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はんこう

後半に暴力表現あり。

自転車で並走する子供達にナルは苦笑する。

大人用に比べ、一回り小さいサイズの車輪を回転させる姿はとてもパワフルだ。


「いつになったら見せてくれるんだよ!」


「本当に見せてくれてるんだろうな!」


子供達の速度に合わせていつもより速度を落としてペダルを漕ぐラウトはこの状況を楽しんでいるようだ。


「男に二言はねぇよ」


約束は守れよと念押ししながら追走を続けているのは、夜空の浮き船を目撃した小学生二人。

ラウトとナルは、いつものように自転車の二人乗りで買い出しに出たところを発見され、両側から挟まれた状態で三台並んでランデブー。

小さな自転車の後ろに器用に釣竿を取り付けて、海に向かう途中に追い掛けてきたらしいのが分かる。


「その時が来たら知らせてやるよ」


「どうやってだよ!」


口約束だけでは不安なのか、早く浮く船を見せろと子供達は騒ぎ出す。

これは放っておくとずっと着いてきかねない。

仕方無しにナルは騒ぎに参加する。


「あんた達次の週末は暇?」


ラウトに掴まったまま、左右交互に男の子の顔を見る。


「週末に見れるの!?」


二人揃って後ろを振り返った為、ハンドル操作が覚束なくなる。


「前見て運転して。見れるかどうかは分からないけど、取り敢えずその日にウチで連絡の方法とか決めればいーでしょ」


「おいっ! 見れるかどうか分からないって言ってるぞ!」


『週末には』という部分を無視してラウトを責め始める二人に言い方を間違えたとナルは反省する。


「慌てんな。必ず見せてやるから、この間の浜で待ち合わせでどうだ?」


二人はラウトを間に挟んでお互いの顔を見合わせる。


「週末に浜に行けばいいんだな」


「昼過ぎに待ち合わせだから忘れんなよ!」


自分達で勝手に時間まで決めてから自転車を反転させる。

絶対だぞと叫びながら遠ざかっていく姿をナルは振り返って見送り、持て成し用の菓子でも用意するかと考える。


「スイカでも買うか」


どうだと声を掛けたラウトに、賑やかな週末になりそうだと思う。

買い物を終えて膨らんだエコバックを籠に詰め、店で一番大きいのを選んだスイカは、自転車を漕ぐラウトと自分の間に挟み、割れてしまわないようにバランスを取って帰宅したナル。


「あ、麦茶のパック忘れた」


夕食の前に作りおきしようとして気付いた買い忘れに、ナルは直ぐに玄関でサンダルを履く。


「ナル、俺が行く」


後を追って雪駄を履いたラウトに構わず、ナルは自転車に跨がる


「いいよ。すぐそこだからあたしが行く」


麦茶なら近くの商店でも買えるし、夕方からの外出には必ず着いてこようとする心配性のラウトも、まだ明るい内に帰ってこれるのを知っている筈だ。


「たまには愛車と二人っきりがいーしね」


「なんだ、俺は除け者かよ」


わざとらしく拗ねた表情を作るラウトに、お許しが出たと理解したナルは行ってくると自転車を跳ばす。


「ごめんなさいねナルちゃん。今、麦茶売り切れちゃってるみたい」


申し訳なさそうに在庫を確認したおばちゃんに、いいよと言って店を出る。

うちから一番近い個人商店。早い時間に閉まるそこにギリギリで滑り込んだが、結果は聞いた通り。

ベーカリーにもお茶コーナーに麦茶があった事を思い出すが、あそこのはいつも飲んでいるものとは違った筈。

結局買い出しした店まで戻る事になったナルは遅くなってしまった事に、帰ったらラウトの小言が始まるなと思いながらも小さく笑う。

橋から家に続く勾配に掛けて、夕方を過ぎると極端に寂れた風景に変わる。女が一人で歩くものじゃないと必ず自転車を漕いでナルの送迎を申し出るラウト。

ひょっとしたら、心配で迎えに出ているかもしれない。

一気に坂を登りきってしまおうと、橋から加速を始める。

勾配に差し掛かった所に車が停まっているのを見て、微かな違和感。そこはいつも弘子がナルの家を訪ねる時に駐車する小さなスペースで、住宅街から離れたこの場所に乗用車が停まっているのは珍しい。

故障でもしたのかと、車に気をとられながら通り過ぎたのが悪かった。舗装されていない勾配の入り口は段差があり、そこにはまったタイヤがバウンドする。

ハンドルをきって転ぶのは免れたが、袋に入れていた麦茶が籠から飛び出し地面に落ちる。慌ててブレーキを掛けると、やれやれとスタンドを立てる。

スピードを上げていたのが仇となり、大分後ろに落ちた袋を取りに戻ろうと、振り返って動きを止める。

離れた距離と薄暗さから顔の認識は出来ないが、確かに人が立っている。袋を落とした辺りで地面に手を伸ばした姿を確認してナルも相手に近付いていく。


「すいません。それ落としちゃって」


「気を付けなきゃダメじゃないか、ナル」


呼ばれた名前に足が止まる。

近付いてくる人影は、暗闇からゆっくりと姿を現し、はっきりとした輪郭が浮かび上がる度にナルの鼓動が早まる。


落ち着け


ナルは自分に言い聞かせる。

出来ればもう会う機会が無ければと考えていたのは、最近の楽しい生活に毒されていたせい。

ぬるま湯に浸かったような日常こそが一時の夢で、これが現実。

全てはこうなる事を見越してやってきたのだ。


「ほら、受け取って」


数歩離れたところで足を止めた彼に、ナルはそのまま近付く。

いつもの形だけの笑顔を浮かべる事もなく、かといって、緊張した面持ちも見せず、迷う事なく差し出された物に手を掛ける。

無表情のまま受け取ろうとして、相手が手を離さないのを確認して顔をあげた時、衝撃でナルの体は横に吹き飛ぶ。

瞬間的に平衡感覚を失い、地面に倒れこみながらも、相手がその場から動かないのを目視して、ナルは直ぐ様立ち上がろうとする。

ぐらついた視界に、片手を振ったままの人影が見えて、どうやら思い切り頬を張られたのだと判断したナルは、痛む頬をグイッと拭い、そこにぬるついた感触を認めて、口が切れたのに気付く。

倒れた時の腕の痛みも合わせ、一発で大分傷をおってしまったなと考えながらゆっくりと相手に向かう。


「大丈夫かい、ナル」


声を掛けても動く事はなく、その場で持ったままの袋を差し出す。


「ほら、受け取るんだ」


怪我をおった女に自分から来いと言う傲慢さにナルは吐き気を覚える。

それも自分が怪我を負わせた相手にだ。

いや、今更だったとナルは息を吐く。

そういう人間だと知っていたから今まで警戒してやってきた。

やはり自分の油断がこうした事態を招いたのだと考え、しかし反省は全て終わらせてからで良いと。


「あたしに殴られに来いって?」


皮肉げな言葉に男は驚いた表情を見せる。


「反省を促すならお仕置きは必要だろう?」


それが当然だとした物言いに、自分がいきすぎた暴力を奮っている等とは微塵も理解していないのが伺える。


「おいたが過ぎるとお仕置きだって警告した筈だよ」


持っていた袋を放り投げ、草の中に埋もれるのをナルはただ見詰める。


「男と生活してるのは許そう。遊びなら構わないって言ったのは僕だからね。でも…」


ゆっくりと近付いてくるのを、ナルは身構えながら待つ。

ラウトの事が知られているのは何となく予想はしていた。

意外なのは、そこになんの感慨も無いといった態度。


「連絡を絶つのはどういう事かな」


考えたんだと続く。


「有り得ない話だとは思うが、まさかあの外国人に本気になったとか…」


ゆっくりと近付き、ナルの切れた口元に触れる。


「ナルから反省を受け入れれば許そうと思ったんだけどね」


「自分から暴力を受け入れろって?」


触れていた腕を振り払う。


「今までのナルにならそんな事はしなかったよ。ああ、その服は僕の好みではないね」


今度新しい服を贈るよと言いながら、振り上げられた腕に距離をとる。

再び張ろうとした平手が行き場を失い下げられる。


「僕の前では従順でいてもらわないと困る」


身に付けているものも、言葉遣いも、その人のあり方さえもどうでも良い。

只、然るべき時に、場所に、自分に都合が良いように振る舞えとの言葉。

ナルは噛み締めた歯を弛める。


「そうやって暴力で思い通りにしたの?」


言葉の意味が解らないと、一度考えを巡らせた男は、合点がいったと笑顔を見せる。


「ああ、弘子の事だね」


出てきた名前にナルの体が熱くなる。


「友達なんだってね。あれはいちいち反抗的でね。手を焼いたよ」


困ったものだと笑った顔が鼻につく。

手を焼いたとの本当の意味を知っているナルは両手をきつく握り締める。

隠そうとしても隠しきれなかった、腕に残る鬱血痕。

色を無くした表情。

それを弘子にもたらしたのが、目の前にいるこの男。

見えない場所に他にいくつの痕跡が残されていたのかと思うと言葉が出ない。


「ナルも躾直しが必要みたいだね」


険しい表情を向ける男に、それ以上の憎悪をのせて言葉を吐く。


「あたしの反抗は弘子の比じゃないよ、公康さん」








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