飯田 小町
当時の私は柔道の夏季大会で準決勝を控えていたのだが、前の試合で軸足を捻ってしまい、正直なところ次の試合に自信がなかった。
そこに現れたのが当時生徒会で書記を務めていた先輩だった。
先輩は生徒会の仕事で大会の結果を学校に伝える為に記録を見に来たらしい。
「初めまして、飯田さん。生徒会書記の楠です。」試合後の会場の通路で突然かけられた聞き覚えのない声に驚いたが、私は挨拶に応じた。
「初めまして。」まだ息があがっていて、不恰好な挨拶になってしまった。
「ところで、その足の怪我は平気? 」
「え⁉︎ なんで…」突然の質問とその内容に動揺すると先輩は
「前の試合が終わってから、歩き方が不自然だったから。」平然と良い、私をベンチに座らせると
「足、出して。」テーピングを用意しながら言う。
言葉も態度も作業的でこそあったものの、その行動は単純にこの人の優しさなのだと思った。
「あの…、ありがとうございます。」テーピングの礼を言うと、先輩は
「いや、良いよ。折角努力してこんな大きな舞台に立つんだ。最善を尽くした方が良いでしょ? 」努力と言う言葉が心に残る。
ずっとそう言って欲しかったのに貰えなかった言葉を、今日会ったこの人は私にくれた。
なんだろう。
頑張れる気がする。
初めて努力を認めてくれたこの人に報いるために頑張ろうと思った。
「はい! 頑張ります。観ててくださいね、先輩。」これは私と和正先輩の始めての出会いで、私が先輩に救われた日の思い出。
そして半年前の六月。
先輩が亡くなった。
私がそれを知ったのは、私が高校受験を終えた冬のことだった。