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いけめん

「どーお? 何か見える?」


「見渡す限りの大海原だなぁ…」


「貸して」


渡された双眼鏡を覗くと、どこを見ても同じ景色。


「しょうがない。他を当たるか」


ラウトの船を探す為に始めた捜索は、シーウォッチングになりつつある。


「あっちにも岩場があったんだけどちょっと遠いんだよなー」


勢い良く荷台に飛び乗ったナルをぐらつくことなく支えたラウトは自分もサドルに腰かける。


「何で岩場や崖ばっか回ってんだ?」


港や砂浜の定期巡回ではなく、人があまり近寄らない場所にばかり行こうとするナル。


「え、だって犯罪者だし。こそこそしてるんじゃないかと思って」


「いや、まぁ、そうなんだがな…」


歯に衣着せぬ言い方をされては見も蓋もない。


「岩場や崖だと上陸できないと思うぞ…」


あ、と声を漏らしたナルは少し考える。


「いや、そこは知恵ととんちを利かせてなんとか」


ラウトは苦笑する。


「とんちはどうかわからねぇが知恵が回るやつならうちにもいるな」


やっぱり何とかなるじゃないかとラウトの背中を叩く。


「あいつの場合は回り過ぎて誰にも見付けられねぇと思うぞ」


「何それ、かくれんぼ最強じゃん」


キコキコ自転車を漕ぎながら次の場所を目指す。


「こうなったら聞き込み捜査に変更かな」


あっさり方針を変えようとするナル。


「でも目撃者がいないなら意味ないし…、頭が良いのも考えものだねー」


「だよなぁ、あいつの考え方は回りくどくて理解できねぇんだよ」


「知恵が足りな過ぎるのも問題だねー」


そうだなぁと同意しかけてふと気付く。


「俺の事か?」


「お、知恵が回った」


やっぱりかと笑う。


「無人島だったら狼煙とかなんだろうけど…。何か決めてないの、合図とか」


確かそんな話を以前しつこくされた記憶があるなと顎を撫でる。


「はぐれたら取り敢えずその場を動くなって言われたな」


「子供かっ!?」


まるっきり信用されていない駄目な大人に言う台詞だ。

だったら元の砂浜に放置してやろうかと思う。

自転車に始まり、最近は電車に興味を持って、ナルのICカードを使ってふらりとどこかに出掛けている。

興味があれば、取り敢えず動く、試すが基本スタンスになっているラウトを思うと、きっと額面通りに、『その場』から動くなという意味なのではないかと。

子供扱いされても仕方ないと、やれやれと首を振る。

片棒を担いだ自分を棚に上げて。


「あとはどんな人がいるの?」


ふと興味を持って聞いてみる。


「そうだなぁ、金に汚い奴と女にだらしない奴と…」


指折り数えながら挙げられる不穏な形容に言葉を遮る。


「いや、もういいよ」


守銭奴とたらしに続く言葉なんてろくなものじゃないだろう。

人柄はおいておいて、何か見付ける手懸かりにならないかとナルは質問を続ける。

船員はラウトを含めて総勢10名。

キリの良い人数だからという良くわからない理由と、重量の関係からこれ以上増やすつもりが無い事、中でもラウトが信用しているのが伺える人物が四人。

キリが良いと打ち止めにしたのがラウトで、重量を理由にしたのがかくれんぼの得意なインテリだなと予想をつける。

木造の横帆(おうはん)の船だと聞いて、以前旅行で見た復元船を思い出す。

日本初の西洋型の帆船で、排水量500tの大型船とは聞いていたが、やはり現代の船と比べると格段に小さかった記憶がある。中は各用途に合わせて区切られているが天井は低いし、机が置いてあれば避けて奥へと行かなければいけない窮屈さ。

個室もなく、180名もの当時の乗組員は一体どうやって眠っていたのだろうかと不思議に思ったものだ。

しかし江戸初期に作られ太平洋を横断したという実績から、木造だとしても決して侮れない。

あれ位の規模でなら個室はなくても雑魚寝で余裕を持てるだろうし、コンピューター制御の現代なら10人で動かしているというのも納得だ。

大型タンカーでさえ十数名で操縦できるのだから。


「木造船は夢だったからな」


「随分とレトロな趣味だね」


船オタクが壮大な夢を叶えたみたいな感じかなとナルは思う。


「何言ってんだ。木造っていったら船乗りの夢だろ!?」


「何で?」


こてんと左に首を傾げるのを腰を掴んでいるナルの手から伝わってくる。


「浮くんだぞ!?」


「うん、浮くねえ」


「何だよ…、もっと驚くと思ったのに」


拗ねた様子でだらだらと自転車を漕ぐ。

木造船のメリットはいくつか挙げられる。その一つが浮くという事。

仮に衝突事故で船体を破損しても、木材の持っている浮力によって沈没までの時間が稼げるし、全壊した際には、船体の一部に捕まれば溺れるのを免れる事が出来る。

だがそもそも船という形状に作られた物体は水に『浮く』のが当たり前。むしろ浮かないならそれは船とは呼べないのだ。


「船が浮くのは当然でしょ」


「ここらじゃ見ないから珍しいと思ったのに、そうでもねぇのか?」


「何言ってんの?」


船なんて今日一日で何度も見ているし、木造船だって数は少なくても珍しいという程でもない。今も視線を海に向ければ大型の船が遠くで波に揺られている。

どこか会話が噛み合わず、二人共黙り混む。

話題を変えるべきかとナルはラウトの背中を叩く。


「てか、やっぱり浜に行ってみようよ」


「最初に会った時のか?」


「そう、迷子になったら動くなって言われたんでしょ? だったらそこで会える可能性が一番高い気がする」


一旦道の端によってから自転車をUターンさせる。


「じゃあ全力で漕ぐぞ」


「いいよー!」


純粋な脚力だけで自転車とは思えないスピードを出せるのを知っているナルは前傾になったラウトの腰をしっかりと掴む。

太陽の傾きと腹の減り具合から、今日は砂浜を最後に帰宅しようとラウトは考える。

防波堤が見えてくると自転車がスピードを落としたところでナルが飛び降り、手を掛けてジャンプ。

失敗すると、加力しようと先程より膝を曲げる。地面を蹴る事なくふわりと持ち上がった体に、バランスをとろうと両手を着き直して防波堤へとよじ登る。

ナルがしっかりと登ったのを確認して支えていた腰を離すと、自身も地面を蹴って隣に並ぶ。


「少し待ってられねぇのか」


仕方ないなというような言い回しと、自分が軽く持ち上げられた事に恥ずかしさを覚え、いつもは自分で出来るのだと言い訳をする。

何だかとても居たたまれないと感じたナルは急いで首からかけた双眼鏡を覗きこむ。


「何か見えるかぁ?」


「見渡す限りの大海原だねー」


台詞を逆にして今日二度目のやり取りを繰り返すと、双眼鏡をおろしてラウトの横顔を見る。

沈もうとしている夕日が日本人より少しだけ彫りの深い顔に陰影をつける。顎のラインから首筋に掛けては男らしい逞しさがあり、そこに滲んだ汗が色気を漂わせている。


「ラウトって…」


呼ばれた名前にナルを見ると、口を開けてこちらを凝視している。

風で髪がボサボサになっているのかと手で頭を確認するが、海風に吹かれればこんなものかと腕を下ろそうとした時に一言。


「イケメンだったんだね」


「は、?」


「え、?」


「………」


「………」


「いけめんって何だ?」


引かれてしまったかとの心配が安堵に変わり、肩を落とす。


「いやぁ、なんでも…」

「かっこいいって事だよ」


突然聞こえた高い声に体ごとそちらを向く。

いつの間にか防波堤の上に並んで立っている男の子が二人。

キャップを被って小学生位の彼らは、学習雑誌の付録についてきそうな小さな双眼鏡を握り締めながらラウトを指差す。


「あんたの事かっこいいって言ったんだよ、この人」


言い切った瞬間にキャップごと男の子の頭をわしづかむ。


「何でこんなところにいるのかな? 宿題は終わったのかな?」


笑顔で頭を掴む手に力を込める。

ギリギリと締め上げる度に悲鳴が上がり、もう一人がナルの手を外そうと腕にしがみつく。

絶対に離すものかと格闘していると、肩を叩かれる。


「相手は子供だ、大人気ねぇぞナル」


満面の笑みで、悪かったなと男の子に謝ってから、当然のようにナルの腰を抱き込む。

子供の前で何やってんだと、腕を外そうともがくが、ガッチリと固定されていて微動だにしない。


「俺は『いけめん』か、ナル?」


顔を覗き混んでのご機嫌な問いかけに、顔が熱くなるのが判る。

どうなんだとしつこく聞いてくるラウトに、調子に乗るなと拳を握り締めて構える。


「いちゃつくならどっか行けよ、おっさん!」


「誰がおっさんだ、ガキッ!!」


大人気ないのはどっちだとナルは呆れる。

騒がしい三人に巻き込まれないようにと、一人距離をとる。

抱かれた時に感じたのは羞恥や嫌悪ではなく、どうしようもない安心感。

がっしりとした腕に窮屈感はなく、それでも絶対に離さないという意思。その力強さと気遣いに、女だから判る。


慣れてるなこいつ


諍いが収まって、何故か四人で防波堤に立つ。


「そろそろ日が沈むな…」


そう言って防波堤を飛び降りるラウト。

ほらと差し出された手をとる前にナルは声をかける。


「あんた達もそろそろ帰ったら?」


双眼鏡を覗いた姿勢のまま動こうとしない二人。


「俺達はまだいるよ」


「親が心配するでしょ。もう日が暮れるし」


子供だけを残して帰るわけにもいかず、ナルとラウトは顔を見合わせる。


「続きは明日にしろよ。見えねぇだろ」


「灯台の光があるから大丈夫」


頑なな態度に成す術がない。

ラウトは再度堤防に登ると、隣に並んで海を眺める。


「お前らさっきから何を見てんだ?」


聞くと、双眼鏡を下ろし、二人が興奮した様子で話始める。

その様子に、聞いてほしかったんだなとナルは思う。


「昨日の夜に俺達見たんだよ、船!」


「そう! 風に乗って進んでた!!」


昨日も一緒にいた二人は、遊びに夢中になって遅くなった帰りに、灯台の光に浮かんだ船形を見たという。

風で進むとなると、ヨットだろうかと考えるが、二人の興奮の理由がわからない。


「そうか、だけど今日は見れねぇから帰れ」


確信をもって言い切るラウトに二人は怪しげな視線を向ける。


「何で分かるんだよ」


「俺も知ってるからな、その船」


「じゃあ次はいつ見れるか知ってる!?」


二人に詰め寄られて、落ち着けと頭に手を置く。


「飛ぶ時は教えてやるから待ってろ」


はしゃぐ二人は堤防を飛び降りると、絶対だよと何度も念を押して帰っていく。

残されたナルは混乱していた。

船の話だったはずなのに、ラウトは『飛ぶ時』と言っていた。


「何だよ、浮く船はやっぱり珍しいんじゃねぇか」


ふと思う。

ラウトの言う、船が『浮く』というのは別の意味なのではないかと。


「ひょっとしてラウトの船って、……空とか飛んじゃったりするの?」


あり得ない事だと思いつつ声にのせる。

ラウトはきょとんとしながら答える。


「当然だろ」







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