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西園寺保探偵事務所1 名探偵「翔太」【前】


 紗由は、そーっと保の書斎のドアを開け、廊下を見回しながら中へ入った。

「もぐりこみました…」小声でつぶやく紗由。

「どうした、紗由?」

 部屋で同僚議員の有川と将棋を指していた保が、紗由に声を掛けると、紗由はゆっくり振り返り、有川に向かってお辞儀をした。

「おじさま、こんにちは」

「こんにちは、紗由ちゃん。今日も可愛いねえ」

「紗由、どうしたんだ?」

 保が再び聞くと、紗由は「しーっ」と人差し指を口に当て、ドアに耳をくっつけた。


 紗由がしばらく外の様子に聞き耳を立てていると、ぺたぺたという足音が聞こえてきた。だがドアに耳を付けなくとも、保や有川の耳にも、その音は届いていた。

 その足音はドアの前でぴたりと止まり、外から声がした。

「いちご」

「だいふく」

 紗由はその声に答えると、そーっとドアを開けた。


「はやくはいって!」紗由は小声で真里菜を招き入れた。

「ふう。たいへんだった。あしおとしないようにするの」

「すんごく、してたよ」

「ええっ!」後ずさりして驚く真里菜。

「まりりん、スリッパはぬがないとだめだよ」

「ママにおこられちゃうよ。そんな、おぎょうぎわるいことしたら」真里菜が少し不満そうに言う。

「ひみつきちにはいるのみつかっても、おこられるよ、きっと」

「…もういっかい、やりなおす」

 真里菜がそう言った時、ドアが静かに開いた。

「いちごだいふく…」

 小さい声でつぶやきながら、奏子が入ってきた。


「あ」奏子を見つめる紗由と真里菜。

「かなこちゃん、ちがうよ。ドアをあけるまえにいうんだよ」真里菜が言う。「それに、さゆちゃんと、はんぶんこずついうんだよ」

「まちがえちゃった…」

 恥ずかしそうにうつむく奏子の肩を、紗由がぽんぽんとたたく。

「だいじょうぶ。つぎから、はんぶんこね。じゃあ、さいおんじたもつたんていじむしょの、ひみつかいぎをはじめるよ」


「西園寺。おまえ、いつから探偵事務所始めたんだ?」

 有川が小声で尋ねると、保は困惑した顔で紗由のほうを見たが、当の紗由はしらんぷりだ。


「…あ。ごあいさつしなくちゃ」奏子が保と有川に向かって頭を下げた。「こんにちは、おじさま」

「こんにちは!」真里菜も挨拶する。

「こんにちは、奏子ちゃん、真里菜ちゃん」保がにこやかに答える。

「こんにちは。二人も相変わらず可愛いねえ」

 有川の場合、老若にかかわらず、女性には優しい言葉をかけるのが常だ。

 そして、保も有川も政治家の性なのか、状況が理解できないながらも、挨拶されると必要以上に笑顔で応えてしまう。


「じゃあ、ふたりとも、こっちにきて」

 紗由は、真里菜と奏子をドアの横の部屋の隅に呼ぶと、リュックから出したレジャーシートを敷いた。

「このなかにいれば、そとのひとにはきこえないからね。みえなくなるからね」


 幼稚園で同じクラスの紗由、真里菜、奏子の3人は、母親同士が月に一回程度、西園寺家でお茶会をしていた。

 そして今回の事態は、紗由が奏子に「じいじのしょさいは、ひみつきちだ」と言ったことに端を発していた。それを後から聞いた真里菜が“あやしいから”調べるべきだと主張し、調べるなら探偵事務所を作ったほうがいいと奏子が言い出したため、次のお茶会のときに保の書斎=秘密基地へ忍び込むことにしたのだ。実際問題としては、部屋の主がいる時に入っているので、忍び込んでいることにはなってないのだが。


 どうして3人がやってきたのか、わけがわからなかったものの、いったい何が始まるのか気になった保と有川は手を止め、3人の様子をちらちらと見つめていた。


「ではまず、はんにんをきめます。あやしいひとは、いましたか?」紗由が神妙な顔をして真里菜と奏子に尋ねる。


「おいおい。事件の調査より先に犯人決めてるぞ…」有川がささやく。

「斬新な手法だな」


「いました! ママがあやしいです。おおきいゆびわを、ドレッサーにかくしました。まりりんが見てたら、パパにはないしょよっていいました」真里菜が厳しい顔で告げる。

「それは、あやしいですね」

 腕組みをする紗由に、真里菜が言う。

「ママは、しーあいえーの人かもしれません。あれは、ゆびわのかたちの、ひみつのきかいかもしれません…」

「うわぁ…」奏子が両手で口を押さえる。


「じつはさゆもね、かあさまは、えふびーあいの人じゃないかと、おもってるの」

「ええっ!」驚く真里菜。

「そうかもしれないよ、まりりん」奏子が言う。「だって、さゆちゃんのママはね、かなこをてにもって、しんかんせんみたいにはしったんだよ」

「ふつうのひとは、そんなふうにはしれないよね…。あやしいね」真里菜が真剣な表情で言う。

「かなこちゃんのママはどうですか?」

「ママは…」困った顔になり、頭をぷるぷると振る奏子。「いえない」

「だめだよ、かなこちゃん。ちゃんといって」真里菜が奏子の手を握る。

「…あのね、ママはガードルっていうのをぬぐとね、おなかが、ぽよよんてなるの。ママは、ほんとうは、ゆーふぉーのうちゅうじんで、いつもはへんそうしてるのかもしれない…」

「みためにだまされてたんだね…」

 紗由が言うと、思わず吹き出しそうになる保と有川。

「でもね、かなこはママがすきなの。うちゅうじんでもいいの」

 奏子が泣きそうな声で言うと、真里菜が奏子を励ます。

「だいじょぶだよ。がんばろうね。みんなあやしいけど、3にんでがんばろうね」

「じゃあ、はんにんは、ママ3にんにきめます」

「しーあいえーと、えふびーあいと、ゆーふぉーにでんわして、しらべないといけないね」

 奏子が言う。

「じゃあ、さゆちゃん。じいじせんせいにでんわしてもらって」真里菜が紗由を見る。


「え?」思わず声を出す保。


「がいむだいじんていうのは、こういうときのためにいるんだよね」奏子が言う。


「これまた、大役だな」

 有川がくっくと笑うと保が小さく溜め息をついた。

「地球外生命体と外交を結んだ覚えはないよ…」


「じゃあ、じいじにでんわしてもらって、それからどうしよう」

「つぎのはんにん、きめようよ」真里菜が言う。


「なんだか展開がものすごく速いぞ」ワクワクした様子で言う有川。

「ああ。わが党にもこれくらいのスピード感が欲しいところだな」保が答える。


「ええとね、つぎのはんにんは、たろちゃんがいいとおもう」

「たろうちゃん、あやしいの?」奏子が目を大きく開いて聞く。

「うん。きのうね、クッキーをテーブルにおいておいたの。ジュースをもってきたら、クッキーがなくなってて、たろちゃんのくちに、クッキーのかすがついてたの」

「あやしいけど、たろうちゃんはかわいいから、はんにんにするのは、どうかなあ」真里菜が異議を唱える。

「そうだよね。たろうちゃんはこどもだし」奏子も言う。

「うーん。じゃあ、たろちゃんは、いいや!」


「どう考えても、犯人だよな…?」有川が保に同意を求める。

「可愛いから無実だって言い出すのは、大人も子供も変わらないのかねえ」保が苦笑した。


 その時、ドアがノックされ、周子の声がした。

「お義父さま、すみません。紗由は来ませんでしたでしょうか」

「どうぞ」

 保が、やや大きめの声をかけると、ドアが開き、慌てた様子で周子が部屋に入ってきた。

「せっかくのお楽しみ中にすみません。実は、紗由……は何でこんなところにいるの!」

 ドアの横に座っている紗由の姿を見つけた周子の声が、クレッシェンドをかけたように大きくなっていく。

「…おかしいなあ。なんでみえるんだろう」首をかしげる紗由。

「えふびーあいのそうさだからだよ…」真里菜が小声でつぶやく。

「ごめんなさい、おばさま。ひみつかいぎなので、ひみつなのでいえません」奏子が困った顔で言う。

「秘密会議?」怪訝そうな顔になる周子。

「かなこちゃん、だめだよ。そんなこといったら、ひみつきちにきたのがばれちゃうよ」

 真里菜が慌てると、周子はさらに怪訝そうな顔で聞いた。

「秘密基地?」


「周子さん」有川が声を掛ける。

「は、はい」

「お嬢さんたちにも、いろいろとあるようだよ。子供の世界は大事にしてあげたほうがいい。まあ、あまり、あちこちに行っちゃうのは困るだろうけど、保くんの部屋に来ただけだから、そんなに叱らないであげてね」

「は、はい…?」

 わけがわからないといった顔で有川を見る周子に保が言った。

「子供の理解というのは、時々飛躍しがちだからね。そこが楽しい部分でもあるし、成長に必要な過程でもあるわけなんだが…まあ、CIAとFBIとガードルについての説明は、しておいたほうがいいかもしれないな。このまま大人になると、ちょっと困ったことになるかもしれない」

 有川と保が言う間に、紗由たち3人は、そーっとドアを開け部屋を出て行った。今度は音がしないように、3人ともスリッパを脱いで手に持っている。そしてドアの横には、レジャーシートだけが残された。


「あ、あの、お義父さま…?」

 なおさら、わけがわからなくなる周子ではあったが、とりあえず彼女たちをリビングに連れ帰ろうと、彼女らを振り返ると、彼女たちの姿は、もうそこにはなかった。

「あら! 紗由? どこなの!」きょろきょろと部屋を見回す周子。

「出てったようですよ」有川が穏やかな声で答える。

「す、すみません、失礼します!」一礼すると周子が急いで部屋を後にした。


 周子が紗由を呼ぶ声が、あっという間に遠ざかっていった。

「なるほど、新幹線ばりの速さだなあ」

 保と有川は、思わず顔を見合わせて笑った。


  *  *  *


「かあさま。どうしたの? 廊下を走っちゃ駄目だよ」

 息を切らして廊下を走ってくる周子に、リビングに入ろうとしていた龍が声を掛けた。

「そうなんだけど…あ…紗由見なかった?」

「紗由なら、今リビングに入って行ったよ。…そろそろ翔太くんたちが来るから、“赤坂庵”のお団子出しておいてね」

 龍はそう言うとドアを開けた。後に続く周子。

「紗由!」周子が大声で叫ぶと、部屋にいた皆が振り返った。「ご、ごめんなさい…紗由、ちょっといらっしゃい」

「うわあ。さゆちゃんのママ、おこってる…」

「おばさま。ごめんなさい。かなこがわるいんです。かなこが、たんていじむしょをつくろうっていったから。だから…」

 奏子が立ち上がると、紗由がそれを制した。

「かなこちゃんはわるくないよ。さゆがしょちょうだから、さゆがせきにんをとるんだよ」

「でも…」奏子は今にも泣きそうだ。

「ちょっと真里菜、あなたたち何したの?」真里菜の母親、夕紀菜が問いただす。

「さいおんじたもつたんていじむしょをつくったの。さゆちゃんは、びじんしょちょうで、まりりんは、せくしースパイで、かなこちゃんは、おじょうさまうけつけじょうよ」

「何となく納得しちゃう役割分担ね」響子がくすりと笑う。

「紗由が所長なのに、何で、じいじの名前を使うの?」

「じいじせんせいのなまえをつかおうっていったのは、まりりんなの」

「何で?」夕紀菜が聞く。

「おんなのおきゃくさんが、いっぱいくるようにだよ」

 そんなこともわからないのかと言わんばかりに母親を見上げる真里菜。

「確かにマダムで繁盛しそうだわ」響子が頷いた。

「でも、紗由。じいじのお部屋にお客様がいるの、わかってたでしょう。入ったら駄目でしょう?」

「あの、ごめいわくにならないように、まほうのシートをつかいました」奏子がにっこり笑う。

「魔法のシート?」

「そのうえにいるとね、そとからみえなくなるの。きこえなくなって、きがつかないの」紗由がきっぱりとした表情で言う。

「みえなくなっちゃうから、そのまえに、ごあいさつしました」真里菜が言う。


「あ! そうだ! たいへん。かあさま、たいへん!」

「ど、どうしたの、紗由」

「おだんご! おだんごだよ!」

 紗由の言葉で、さっき龍に言われたことを思い出す周子。

「あ。そうね。そろそろ翔太くんたちが来る時間ね。赤坂庵のお団子出さなくちゃ」

 周子がキッチンへ向かおうとすると、紗由が周子の腕をむんずとつかんだ。

「あたまの、おだんご…」泣きそうな目で周子を見上げる紗由。

「かあさま。紗由はシニヨンていうのにしてほしいんだよ」龍が言う。

「しょうたくんがくるから、おしゃれしたいのね」にやりと笑う真里菜。

「あ…わかったわ。おリボン持ってくるわね」

「あるわよ、周子さん。さっき紗由ちゃんがリュックから出してたわ」

 響子がテーブルに広げられたハンカチの上の、ヘアピン、ゴム、リボンを指差す。

「あら、本当」周子は、紗由の横に座った。


「あのね、しょうたくんはね、おだんごがすきなんだよ。このまえあったとき、そういってた」真里菜が皆を見渡しながら言う。「あれ? おまんじゅうだったかな…」

「さゆちゃんが、おだんごにすると、とってもかわいいよね」奏子が一生懸命頷きながら言う。

「奏子ちゃんがしても、ものすごく可愛いよ」

 龍が言うと、奏子は頬をピンクに染めてうつむいた。

「ふうん…ものすごくなんだ。やっぱり、そういうかんけいなんだ」真里菜がじろじろと二人を見る。

「ちょっと、真里菜。何言いだすの」

 そう言いつつも、夕紀菜も龍と奏子を観察すべく、目が素早く動いている。男女関係に関するカンとおせっかい加減は、お見合い魔の久我夫人からの血筋のようだ。

「奏子は龍くんが大好きなんだもんねえ」

 響子が奏子の頭を撫でると、奏子は恥ずかしそうな顔で響子を見上げた。

「じゃあ奏子ちゃん、僕のお嫁さんになる?」

 龍の言葉に、奏子はびっくりして振りむいた。

「は…はい」

 すぐにうつむいてしまう奏子を、響子がギュッと抱きしめる。

「よかったねえ、奏子…!」

「およめしゃんだあ!」うれしそうに叫ぶ紗由。

「あ、あら、龍ったら…へえ…ふうん…そう…」

 紗由の頭を結っていた周子の手が止まり、龍と奏子を交互に見ながら、挙動不審な動きをする。

「周子さん、そんなに目を剥かないでよ。子供の言うことなんだから」響子がくすりと笑う。

「で、でも、龍ってけっこう決めたことはやり遂げるタイプだし」

「心配しないで、かあさま。ちゃんと大人になってから、奏子ちゃんちにご挨拶に行くから」


「すごいわあ。プロポーズの瞬間なんて、見たの初めて」夕紀菜が目を見開く。

「でも、あやのちゃんが、あばれちゃうよ」

「あ、そうよね。綾乃ちゃん、龍くんに夢中なのよね。まあ、やだわあ、たーいへーん」夕紀菜が何度も頷く。「年度が違っててよかったわねえ、奏子ちゃん。一緒だと、何かと大変だもの。あそこ、お母様も龍くんに夢中で、真面目に狙ってるようだもの」

「かなこちゃん、よかったね。でも、こんやくしたことは、まだひみつにしておいたほうがいいよ。そのあいだに、おばあちゃまからあやのちゃんに、べつのおとこのこ、しょうかいしてもらうからね」真里菜が厳しい表情で奏子に言う。

「は、はい」一生懸命に頷く奏子。

「そうね、そうだわ、真里菜。綾乃ちゃんには、おばあちゃまから、いい人を紹介してもらうといいわね」

「でも、和歌菜おばさまが紹介してくれる人って、あんまり趣味が…」

 龍が言いかけたところに、周子がおもむろに振り返り、慌てて龍の口をふさいだ。

「…よろしくお願いいたします」

 必要以上に愛想よく微笑む周子を見て、夕紀菜が言う。

「そうよねえ。前に母さんが賢児さんに紹介しようとした人、顔が肉まんみたいだったわよねえ…」

「やだ、夕紀菜さんたら。言い過ぎよ」口ではそう言うものの、しきりに頷く響子。

「しかたないよ、ママ。およめさんがぶすなときは、おむこさんをイケメンにしないと、あかちゃんがかわいそうだよ」

「あら。美男美女の子供が必ずしも美男美女じゃないんだからね」

「さゆちゃんちは、みんなきれいだよ」

「こんなにうまく掛け合わさるのが奇跡的なのよ」


 真里菜は母親の言葉を無視して、次の話題に移る。

「さゆちゃんは、こじゅうとになるんだね。たいへんだね」

 顔を覗き込まれた紗由は不思議そうな顔で聞いた。

「こじうとって、なに?」

「およめさんをいじめるかかりのひとだよ。おむこさんのおねえちゃんや、いもうとがなるんだよ」

「ちょ、ちょっと真里菜。人聞きの悪いこと言わないで。まるでママが秋穂さんをいじめてるみたいでしょう?」

 秋穂というのは、夕紀菜の弟の嫁である。

「さゆ、かなこちゃんいじめるの、やだ」口を尖らせてうつむく紗由。

「じゃあ、かあさまにかわりにやってもらいなよ。あきほおばちゃまはね、ママにいーっぱい、いじわるするんだよ。だから、おばあちゃまががんばって、しかえししてるの。かわりでも、だいじょうぶだよ」

「や、やだ…真里菜ったら…」

 焦る夕紀菜にかける言葉が見つからず、響子と周子はうつむき加減に紅茶をすすり続けた。

「じゃあ、かあさまおねがいします」

 紗由がぺこりと頭を下げると、周子は首を左右に大きく振った。

「お断りします。別にいなくてもいい係だから、うちでは置きません」

 厳しい顔で紗由の頭をお団子にまとめ、リボンをかける周子。


 そこへ賢児が入ってきた。

「こんにちは」

「あら、賢児さん、こんにちは」響子が明るく声を掛ける。

「失礼いたします」賢児の後に続く玲香。

「おじゃまいたします!」玲香の後ろから、翔太が元気に挨拶する。

「玲香さん、翔太くん、いらっしゃい!…今日も素敵ね、翔太くん。チョイワル風じゃない」

 頭の上にサングラス、スタジャンとジーンズといういでたちの翔太に、周子が立ち上がって声を掛ける。彼女は、翔太のコスプレめいた衣装に弱いのだ。周子に向かって、ニッと笑う翔太。


「あ…」翔太が突然よろけて、玲香にもたれかかる。

「どうしたの。大丈夫?」

「あかん、あかん。お美しいレディがぎょーさん、いはって、めまいがしてもうたわ」

 そう言った次の瞬間には、しゃきっと立ち上がった翔太は、紗由のところに近づいた。

「紗由ちゃん、その頭、ものごっつかわええで。お姫様みたいや。…ええと、これ、紗由ちゃんのために作った冠」

 翔太はリュックを開けて、シロツメクサで作った冠を紗由の頭に乗せた。

「ありがとう!」紗由が冠を手で押さえながら、うれしそうに笑う。


「まめなおとこって、もてるのよね」真里菜が厳しい目でチェックする。

「これは、まりりんちゃんのママはんと、奏子ちゃんのママはんへのおみやげです」

 紙バッグから、ラッピングされた花束を二つ取り出し、それぞれの前に差し出す翔太。

「まあ、かわいい」夕紀菜がうれしそうに叫ぶ。

「ありがとう、翔太くん」響子も、花をぐるぐると回して眺める。

「翔太くんはね、自分の花壇があって、自分でお花を育ててるんだよ。そこから持ってきたお花でしょ?」

 龍が聞くと翔太が頷いた。

「そうですわ。…ええと、こっちは周子はんへです。それと、小さいレディたちへは、こっち」

 そう言うと、翔太はもうひとつの花束と、一輪のバラをきれいにラッピングしたもの3つを取り出した。

「まりりんちゃんと奏子ちゃんはピンクで、紗由ちゃんは黄色な」

「ああん、もお、かんぺき!」真里菜がうなる。

「…もらっても…いいですか?」奏子が龍に尋ねる。

「うん。いいよ」龍が微笑む。

「龍くん、何で奏子ちゃんが、そないなこと、いちいち尋ねるん?」

「ふたりがこんやくしたからよ!」真里菜が仁王立ちして答える。

「マジ?」

 最初に反応したのは賢児だった。

「うん。お嫁さんになってくれるって」龍が淡々と答える。

「おめでとさん、龍くん、奏子ちゃん!」龍の腕をぶるんぶるんと振る翔太。

「へえ。紗由の読みは当たってたんだ」

 賢児が感心したように腕組みすると、紗由は小さくVサインする。

「龍くんも奏子ちゃんも、よかったわねえ」玲香もうれしそうだ。

「龍。ちゃんと疾人くんにあいさつしておけよ」

 疾人というのは、奏子の父親で、涼一の大学の同級生だ。ちなみに、真里菜のほうは両親とも、幼稚園から高校まで賢児と同級生である。


「そうだ。ついでだから、翔太と紗由も婚約しちゃえば?」

「涼一はんにシバキ倒されるがな…」翔太が賢児を見上げる。

「あら。涼一さんに反対されてるの?」夕紀菜が目を輝かせる。

「反対いうか…紗由ちゃんは、嫁はん行くとこ、決まっとるさかい、僕はそれまで紗由ちゃんを守る役です」翔太がうつむきながら言う。

「あ、翔太くん。それは…気にしないで」

 紗由がお嫁に行くところが決まっていると言ったのは、相手はわからないけど神様に聞いたからだなどと、この場で口にするわけにもいかず、何と言ったらいいものか、焦る周子。

「もう縁談来てるの?」ささやくように尋ねる夕紀菜。

「来てないわよ」周子が苦笑する。

「でも、ぷろぽーず、ことわっちゃったんだもんね。しょうたくんのおよめさんには、なれないよね…」

 真里菜がつぶやくと、紗由はしばらく下を向いたままだった。

「紗由…?」

 周子が顔を覗き込んだそのとき、紗由は目に涙をいっぱいためて立ち上がり、ドアを思い切り開けると部屋の外に駆け出した。

「紗由?」周子が立ち上がる。

「紗由ちゃん!」翔太も飛び出した。

 皆も後に続いて紗由を追い廊下に出るが、紗由の姿はもう見当たらなかった。


  *  *  *


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