若奥様!?
第78話です。どうぞ。
軽い足音を響かせながら揺れるポニーテールが宿舎の奥へと消えると同時。グリムが首からギギギッと音が聞こえそうな様子でルミナリア達の方を向いた。
「なぁ……あの娘……主人って言ったよな?」
「ふ、ふふ……奇遇ねグリム。私にもそんなことが聞こえた気がするわ」
「ん……」
三人に続き、顔をひきつらせたルミナリアもこくりと頷く。それからたっぷり五秒間。まるで時が止まったかのように硬直する四人。それもそうだろう。先程の彼女はアドルフ王の手紙の事を「お父様からの手紙」と言ったのだ。
「つまり、さっきの人って……セオルの……」
「ん、お母さん……かも?」
「い、いや、流石に若すぎねぇか?」
グリムの言う通りだった。先程の彼女はあまりにも若かった。いや、若すぎたのだ。そうしていると、フィアナがハッとした表情で呟いた。
「そうなると、今の娘って……私よりも年上……!? あの見た目で……!? うーん……」
「お姉ちゃん!?」
ショックを受け突然よろめくフィアナをルミナリアが慌てて支える。まさに混乱の極致といった様子のルミナリア達。そんな騒ぎは宿舎の奥から二人分の足音が近づいてくるまで続くのだった。
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「待たせたわね……ってあなたたちそんな顔してどうしたの?」
「ん、なんでもない……」
「え、ええ。ところでそちらが?」
フィアナは微妙にひきつらせていた表情を直し、やって来た大柄な男に視線を向ける。
「俺がアルゴだ。親父からの手紙を持ってきてくれたってのはあんた達か?」
「はい。私達は――――」
一行が簡単に自己紹介を済まし、ルミナリアが荷物の中から封蝋のされた手紙をアルゴに手渡す。
「この封蝋は……確かにうちのもんだな。……なるほど、確かにあんた達のことが書いてあるみたいだな。ちょっとばかし信じられない内容も書いてあるみたいだが……」
そう言ってアルゴがルミナリアを見る。
「そこんとこどうなんだ? 女神様?」
「えっ!? ちょっと、何が書かれてたんです!?」
突然予想外の呼び方をされたルミナリアの反応を見て、アルゴが楽しそうにニヤリと笑う。
「ああ。なにやら国宝を砕いたとか、光の翼を持ってるとか……」
「そ……それは……」
「言っただろ? 俺も信じられないってな。それはもちろんなんだが、こんなことも書いてあってな――――」
アルゴが隣に立つ少女の耳許へと顔を寄せ、何かを囁く。途端、隣に立っていた少女がキラリと瞳を光らせ、ルミナリアの顔をまじまじと見つめる。
「へぇ……この娘が……なるほどなるほど。あ、そうだ、自己紹介がまだだったね。私はシャノン。うちの息子がお世話になったみたいね?」
うちの息子。シャノンのその言葉に再び硬直するルミナリア達。そんな中、フィアナが小さく手を挙げる。
「あの、ごめんなさい。どうしても聞きたいことがあるんですけど……セオル君ってもしかしてあなたの……?」
その質問に、シャノンが笑う。
「ええ。私があの子の母親よ。ふふ、こう言ってもみんななかなか信じてくれないのよね」
「ははは……そう言われるのも何度目か忘れちまったよ……。こう見えて俺とシャノンは同い年なんだがなぁ……」
「そりゃ……なぁ……」
とてもそうは見えない、と思いながらも口には出せないグリムなのだった。
(それはそうと、シャノンさんって何処かで見たことがあるような…………うーん?)
よくよく考えると、確かにシャノンとセオルは似ているとは思うのだが、それとはもっと別に何かがあるような気がする。と、ルミナリアがそんなことを考えていると。アルゴがシャノンの肩をぽんぽんと叩いた。
「ははは! シャノン、気持ちはわかるがその辺にしとけ」
「ふふ、そうね。ルミナリアちゃん。またお話ししましょ?」
シャノンがひらひらと手を振ってルミナリアから離れると、アルゴが「立ち話もなんだ。その辺に座ってくれ」と、ルミナリア達を促す。
(ま、いっか……気のせいかもしれないし)
すぐに思い当たらないなら大事なことでもないだろうと、ルミナリアはそれ以上の考えを頭の隅に追いやった。
「さてと、親父からの手紙を読ませてもらったんだが、あんた達はあの黒い結晶の事を知ってるって事らしいが……俺にも聞かせてもらっていいか?」
「そうだな、あれは俺たちが白の国から黄の国に移動してたときのことなんだが――――」
グリムが以前宿場町の近くの山で発見した黒い結晶と、恐ろしく凶悪だったハニーベアとの戦いの事を話し終わると、アルゴが険しい表情で口を開いた。
「黒い結晶と黒いハニーベア、か……俺は黒い魔物には遭遇しなかったが、あの結晶を見た瞬間確かにわかった。知らなくたって感じたよ。あれは、ここにあっちゃダメなもんだってな」
ごくりと誰かが唾を飲み込む。
「それにしても、アルゴさんや他の作業員さん達が黒い魔物に遭遇してなくてよかったです」
「ああ、正直黒いハニーベアの話を聞いてヒヤッとしたぜ。運が悪けりゃ俺も……」
ふう、と溜め息を吐くアルゴの手を不安げな表情のシャノンがそっと握る。
「……いなくなっちゃ嫌だからね」
切実な想いを滲ませるシャノン。アルゴはそんなシャノンの手を握り返すとニカリと笑った。
「おう」
アルゴが短く返事を返し、シャノンの髪を撫でる。
「うん」
たったそれだけの短いやり取り。しかし、それはかけがえのない絆があるからこそのものだと一目でわかるものだった。シャノンの先程までの快活な少女の印象は既に無く、そこにあるのは、大切な人を想う女性の纏った柔らかなものだった。
そうしていると、ルミナリア達の視線に気付いたアルゴが、突然シャノンの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「おっと、すまねえ。また話が逸れてたな。ははは」
どうやら照れ隠しのつもりだったのだろう。髪を整えながら顔を俯けるシャノンの耳が赤くなっている辺り、シャノンも見られていたことを思いだし恥ずかしがっているようだった。
「なんにせよ、あの黒い結晶をこのままにしておけない」
「ん、何が起こるかわからない」
未だにあの黒い結晶が何を引き起こすのかがわかっていない今。早急な対処が必要なことは確かだった。そんな中、くぅ、と場にそぐわない可愛らしい音が響き、全員の視線が集まる。
「ん……ごはんは……大事……」
「アルル……」
「そうね、もうこんな時間だし、あなた達今日はここで休んでいくといいわ!」
話し込んでいる間に、窓の外に見えていた夕陽は既に姿を隠そうとしていた。
「明日の朝。あんた達を坑道に案内する。今日はここでゆっくり休んでくれ。シャノン。頼めるか?」
「もちろんよ! 使える部屋に案内するわ。付いてきて!」
こうして、ルミナリア達はシャノンに案内され宿舎の奥へと向かうのだった。
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では、また次回で会いましょう。




