そんな石ころ一つ!
第69話です。どうぞ。
ゴロゴロと坂の上から勢いよく転がってくる巨大な水晶玉。そして、それを必死に追いかける恐らく十歳程だろう眼鏡の少年。
「「え……」」
ルミナリアとアルルメイヤが、冗談のようなその光景に頬を引きつらせる。
「はぁっ! はぁっ! そ……そこの方! 避けて……くだっ……あっ!」
水晶玉を追いかけていた少年がバランスを崩し転倒する。
「あぐっ……うぅぅぅ……!」
斜面の下に向け、派手に転んでしまった少年。傷だらけの身体の痛みをこらえ、顔をあげる。その視線の先にあるのは、勢いを増しながら転がる水晶玉と、その進路に立つ見知らぬ二人の女の子。そして、更にその先にはまだ事態に気がついていない人々の姿。
「あ……あぁ……!」
猛然と転がる水晶玉は見た目以上に硬く重い。石畳を割り砕き転がりながらも、表面に傷ひとつないことがその証明だろう。そして、もしそんな水晶玉が人に、目の前の女の子たちにぶつかってしまえばどうなってしまうだろうか。
少年の脳裏に最悪の展開が浮かぶ。しかし。
「ルミナ!」
「うん!」
ルミナリアとアルルメイヤは、最初こそ呆けてしまったものの、すぐさま態勢を整え、幾重もの光の壁を展開した。それは、二人が旅の合間に訓練を続け身に付けた防御魔法。ルミナリアとアルルメイヤのプロテクションが交互に配置されたそれはまさに光の城壁のようだ。
「これで!」
水晶玉が最前面のルミナリアのプロテクションに接触する。その瞬間。プロテクションは水晶玉の勢いを僅かに弱めたものの、ぐにゃりと溶け、水晶玉へと飲み込まれる。
「えっ!?」
「ん……あれは……」
一枚、また一枚、水晶玉の勢いを落とすことができずに消滅していく光の壁。水晶玉は、光の壁を食い破る毎にぼんやりとした光を帯びる。それはまるで侵食するかのようにルミナリア達へと迫る。
「嘘でしょ……あれ何!?」
全くの予想外の事態にルミナリアが戸惑う。
「ルミナ! 魔力が吸われてる!」
「アルル! ルミナスブランドで!」
「ん! お願い!」
ルミナリアとアルルメイヤが、展開していたプロテクションを解除する。そして、消えた光の壁と入れ替わるように、壁にも見紛うような巨大なタワーシールドがルミナリアの目の前に創り出される。
「いっけぇ!」
ルミナリアが右腕を振り、タワーシールドが水晶玉へ向かって放たれる。
――ガギッ!
鈍い金属音を響かせタワーシールドと水晶玉が衝突する。だが、既に勢いの乗った大質量の物質はそう簡単に止まらない。
タワーシールドは少しずつ水晶玉の勢いを弱めながらもガリガリと石畳を削りながらルミナリアたちの方へと押し返される。
「くっうぅぅぅぅぅ!!」
ルミナリアが苦悶の声を漏らす。ルミナリアの専用魔法。ルミナスブランドの特徴にして弱点。ルミナリアの操作する物体に抵抗が掛かると消費魔力が増大してしまう。それがルミナリアを苦しめる。
「ルミナ!」
「このままじゃ……厳しい! ならっ!」
これでも止められないと判断したルミナリアが切り札である光の翼を展開する。
「やああああああ!」
ルミナリアから今一度魔送られたタワーシールドが輝き、水晶玉の勢いが目に見えて落ち始める。しかし、水晶玉はその輝きすら吸い込んでいるのか、少しずつ光を増しつつあった。
「あれは……女神様……」
一連の事態を見ていた少年が、目を見開き声を漏らす。しかし、すぐさまはっとし、ルミナリア達へと声をあげる。
「そ、その水晶玉は吸い込んだ魔力を放出して光る性質を持っています! その放出が間に合わないような出力の魔法があれば破壊できます!」
それは、少年にとって重大な決断だった。その決断を迷うことは無かった。何故なら何を優先するべきなのか迷う必要など無かったからだ。
「そんな石ころ一つ! 壊しちゃってください!!」
少年の叫びを聞いたルミナリアとアルルメイヤが目を見合せ、微笑みながら頷く。
「アルル! いくよ!」
「ん! いつでも!」
ルミナリアがタワーシールドを消滅させる。すると、阻むもののなくなった水晶玉が再び加速を始める。左右に別れるようにしてその場から退避したルミナリアとアルルメイヤの間を魔力を吸い、光を帯びる水晶玉が通り抜ける。同時に、ルミナリアがアルルメイヤを祝福する。
「光あれ!」
ルミナリアの祝福を受けたアルルメイヤの腕輪から小さな光の翼が現れる。
「アルル! とっておき! いくよ!」
ルミナリアとアルルメイヤが振り返り、更に加速を続ける水晶玉を見据え詠唱を始める。
「ん! 我が手に宿るは――」
「銀雷の聖槍!」
ルミナリアとアルルメイヤの手にバチバチと音を立てる銀の光が集まっていく。それは、訓練を繰り返し光の翼を展開したルミナリアと、ルミナリアの祝福を受けたアルルメイヤが放つことができるようになった新たな雷光魔法。
「「セイクリッドスピア!」」
ルミナリアとアルルメイヤが放った銀の雷を纏う槍。膨大な魔力が込められた槍は、チリチリと空気を焼きながら高速で飛翔し、水晶玉を刺し貫く。その瞬間。
――キィィィィィィン!!
「わっ!」
「んっ!」
眩い閃光と共に澄んだ金属音が響き渡る。あまりの眩さに一時的に視界を奪われるルミナリアとアルルメイヤ。
「ど、どうなったの?」
「ん……ちかちかするぅ……」
やがて、視界が回復した二人が見たのは。水晶玉が消え去り、石畳には傷跡のみが残されている光景だった。
「なんとかなった……かな?」
「ん、そうみたい」
荒い息を吐くルミナリアとアルルメイヤがぺたりとその場にしゃがみこむ。そんな二人の上からキラキラと物が降り始めた。
「わぁ……」
「綺麗……」
アムドリアの町中に光の粒子が舞う。その異様だが幻想的な光景にアムドリア中がざわめく。
「お二人とも、ご無事ですか?」
その光景に見とれていたルミナリアとアルルメイヤの後ろから少年が声をかける。どうやら転倒した際に痛めたらしい左腕を押さえ、足を引きずる姿はなかなか痛々しかった。
「う、うん。私達は大丈夫だけど……」
「ん、君の方が大丈夫じゃなさそう……ヒール」
アルルメイヤが回復魔法を発動させ、少年を包む光が瞬く間に傷を癒していく。
「わぁ……治癒魔法まで……すごい……ありがとうございます!」
「ん、どういたしまして」
「ところで、さっきの水晶玉はなんだったの?」
「さっきのは魔水晶といいます。中でもあれはアムドリアで祀られている国宝の水晶なんですけど、事故で転がり始めてしまって……怪我人が出なくて本当に良かったです……」
「「……え?」」
国宝の水晶。その言葉にルミナリアとアルルメイヤがぴしりと固まる。
「……ねぇアルル」
「……ん、なに?」
「…………国宝ってどのくらいの値段かなぁ……?」
ルミナリアとアルルメイヤはとんでもないものを破壊したようです。
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では、また次回で会いましょう。




