プロローグ
わたしのお兄ちゃんは格好いいし優しい。これはわたしが妹だからなんだってことくらい、分かることだけれど、同じ小学校に入ってもその優しさは変わらなかった。低学年と高学年の差は大きくて、身長も体格も余りに違いすぎた。それでもわたしは、そんな違いをものともせずによく会いに行っていた。
「ののか、どうしたの? ここは6年生の教室なんだよ」
「お兄ちゃんに会いに来たの」
「そっかぁ。でもね、いつも教室にいるわけじゃないんだよ? 係もあるし、掃除もね。だから、ののかからじゃなくて、僕から会いに行くからね。ののかの教室に帰れる? 一緒に付いていこうか?」
「うん。ついてきていいよ」
お兄ちゃんの教室に行くまでは良かったけれど、いつも帰りは一緒に送ってもらっていた。それは自分の教室がどこなのか分からなくなってしまったから。そんなお兄ちゃんが大好きだった。
大好きなお兄ちゃんには恋とかそういう気持ちでは無くて、一緒にいるのが好きだった。何となく恋らしき感覚になったのは、わたしがごみ当番になった時。そこに行くまで迷っていたわたしに、お兄ちゃんとは違う、高学年の男の子が親切に教えてくれたことがきっかけだったかもしれない。
「迷ったの?」
「う、うん。どこ?」
「こっちだよ」
わたしよりも背が高い男の子は、わたしの手を掴んでそこまで連れて行ってくれた。おまけに、両手で持たないといけないくらいの重いごみを、軽々と持ち上げてそのまま捨ててくれたのが格好良くて。名前が知りたくて、聞いてみたけれど聞くことが叶わなかった。
「お兄さんのおなまえ……」
「僕は――っと、ごめんね。先生に呼ばれてたんだったよ。後は一人で教室に戻れるよね。じゃあね」
「あっ」
背が大きくて、足が速くて、とにかく優しくて。その時初めて、お兄ちゃんとは違う男の子のことが気になり始めていたのかもしれない。そして3つも離れたお兄ちゃんとは、中学へ入学するころにはすでに卒業しているといった自然の流れと共に、同じ学校で会うことは出来なくなった。もっともそれは、わたしが女子中等部だったというのが残念なことではあったのだけれど。
それでも兄弟げんかをするくらい仲が悪くなることは無くて、わたしが高校に上がった時には、「おめでとう」なんて言いながら、頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
小学校低学年時の出会いの男の子の名前も顔も、覚えることは叶わなかったけれど、あの日感じた何かの気持ちは、高校に上がる今日のこの日まで、色あせることは無かった。
わたしの初色は、今日から色を染めていく――初めての恋は、今日のこの日から色づき始めていくんだ。共学の高校生活から、きっと何かの色に出会えるはずだから。