野崎 涙
正直雪菜は驚いていた。
まさかあの和正が自分と同じように人の感情に疎いとは思ってもいなかったのだ。
しかし、雪菜はそれ以上に自分へ失望していた。
自分は正しい意味で彼を全く理解出来ていなかった。
だから…
「それで、その親友さんが私になんの用? 」やややつあたり気味に冷たく言い放つ。
「いや、大した事じゃあないんだ。あの和正が好いたという君のことを知りたくてね。君が和正をどのくらい知っているのか疑問に思っただけだよ。まぁ、その様子ではほとんど和正を知らないようだけどね。」彼は当然のように言う。
「和正君が私を好いていた⁉︎ 彼は感情に疎いって…」雪菜は問う。
「あぁ、和正が道化だったのは周りの奴等の前でだけさ。君と出会ってからは空っぽの器が満たされる様だと言っていたよ。だから僕も君に興味を持ったわけだしね。」ナゼだろうか? 雪菜は色々な感情が胸の中でグチャグチャに掻き混ぜられた様で、止まること無く湧き出た感情は、涙に変わって流れ出た。
どれくらいの時間がたっただろう。
いつの間にか、雲ひとつない青空になっていた。
「…恥っず。」その日は、目の前で大泣をしたこともあり、雪菜は野崎と会うのを避けて帰宅した。
「ただいま、ママ。」
「あら、おかえりなさい。ご飯出来てるから、お風呂上がったら温めて食べて。」
「はーい。」…ブクブクブク。
湯船に浸かっている間も、雪菜は野崎との会話が離れず頭を抱えていた。
「(まぁ、眠ればこのもやもやも取れるだろうし、今日は早く寝…)…ガフッ⁉︎ ケホッ、ケホッ…。(危うく湯船の中で溺れるところだったわ。今日は本当に早く寝よ。)」
翌朝、雪菜は何事も無かったかのように平然と。
とはいかず、野崎のいる教室の一番後ろ、窓際の席へ一目散に向かい。
「野崎君私が大泣きした事バラしたりして無いよね?」と聞いた。
野崎は
「おはよう。第一声がそれかい? 僕も信用が無いなぁ、コレでもガラスのように傷付きやすいんだよ。」
「そうね。でもあなたの場合は防弾ガラスでしょ。」
「キツイなぁ。ハハッ。」野崎は楽しそうに笑う。
「(こいつ、こんな顔で笑うんだ…。じゃなく! )で、結局どうなの⁉︎ 」しまった! と思ったが、周囲は談笑に夢中でつい声が大きくなってしまったが気付いてないようだった。
「大丈夫、言ったりはしていないし、しないよ。」
「そう、なら良いわ。」ホッとしながら雪菜は普段通りの仮面を着けた。
仮面を着けて何時間が経っただろう。
今日も普段のように作業的に雪菜の一日は終わりに向かっていた。
いつもの帰り道、学校帰りの駅のホームで雪菜は今朝のことを思い出した。
野崎と話した時のことだった。
ナゼだろう? ふと思う。
仮面を着けて行う生活は楽だと思っていたが、今はひどく退屈に感じて、それに対し、今朝の会話もそうだったが野崎と話す時は少し、ほんの少しだけ素の自分でいた気がした。
雪菜はそれを少し、ほんの少しだけ幸せに感じた。
その事実に少し不安に感じ、どこかで少し嬉しく思った。
彼女は気付かない。
彼と触れ、自分の知らない和正に触れた事、それが彼女を大きく変える事に…。
感情の扉が開こうとしている事に…。
感情を知らな過ぎる今の彼女にはまだわかる筈もなかった。