1話その2
彼とすれ違うように、マネージャーの恭之助が近付いてくる。
「サットすまない。自作のスタッフ証を提げてやがった」
恭之助は大学生の頃からの彼だ。彼は美里をサットと呼ぶ。ソロ活動の時からマネージメントを任せている。
「スタッフの数。少なくない?」
恭之助は空を仰いだ。
「あのバイト料で人は集まらん」
「新曲のダウンロード想定外だったね…」
「ラッキーラウランテスにパクられたからな。こっちがパクった事になった。メジャーに喧嘩売ってもケガするだけだ」
美里は思い出して言った。
「そう言えば、メジャーデビューの話は?」
恭之助は目を逸らして、長い沈黙の後に元気なく言った。
「サット……」
「なに?」
「サットが決めろ」
「なにを?」
「これから、ドルフィンホテルの最上階スイート999号室に行って、朝まで居ればメジャーデビュー出来る」
美里は目を見開いた。そういう事…許せない…。
「誰が居るの?当てようか?DDアメリカのスフィア会長?」
恭之助は無視して言った。
「オリコンなんかじゃない。ビルボードに直結だ。グラミー賞だって夢じゃない」
美里はあまりの言い方にしばらく声が出なかった。
「恭之助?正気?私が体売ってビルボード1位?グラミー賞でみんなのおかげ?」
「会長はサットにぞっこんだ。こんな掃き溜めにいつまで居るつもりだっての!」
恭之助は壁に拳をドンッと叩きつけて喚いた。
スタッフ達が振り返って見た。
「掃き溜め?どこのバカか判らない私達を拾って育てくれたクラブテラが掃き溜め?オーナーの前で同じ事言ってみなさいよ!」
「終わりだよ…メジャーに行けなきゃ終わりなんだよ!」
「終われば良いじゃん!そんな事で行くメジャーなら、終われば良いじゃん!」
恭之助は答えずに、メモを美里の左手に握らせた。
「サット。行かないなら解散だ。不甲斐ないマネージメントの責任をとってマネージャーを辞める。消えるよ」
美里は震えた。恭之助が会長に条件を切り出された時の怒りとやりきれなさを思って。




