空っぽピエロ
飾り気なく伸ばしたままの黒い髪、多少幼さの残る顔立ち、平均的な背丈、燻んだ瞳。
少女、雪菜は半年前の六月に彼氏であった和正を事故で失った。
雪菜はその半年間を悩みながら、欺きながら生きてきた。
彼女は幼い頃からそうだった。
周りの人達が笑えば笑い。
哀しめば下を向いて、涙が出ない事を隠す。
それは彼がいなくなっても変わらない。
クラスメイトに合わせ、有りもしない感情をまるで持っているかのように、使い馴れた仮面で演じる。
そう、彼女は…雪菜は道化だった。
しかし、道化は悩んでいた。
半年間のあの日、自分が感じた違和感に…わからないのだ。
ナゼ彼は自分を庇った? 彼はきっと気付いていた。自分に感情が欠落していることを。
なのにナゼ? 道化は悩む。
自分の仮面を、演技を見破った彼を…本当の自分を、仮面の下の素顔を愛していると言った彼を…理解したかった。それが彼への…。
「おはよう雪菜ちゃん。」
「あ…、うん、おはよう。」
雪菜は今日も身体に、心に良く馴染んだ仮面を被って高校生活を送っていた。
クラスメイトは未だに最愛の人を失った雪菜を憐れんでいた。
クラスでも和正は人気だった。
気さくで愛想が良くて、何よりも彼の周りには常に笑顔があった。
そんな和正の本当に優れていた点は観察力だっただろう。
その目は人の本質を見抜いていた。
だからこそ彼の周りは輝いていたのだろう。
しかし、それは同時に、雪菜にとって和正が道化を演じる上での弊害であったとも言える。
彼女は彼を避け、同時に羨みながら生活していた。だがしかし、高校一年の冬に彼女が想像もしていなかった事が起きた。
和正が告白してきたのだ。
そして彼女は羨んできた彼のとったその行為の真意を知りたいが為に了承した。
半年後の六月、彼が死んだ。
誰もがそれを悔み泣いた。
いや、ただ一人、雪菜だけはわからなかった。
これこそが彼女を縛る道化の苦悩であったが、こうして和正を失った雪菜をクラスメイト達は同情の目で見る。
しかし、その同情さえ彼女の心には届かない。
空虚な日々を作業的にこなして高校生活を送る雪菜は基本的に周りに興味が無い。
しかし、そこに愛情があるのならば話は別だ。
和正が死んでからしばらく経ってからの事、雪菜は良く異性から告白を受けた。
が、その全てに愛を感じることができなかった。
そんなある日、雪菜は机の中に手紙が入っていることに気付いた。
…またか。
などと思いながらも封を切るとそこには
『放課後、屋上で待っています。野崎 涙』と書かれていた。
野崎はクラスでも群を作らず、クラスの中でも少し距離をとっている生徒で、雪菜との接点は特に無かった。
しかし、予定もないうえ、何も言わないのもどうかと思い、雪菜は放課後になると屋上へ向った。
屋上のドアは少し錆びていて、開くとギイィと鈍い音がした。
空は曇っていて、今にも雨が降り出しそうな様子で、そのせいか屋上には活気も人気も無かった。
野崎は既に屋上で待っていたようでドアの音に気付いて腰掛けていたフェンスに手をかけて体を起こすと、こちらにゆっくりと歩いて来た。
「急に呼び出してごめんね。」
「いいえ、気にしてないわ。それよりも私に何か用?」
「ごめんよ、少し人前では話し難くて…単刀直入に聞くね?君は道化かい?」
ビクッ! 雪菜の肩が震える。
しかし、彼女も伊達に仮面を被り続けてはいない。
「どういうこと?」
「そのままの意味さ。君と似た人を知っていてね。君は彼と、和正と似ているんだ。」