ここはどこ? 僕は……誰!?
第1話です。前回の初投稿直後、世の作家さんたちはすごいなと思わされました。
もっとうまく表現できていたんじゃないか。受け入れてもらえるだろうかとか不安になったわけですよはい。
そんなこんなで悩みながら書いた第1話です。
和希が自分の身体に起きた事に対し呆然となり、草原にぺたりと座り込んだまま丸々10分ほど経過した。
「とりあえず……今の状況をもう一度整理しなきゃ……」
いつまでもこうしていても始まらないと、その場から立ち上がり、改めて自分の腕や身体を確認する和希。
まず感じたのは、視点の低さだった。和希の身長は170cm程あったはずだが、現在の視点は普段の和希よりも30cm程低かった。
次に見たのは、そよ風に靡いて頬を撫でる、現在の和希の背中までの長さがある銀髪だった。
改めて触ってみると、それはまるで高級な絹を梳いているかのようにサラサラとした感触が手に伝わってくる。
「何だこれ……この髪きれいだとは思ったけど、よくよく触ってみるとこれ……すごい……」
和希は、毎朝優羽に頼まれて髪を整えてあげるのが日課となっていたため、髪の手入れの仕方についてはそれなりに知識がついていた。そのため、いくら手で梳いても引っかかることなく毛先まで指が流れるのはちょっとした感動だった。ただし、それが自分の髪の毛でなければもっと素直に喜べたのだろうが。
和希の通っていた飛鳥学園は服装や髪型に対しては厳しかったため、一度として髪を染めたことなどなかった。それ以前に和希の髪はここまで長くなどない。
「おっと、夢中になってる場合じゃなかった」
いつまでも髪ばかり触っているわけにはいかないと自分に言い聞かせ、身体を見下ろしてみる。
和希が着ているのは、簡素な白いワンピースだった。やはり和希の胸元には小さな丘がある。
そしてその先の細い腰元からはスカートが広がっており、スースーとした感覚に言いようのない不安を感じる。足元は白いニーソックスと皮のブーツを履いていた。サイズは小さく見えるが、今の和希にはぴったりの大きさだった。
肩口からは白磁のように真っ白な腕が続いており、右の手首にはつけた覚えなどない金属製のバングルがあった。そして開いた両手は、今までの和希の手とは似ても似つかないほど小さく綺麗なものであった。
そして、最後に自分の身体を恐る恐る触ってみる。もちろん直接触るという選択もあったのだが、和希にそんな勇気はなかった。
「うわ……ん……」
胸元を触った和希は思わず声を漏らした。和希の両手には今までそこに感じることなどある筈などなかった二つの柔らかな丘があった。そして手を下へと滑らせてみる。ほっそりとした腰は華奢で強い力を加えれば折れてしまうのではないかと思わされる。そして――
「ない……あ……あぁ……これじゃ……僕……女の子……」
そう、股間にあったはずの生まれてこの方16年来の相棒はきれいさっぱりと姿を消していた。
ふらりとよろめく和希は背中に硬い感触を感じた。和希の後ろには一本の木が生えていた。和希はどうやら木の根元で目を覚ましたという事に気が付いた。そして背中に当たるその木には和希の胸までの高さがある一本の杖が立てかけてあった。
「この杖なんだろう? すぐそばにあったし、持って行ってもいいよね?」
和希はその杖、飾り気などまるでないゲームやファンタジー映画に出てくるような木の杖を手に取り、もたれかかっていた木から身を離した。
「いったいここはどこなんだろう?」
周囲を見渡す和希。目の前に広がっているのは広大な草原。右を見ても左を見ても草原が続いている。唯一見えるのは和希の少し先にある、おそらく道であろう土が表出した地面と、その道の続く先に見える壁に囲まれているように見える何かだった。それを和希は見たことがあった。映画やゲームの世界によくある街道と城壁に囲まれた街。もちろん現実では見たことがなかったが。それが和希の眼前に広がっている。
空を見上げる和希、どうやら空の様子はこの場所でも変わらないようだ。太陽の位置からみると、今はまだ午前中といったところだろうか。
「ここは日本……? でも日本にあんな建物なんてなかったよね……あそこに行けば何かわかるかな? ここで一人でいたって何かわかるわけでもないし……」
小さくなってしまった歩幅だが、向かう先は見えているためしばらく歩けば到着するだろうと、和希は杖を手に街道を歩き始めた。あの場所に行けば今の状況がわかる誰かがいるはずだと。
誰も知る人のいないこの場所でどうすればいいのだろうかと。
希望と不安を同時に感じながら。
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しばらく歩き続けた和希、ふと立ち止まり見上げた空に見える太陽は既に真上を通り過ぎていたが、目指す目的地までの距離はまだまだ遠い。
「思ったよりも遠いな、夜までに着けるといいんだけど……こんな杖一本じゃ野宿なんて絶対無理な自信がある、うん。というか道具があったとしても野宿なんてやったことないし」
現代日本にすむ一般的な高校生である和希に、野営の経験などある筈がなかった。そのため何としても町に到着したい和希だった。再び歩き出そうとする和希、そんな和希の近くにあった草むらががさがさと揺れる。
「ん?」
そちらへ視線を向けた和希の前に現れたのは、不気味なほどの赤い目をした、1匹の灰色の兎だった。ただし、その兎は和希が見たことのあるものとは決定的に違うものがあった。
「兎……でも……角!?」
そう、その兎の頭には一本の大きな角があるのだった。
「ブーッ!」
その兎は鳴き声を上げながらジリジリと和希に近づいてきた。
「こいつ……こっちに来るな……来るな!」
明らかな敵意を向けてきている角兎から後ずさりながら持っていた杖を体の前に構える和希。
「シャーッ!!」
鳴き声を上げながら角兎が和希へと飛び掛かっていく。鋭い角が和希に刺さるその寸前。和希は偶然にも足元にあった窪みに足をとられてしまう。
「あっ! ……きゃっ!」
仰向けに倒れた和希は自分の物とは思えない悲鳴を上げながら見た。鋭い角が先ほどまで自分の身体があった場所を通過していくのを。あの角が当たっていればどうなってしまっていただろうか。
突然訪れた命の危機にさらされた和希。仰向けの状態から身体を起こし、座り込んだまま見つめる先には、体当たりを避けられことが気に障ったのか、荒い鳴き声を上げ続ける角兎が再びこちらに角を向けている姿が見える。そして、その更に向こうに、町の逆方向、和希が今まで歩いてきていた方向から馬のような乗り物に乗って走ってくる二人組の姿が見えた。もしかしたら助けてくれるかもしれない、と思う和希。しかし、既に間に合うはずもなく、その二人組が到着するよりも早く、角兎が飛び掛かってきた。
眼前に迫る鋭い角。和希は思わず杖から手を離していた右手を体の前にかざし、来るであろう衝撃に目を閉じる。
「うわあああああああああああ!!」
――ガァン! ガン! ガン!
和希はすぐそばで聞こえた激しく何かがぶつかる音。一度目の激しい音の後も音は続いていた。いつまでもやってこない痛みと、鳴り続ける音を不思議に思い、和希は目を開けた。そこにあったのは、かざした手の先に広がる薄い光の膜。そして、その膜の向こうで膜に向かって角を突き刺し続ける角兎。
「え……これなに……?」
和希は目の前の光景に唖然とした。どうやらこの光の膜で危機から身を守ったようだが、自分で何をしたのか全く理解できなかった。無理もない話だ。和希のいた日本には、いや、世界にはこんな光の膜で身を守るなど実際には存在していなかったのだから。
困惑する和希だったが、膜の向こうに先ほど近づいてきていた二人組がもうすぐ傍まで近づいてきていることに気が付いた。すると1人が急に馬を止め、手綱から片手を離し、こちらへと手をかざすのが見えた。
「何をするんだ……!?」
すると、そのかざされた手からサッカーボールほどの大きさの火の玉が発射され、目の前の角兎に着弾し、燃え上がった。
突然身体が燃え上がり、暴れる角兎。そこに近づいてきたもう一人が馬のような生き物から飛び降りる。
「とどめだ! おらぁ!」
その人物は、一気に暴れる角兎に接近し、その首に向け、腰のあたりから抜いた何かを振り下ろした。
力を失い動かなくなる胴体、その首は体から離れボトリと落ちていた。和希はたった今目の前で振るわれたものがなんであるか、知識では知っていたが、実物を見たことなどなかった。それは剣、今目の前にいる人物はたった今それを振るい、和希を襲っていた角兎を殺したのだ。
「間に合ったか……嬢ちゃん、怪我はないか?」
「は……はい……ありがとう……ございます……」
剣を振るっていた人物。甲冑を身に着けた男が手にしていた剣を鞘におさめ、和希へと話しかけてきた。和希は何とか返事をしたものの、いまだ混乱から脱することができずにいた。そこに、先ほど火の玉を放ったもう一人の人物。紅色のローブをまとった女性が近づいてきた。
その女性は、男性と同じく馬のような生き物から降り和希へと話しかけてきた。
「うん、怖かったでしょ? もう大丈夫だからね?」
その女性は、ぺたんと座り込み、呆然としていた和希の目線に合わせるようにしゃがみこみ、和希の頭を撫でながら優しく語りかけた。
和希はそこで理解した。自分は助かったのだと。この理解できない状況に放り出され、右も左もわからないというのにやってきた命の危機は去ったのだと。じわりと和希の目元から涙があふれ出した。
「うん、今は安心していいんだよ、大丈夫」
女性は優しく語りかけながら和希をそっと抱きしめた。
「う……うああああああああ……」
流れ始めた涙は決壊したダムのように止まらなかった。
さて、状況が全く分かっていなかった和希ですが、ようやく初めて自分以外の人物と出会いました。
次回から少しずつこの世界についての説明が入っていく予定です。