知らない世界と出会えたぬくもりと
少しだけこの世界の話が出てきます。一気に説明がなくてもどかしく感じる人もいるかもしれません!そこはごめんなさい!(汗
さて、涙が止まった和希はであった2人と話をすることとなります。第2話、どうぞ。
和希の涙が止まるころ、まだ明るかった草原は夕日の赤に照らされていた。落ち着きを取り戻した和希は、自分が抱きしめられていたことに気づく。自分の頭に当たっている2つの柔らかな感触にドギマギする和希。
長い赤髪をポニーテールにした、猫のようなつり目をした20代であろう女性は和希がもぞもぞと動くのを感じ。
「あっ……ごめんなさい……こんな……」
「もう落ち着いた? 」
「はい……ありがとうございます」
「うぐっ……気にしなくていいのよ?……これはなかなかの破壊力ね……」
和希は優しくしてくれた女性を振りほどくわけにもいかず、そのまま女性を見上げる形で話しかけた。今の和希は、特に鏡になるようなものなどなかったため気づいていないが、瞳を潤ませながら、頬を朱に染めながら微笑む銀髪碧眼の美少女の姿がそこにあった。それを見た女性の頬が赤く染まっているように見えるのは夕日の赤のせいだろうか。そして、思わず目をそらしながら女性が最後に漏らした小さな呟きは、そよ風を受ける草原の草が擦れる音に紛れ、和希の耳には届かなかった。
「さて、じゃあ今日はここで休んでいきましょうか。なんであなたみたいな女の子がそんな軽装、いや、町の中にいるような服装でたった一人でこんな危険な場所を歩いていたのか聞かせてもらってもいい?」
「え……えっと……それは……」
言葉に詰まる和希。なぜこんなところにいるのか。それは和希自身が一番知りたい事であったし、女性の言った女の子といった言葉がショックだった。
何も言えないまま訪れたわずかな沈黙。その沈黙を破ったのは。
きゅぅ――
和希のお腹から聞こえてきたお腹の音だった。
和希は目覚めてから何も口にしていなかったのだ。緊張から解放されたことにより、和希のお腹が空腹を訴え始めたのだった。
「ぷっ……あはははは!そうね、ちょうどいい時間だし、ご飯にしましょうか。続きはそこで話しましょ」
「いいんですか? お金なんか持ってないんですけど……」
女性は不意に聞こえてきたかわいらしい音に笑いながら先に立ち上がり、しゃがみこんだままの和希に手を伸ばしてくる。恥ずかしさから真っ赤になりながらも、和希はその手をつかみ立ち上がった。
「もう準備しちゃってるし、気にしちゃダメよ? ここは大人の私たちに甘えときなさい」
女性が指さす方では、こちらもまだ20代だろうと思われる、角兎にとどめを刺した茶髪の男性が野営の準備を整え、何かを作っているようだった。
「グリム、野営の準備任せてしまってごめんなさい」
「お、フィアナ、別にこんくらいかまわないから気にすんな。そんなことより、嬢ちゃんも落ち着いたみたいだな。ちょうど晩飯もできたとこだ。ほれ、そこに座りな」
「ありがとうございます」
野営の準備をしていた男、グリムに促され、先ほどの女性、フィアナと和希はたき火の近くに腰を下ろした。
「ほら、スープだ、明日にはホリティアに着けそうだし、いつもより具材は大目にしてみた。まぁ本格的な料理とはいえんが我慢してくれ」
「いえ! 助けてもらった上に食べ物まで……正直に言うとどうしていいかわからなくて困っていたところなんです……」
「まずは食べましょうか、話はそれからでいいわ」
木製の器に入ったスープを受け取った和希。そのスープは肉と野菜が入った簡素な物であった。しかし、何もない状況にあった和希にとってそのスープはとてもおいしいものであった。
「よし、じゃあ飯も終わったことだし、自己紹介と行こうか。俺はグリム。今はこの先のホリティアで活動している冒険者だ」
「私はフィアナよ。私もグリムと同じ冒険者。今回は最近増えてきた角兎の駆除依頼を受けて行動していたの。あなたが無事で本当によかったわ。あなたの名前は? どこから来たのかな?」
「え……えっと……」
和希の知らない名前の町。冒険者という職業の存在。どうやらここは和希の知っている世界とは違う場所に来てしまったのだと今になって確信した。変わってしまった自分の姿。自分はいったい誰なのだろう。そう思った和希は。
「わかりません……」
俯き、そう答えるしかなかった。
和希のまさかの返答にきょとんとする2人。
「冗談ってわけでもなさそうだな……」
「記憶喪失……? 聞いたことはあるけど実際にそうなった人に会うのは初めてね……なにかわかることはない? どんなことでもいいわよ?」
困っている様子の和希に優しく語りかける2人、本心から心配し、力になろうとしている様子がその表情から伝わってきた和希は、記憶喪失であるという嘘でごまかしてしまうことを申し訳なく感じつつも、自分にわかることを話すことにした。
「あの、僕が気が付いたのは今日のお昼前だと思います。目が覚めたら木の根もとで倒れていたみたいで、近くにあったのはこの杖だけでした。あ、あとはこの腕のバングルくらいしか持っているものはありません」
「杖についてはわからねぇが、バングルか……ちょっと見てもいいか? 俺の考えだと嬢ちゃんがだれなのかはすぐに解決すると思うぞ」
まさかの僕っ娘……と小さくつぶやいているフィアナ。そんなフィアナを放置し、和希の傍にやってくるグリム。和希が出した右手首のバングルを見たグリムは和希に微笑んだ。
「よかったな、やっぱりパーソナルバングルだ」
「パーソナルバングル……ですか?」
再び現れた知らない言葉に首をかしげる和希。
「やっぱり覚えてないのね、パーソナルバングルっていうのはその人が生まれたときに着けられる魔法のバングルのことよ。名前や年齢、職業なんかを記憶する魔法がかけられているわ。そのバングルに意識を集中させてみれば自分についての情報がみられるはず。やってみて」
「は……はい」
和希は最初からファンタジー式の名札のようなものを身に着けていたようだった。和希がフィアナに言われたようにバングルへと意識を集中する。すると身体の奥から暖かい何かがバングルへと流れていくのを感じた。それは、川で溺れ意識を失った和希を優しく包んでいたものと同じものだった。
同時にバングルの表面がうっすらと光りはじめたことに気が付き、驚く和希。
「その様子だと大丈夫そうだな。ほら、見てみな」
グリムに促されバングルを確認する。するとそこには見たこともない言語が並んでいたが、不思議とすらすらと読むことができた。
名前:ルミナリア
性別:女
年齢:14
出身:
職業:
とだけ書かれていた。
「ルミナリア……?」
名前の欄にはしっかりとそう記されていた。職業がないのは当然のことだろうと受け入れたが、性別だけでなく、まさか年齢まで変わってしまっていたとは、目を覆いたくなる和希であった。出身の所に何もないのはなぜだろうか。
「ルミナリア……それがあなたの名前なのね? じゃあ私はルミナちゃんって呼ばせてもらうわ」
「これで名前はわかったな。出身はどこなんだ?」
「それが……何も書いていないんです……」
「え……? そんなはずは……どういうことなの? 記憶がなくなったことに関係しているのかしら?」
「わかんねぇな。俺が知る限りそんなことは聞いたことがないな」
どうやら出身地がない、というのは考えられないことではあるらしい。和希――ルミナリアは、内心では自分が日本から来たのが原因なのかとも考えたが、それは和希の出身地であり、ルミナリアの出身地ではないと自分の考えを否定した。
「ふむ……どうやら俺たちだけで何とかなる事態じゃなさそうだ。今日はもう休んで、ホリティアの神殿で神官から知恵を借りたほうがいいだろうな、お前たちは先に休みな」
そう言ってルミナリアとフィアナに毛布を渡してくるグリム。
「そうね、今日はもう休みましょう? わからないことだらけで疲れたでしょう? グリム、先に休ませてもらうわ。ありがとう」
「あ……」
そう言いながらルミナリアの頭を撫でるフィアナ。その優しい手の感触と毛布のぬくもりに、次第にルミナリアの瞼は落ちていくのであった。
「おやすみなさい、ルミナちゃん」
そう囁くフィアナは、妹を見るかのように優しく微笑んでいた。
優しい暖かさを感じながら眠りにつくルミナリア。
次回は2人と一緒に町に向かうこととなります。




