吸血鬼の館
目的の屋敷は、意外なほど近くにあった。村人達の捜索で発見されなかったのが不思議なくらいだが――
「結界か」
「へえ、さすがはお見通しで。その通りでございます」
サーガムは独り言のつもりだったが、狼男――今は人間の姿に戻っている――が勝手に追従してくる。片腕が無事だったなら揉み手でも初めていそうだ。獣人化して服が裂けたため、上半身裸なのが見苦しい。下半身までむき出しになっていたら、エルタの意見を採用して首だけ持ってきたかもしれない。
屋敷の周囲に侵入避けの結界が張られていたため、村人達は無意識にこの場所を避けてしまっていたのだろう。もっとも、サーガムにとっては意味のないものだが。
「わりと雰囲気がありますねえ」
エルタが館を眺めて感想を述べた。二階建てで個人の邸宅としてはかなりの大きさだが、手入れが行き届いていないのか大分古びて見える。ペンキが色褪せあちこち剥がれ落ちてしまっているし、割れた窓の補修に雑に板が打ち付けられている。明かりも全くついていないせいで、一見廃墟のように見えた。
「使われなくなった古い貴族の別荘をご主人様が買い取ったんですが、ケチなもんで修繕は全部、俺がやってまして」
へへ、と狼男は下卑た笑い声を出した。使用人としても有能とは言えないようだ。
「では、娘達の所へ案内せよ。まずは無事を確かめたい」
「へ、へえ、もちろんそれは構わねえんですが……」
サーガムが命じると、狼男は口を濁した。視線を向けると、慌てて続ける。
「サーガム様もエルタ様も、信じられないぐらいお強いのは重々承知しているんですが、ご主人様も吸血鬼ですから……」
「だから、なんだ? はっきりと申せ」
またも言葉を区切った狼男にやや苛立ちを覚えて、サーガムは促した。
「ひ、昼間なら、ご主人様はほとんど死んだように眠ってますんで、簡単に倒せるんじゃないかと」
吸血鬼を退治するならば、昼間に行動を起こすのは定石ではある。特に卑怯などとは感じないが、
「囚われた娘らは、この瞬間も心細い思いをしていよう。恐怖で震えていよう。村で娘らの父、母、兄弟らと会ってきたが、皆沈痛な面持ちであった。青白い顔で、余にどうか娘を見つけてくれと懇願しておった。今も眠れぬ夜を過ごしておるだろう。それを思えば、一分一秒とて早く救ってやりたいとは感じぬのか!」
「は、はい、すぐご案内します」
サーガムが一喝すると、狼男は走って館の扉に向かった。サーガムの想いに同調して、ではあるまい。それを想像できるならば、最初からこのような卑劣な犯罪に加担などはしていないだろう。単にサーガムの逆鱗に触れるのを恐れただけだ。
ランタンを手にした狼男を先頭にして、屋敷の中に入る。屋内は静まり返っており、人の気配はなかった。
しばらく通路を進み突き当たりまで来ると、狼男が機嫌伺いの笑みを浮かべて振り返って来た。
「へへ、ここは隠し扉でございます」
屋敷の秘密を暴露するのがなぜ少し自慢げなのかわからず、サーガムは無言で顎をしゃくって催促した。
労いの言葉でも受けられると思っていたのか、狼男は落胆した顔になってから口にランタンを咥え、壁に掛けてある絵画の裏に手を差し込んだ。そこにスイッチでもあったのだろう。突き当たりの壁が音を立てて横にずれた。開いた先には地下に降りる階段がある。
階段を降りてみると、地下もかなり広さがあるのがわかった。両脇に部屋がいくつも並んでおり、ランタンの光の届かない先まで通路が続いている。
「娘達はどこだ?」
「へえ、こちらでございます」
狼男に案内された場所を見て、サーガムは思わず表情を歪めた。
「酷いですね」
エルタが、気持ちを代弁してくれる。娘達は立ち上がることもできない狭い檻の中に、それぞれ押し込められていた。
「おい、貴様」
サーガムは狼男を睨みつけた。年頃の娘達を人扱いしていない悪魔の所業――いや、サーガムたち魔族ですらこのような尊厳を踏みにじるやり方はしない。
「ち、違います! ご主人様、ご主人様が、完全に服従して下僕になるまではこのままだって言って。俺だって酷いと思いましたよ。だけど、逆らえないから仕方なかったんですよぉ」
狼男は震え上がって、涙を浮かべ弁明した。
「誰?」
騒ぎで目覚めたのだろう膝を抱えて眠っていた少女のひとりが、掠れた声で問いかけてくる。その瞳には恐れの色が濃く浮かんでいた。
「案ずるな。余はおまえ達を救いに来たのだ」
サーガムはできる限り優しい声音を作り静かに、だがはっきりと娘に告げた。
「本当?」
「あぁ、余が約束しよう。すぐに村に帰してやる」
まだ半信半疑といった風な少女に、サーガムは断言した。そこで初めて彼女の目に希望が灯る。
「ハンナ、シーリス、助けが来たよ! 私達帰れるんだよ!」
少女――行方不明者から名前の出たふたりを除くならマリアだ――が、他の娘達に呼びかけた。
「うん、諦めなくてよかった」
「マリアちゃん、絶対助けが来るって言ってたもんね」
他の娘達ももう起きていのたか話は聞いていたようで、互いに喜び合っている。長い者では一ヶ月もこのような状況に置かれ、よく耐え抜いたものだ。見知った者達で励まし合えたのが功を奏したのかも知れない。
「ん……?」
ここでサーガムは違和感を覚えた。行方不明者は3人だったはずだが、よく見ればもうひとり少女らしい姿が横になっている檻がある。だいぶ騒がしかったはずだが、檻の中の住人は目覚める気配がまるでなかった。
「おい、起きぬか。助けに参ったぞ」
大きめの声を浴びせてみたが、眠れる娘は微動だにしない。
(ま、まさか、間に合わなかったというのか……?)
もう少し早く人間界に来ていれば救えたかも知れない。そう後悔しそうになったが、
「あ、大丈夫。その子、すごく寝付きが良くて、一度寝たら朝まで絶対に起きないだけだから」
マリアに言われてよくよく確認してみれば、微かに胸が上下している。サーガムは、ほっと胸を撫で下ろした。
「しかし、行方不明になったのは3人と聞いていたが、この者はいったい?」
「わからないの。一番最後に連れて来られた子だけど、私達の村に住んでる子じゃないし」
確かに名無しの娘の服装は、他の3人とはまるで違う。ココハンザでもこんな身なりの人間は見かけなかった。どこか他所の地域からでもやって来たのだろうか。いや、人間の服装には疎いが、もっとなにか根本的な異質さを感じる。
どこから連れて来たのか、狼男に説明させようとした時だった。
『トーマスよ、帰っておるのか?』
通路の奥から、呻くような声が響いた。