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勇者は降り立った

 サーガムは目的の町の近くで降下し、そこからは歩いて近づいた。羽や角は引っ込めて、魔族とはわからぬような形態をとっている。

 事前に人間界の情勢はある程度学習していた。ココハンザ――有力な三つの国のひとつ、バーゼスト王国の地方都市。特に重要でもなく。さしたる特色もない。


「あのぉ、サーガム様?」


 脇を歩くエルタが、おずおずと訊いてくる。


「なんだ、エルタ?」

「なぜこの町なのですか? 勇者をお目指しになられるのなら、女神教の総本山か、どこかの王都に参られるのがよろしいのでは?」


 エルタの推察にサーガムは感心した。この小さな従者も、なかなかに人間界のことを学んでいるようだ。だが、


「まるでわかっておらんな」


 サーガムは肩を竦めた。エルタが解せないと言うように、首を傾げる。


「はぁ……」

「確かに勇者を唯一認定できるのは、女神教の教主のみ。もしくは各国がそれぞれに、国家公認の勇者を任命することもあるというな」

「ですからそちらに――」


 エルタの言葉を指を突きつけて制止し、続ける。


「それが、わかっておらんというのだ。余の能力ならば、すぐにでも勇者として認められよう。されど、それでは真の勇者とは言えぬ。苦しみ喘ぐ民を助け、掛け替えようのない仲間を得、恐るるべき困難を乗り越えて成長してこそ、勇者と言えるのだ!」

「はぁ……」


 サーガムは力説したが、エルタは首を傾げるばかりだった。元来、合理的な思考をする魔族には理解し難い考えかもしれない。


「始まりとしては、この町が手頃であろう」


 ココハンザの町の入り口が間近に迫っていた。

 門の前では鎧姿の兵士達が、町へ入る者の審査をしているようだった。馬車の列と、徒歩の列があり、サーガム達は徒歩の列に並んだ。


「あぁ、次代の魔王となるべきお方が、人間どもと列をなす日が来ようとは、エルタは悲しゅうございます」


 他の人間には聞こえない小声で、少年魔族は愚痴を吐いた。

 魔王の子として生を受けたサーガムは、もちろん順番待ちなどしたことがなかった。なによりもまず、いの一番優先でされる存在だった。これまでは当然のことだったが、それを失うことに執着はない。


「余は魔王にはならぬと言ったぞ。それによいではないか。行列というのはどれほど煩わしいものか、一度経験をしてみるのも悪くはない」


 しかし、審査は厳格に行われてはいないようで、サーガムが苛立ちを覚えるよりも早くに順番が回って来てしまった。


「ん」


 気怠げな顔の兵士が右手を差し出してきたが、なにを促しているのかわからずサーガムは数瞬思案をし、


「おおっ」


 自らも右手を差し出して、兵士の手を握った。


「余を勇者になるべき男と見込んで握手を求めるとは、貴様なかなか見る目があるではないか。余の名はサーガムである。今日のことは子細に記録し、末代まで語り継ぐがよいぞ」


 上機嫌で手を上下に振ってやるが、なにが不服なのか兵士は眠そうだった目を見開いてサーガムの手を振り払った。


「な、なに訳のわからねえことを言ってんだ。身分証だよ、身分証!」

「身分を証明するものであるか。であれば、勇者を志す余の熱き想いこそがなによりの証となろう」


 サーガムは、自らの胸を平手でポンと叩いて示した。


「では、通るぞ」


 兵士があんぐりと口を開けて動きを止めたので、了承と見て脇をすり抜ける。が、


「ま、待ってこの野郎――」


 我に帰ったらしい兵士に腕を掴まれる。


「なんだ?」

「ひっ……」


 睨んだつもりはなかったが、不意のことに険が僅かに漏れたのか兵士は腕を放って飛び退いた。


「いったいどうすればよいのだ?」


 兵士に尋ねるが、まるで耳に入っていないようでガチガチと歯を鳴らしている。落ち着くのを辛抱強く待っていると、


「み、身分証もない得体のしれない奴を、町に入れられるかぁ!」


 恐怖を振り払うように、兵士は大声で叫んだ。他の列の審査をしていた兵士の顔が、一斉にこちらを向いた。門の脇にある詰め所からも、兵士が顔を覗かせる。


(弱ったな。こんなところで騒ぎを起こすのは本意ではないのだがな。いったいなにを間違ったのか)


 顎に手を当てながら自らの行動を反芻してみるが、別段問題はなかったように思う。だとすれば、目の前の兵士の方に原因があるのか――そこまで考えて合点がいった。


(なるほど、こやつ余が袖の下を渡さぬので引き止めておったのだな。悪徳兵士というわけか。不正を正すのも、また勇者の努め。少々仕置きをしてやるか)


 サーガムが“仕置き”を実行しようとした刹那、エルタが兵士との間に割って入って来た。


「すみません! うちの王子は冗談が三度の食事よりも大好きでして、わたくしも困り果てております、あははは。これが身分証です」


 愛想笑いしながら、兵士に札を二枚渡す。ちなみに、サーガムは冗談を言ったことなどこれまで一度たりともなかった。


「パンギニアデニッシュ王国……皇太子?」

「ご存知ありませんか? まぁ南の彼方に浮かぶ小さな、小さな島国ですので無理はありませんね。お気になさらず。産業といえばこれまで漁業ぐらいのなにもない島だったのですが、宝石を撒いたような美しい砂浜と温暖な気候を活かすために、サーガム様の父君であります現国王様が観光立国を宣言されまして、王子とわたくしは王侯貴族や商家の皆様方に日常を忘れ、心安らげるリゾートとして我が国をご紹介するため諸国を回っております」


 身分証を読み上げ怪訝な顔をする兵士に、エルタが畳み掛けるように言葉を浴びせる。国名から全てがでたらめであるが、偽装した身分証が余程精巧なのか、それともサーガム達にこれ以上関わりたくないと思ったのか、


「わかった、通っていい……」


 身分証をエルタに返し、兵士は追い払うように手を振った。前以上に気怠げな顔で。


「よい仕事であったぞ、エルタ。おかげで騒ぎを起こさずにすんだ」


 サーガムは門を潜りながら、従者を褒め称えた。


「恐れ入ります。ですが身分証も持たず町に入るおつもりであったとは……やはりエルタがお側にいて正解でした」

「不思議よな。身分証などあらずとも、勇者ならばどこへぞと自由に行き来できようはずだが」


 サーガムの知る勇者は、名乗るだけでどこでも歓迎されていた。それとも、その辺りのことは物語では省かれていたのだろうか。


「サーガム様は、まだ勇者になられたわけでは……」


 遠慮がちにエルタが訂正して来る。


「ん? 余の能力なら不足はないはず。そして窮民(きゅうみん)救済の信念を持ちたらば、これ紛うことなき勇者と言えよう。力ある正義、それこそが勇者! 余こそが勇者よ! はははははっ!」


 サーガムが町中で高笑いをあげると行き交う人々の耳目が集中したが、それは一瞬のことですぐに何事もなかったように逸らされた。


(ほほう、人の民とは随分と慎み深いのだな。遠慮なく余の姿を瞳に焼き付け、余の声に聞き惚れても構わぬのだぞ)


 民草のためサーガムはあらん限り高らかに哄笑を上げ続けたが、視線はますます離れるばかりだった。

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