこかの家の整えられた垣根だったりがなんだか急に新鮮に思えてくる。垣根は学校に行くまでの途中道で結構長く続いていて、途中からは色鮮やかに植えられているお花の数々に変わっていた。気にすることもなく歩いていた道。それは結局のところ、わたしも人のことは言えないくらいに、お兄ちゃんしか気にしていなかったということなんだ。


 過保護な兄だよね。なんて言っていたけれど、守ってもらっていただけで周りのこととかを見てこなかったってことなんだ。そんなことを思いながら、そのことに気づくまで時間がかかっていた。


「わぷっ!?」


 え? なに、水? と言っても、水浸しとかじゃなくて霧状の水が顔とか髪とかにかかった程度だけれど、いきなりのことで変な声が出てた。


「ごめん! 気づかず水かけてた。天気いいからすぐ乾くかもだけど、俺のミスだね。制服ってことは、高校生か。時間ある? ちょっと待ってて」


「え? あ……」


 朝は割と余裕ある時間に家を出ていたから、それは良かったけれど、わたしに水をかけた男の人はすぐに建物に入って行ってしまった。


 すぐに外に戻ってきたと思ったら、ふわふわな大きめのタオルをわたしの頭の上からかぶせてきていた。


「髪とかセットしてたらごめん。だけど、朝から濡れさせて本当にごめん。それ使って、濡れたとこだけでも拭いてくれていいから」


 言われたとおりにまるでシャンプーした後の、タオルで髪の毛を軽めになぞる拭き方をしていた。その人の顔は、すごく優しそうに笑ってた。朝から爽やかすぎてありがとうございます。って言いたくなる程に。


「あ、の……こんな、大したことじゃなくて、しかもわたしが気づかなくて勝手に濡れただけなのに、タオルありがとうございました」


「うん、いいよ。毎朝ここ、通る?」


「はい。同じ時間に通ります」


「そっか、じゃあ気を付けるよ。毎朝の日課で花に水やりしてるんだけど、まさか女の子に水をかけてしまうとは思わなかったよ。明日から気を付けるよ。それじゃあ、行ってらっしゃい」


「あ、はい。い、行ってきます」


 やり取りだけ見れば、お兄ちゃんみたいな感じだった。名前も何も言ってないし聞いてもいないけれど、毎朝あの道を通れば、あの人に会えるんだって思えたら何となく嬉しい。そんな気がした。これはどんな気持ちなんだろう。水をかけられたのに、すごく嬉しい気持ちになれた。


「おはよ、野々花! って、何か付けてる? 花っぽい香りすんだけど」


「え、そう? それって多分、さっきのことかも」


「ふーん、よそ見して花に水をかけていた人に、ね。惚れちゃった?」


「何でそうなるの?」


「や、だって、そんな真っ赤な顔して話す野々花、初めてだし。年上?」


「た、多分。何となくお兄ちゃんっぽくて」


「そういやさ、お兄さんと歩いてこなかったんだ? 何で?」


「セナの言葉が効いたみたいで、俺も変わるよ! って言ってた」


「自覚してたんだね……あ、あはは」


 何か悪いことしちゃったかも。なんて顔を見せながら、セナは自分の席に戻っていった。それにしても、惚れたとかそんなのは、よく分からない。だけれど、裕翔とか、同じクラスの男子に声をかけられてもこんな気持ちになることは無くて、何だかとてもふわふわする。あの大きなタオルのようにふわふわする。


「風岡、おっす! って、顔赤いけど熱でもあるのか?」


「ないし。というか、そうやって額に手を乗せてくるのは駄目。そういうのは彼女にすれば?」


「彼女なんていねえし」


「え? や、だって――」


「俺、フリーだから。だから、風岡に本気ちょっかい出していくんでよろしく! じゃあな」


 セナは何も言ってこなかったけれど、やっぱり別れたってことなのかな。でも本気ちょっかいって、そんなの、そんなのは意味なんて無いよ。友達の彼氏だった人にそんなことをされても、そんな気にもなれないし。好きって気持ちになんてなれないよ。


 授業が終わって、放課後になって裕翔が言っていたことがずっと気になっていて、セナに聞こうとしていたけれど教室にはすでにいなかった。喧嘩別れってことなのだろうか。


「どうした? 暗い顔して、腹でも壊したのか?」


「何で?」


「それはこっちのセリフ……」


「何でずっと付き合ってたのにあっさり別れるの?」


 彼女のことを気に掛けるでもなく、わたしに声をかけてくる裕翔に少しだけ腹を立てていたのかもしれない。


「いや、そんなもんだろ。好きって気持ちがずっと続くかなんて分かんねえし。てか、だからちょっかい出してたのに気づかなかったんか? 俺は風岡のことが――」


「ごめん、そういうの分かんないから。分かったとしても、友達の彼氏だった人にわたしがどうこうするとか、それはごめん」


「ま、まぁ、お前鈍そうだし、恋とか知らないんだよな。今はいいや。でも俺は瀬木谷みたいに遊ばないから、だから気づけよ恋に。そんだけ、じゃあまたな~」


 恋に気づく、かぁ。わたしはその辺がまだあやふやなままで、それこそ友達の彼氏だった男子に告られていたとしても、そのことに何の気持ちも感情も動くことがないことが、何よりの証拠だったりする。


 わたしに恋なんてできるのかなあ。朝の出来事とは別に、帰りはそんなことをまた考えながら歩くことになってしまった。それでも朝のあの道、あの垣根のお花とあの人に会えるなら、また会いたい。そんなことを考えるようになっていた。

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