プロローグ 目覚め
今回初投稿です。誤字等ありましたら報告していただけると助かります……
小説を書く、というのは初体験のため右も左もわかりませんが、楽しんでいただけるなら幸いです。
「ん……」
穏やかな陽光の注ぐ草原で銀髪の少女が目を覚ます。心地よい風が草木を揺らす中、眠そうに目を擦りながら少女が身体を起こす。
「あれ……僕何してたんだっけ?」
寝ぼけ眼を擦りながら少女が周囲をキョロキョロと窺う。そして、その眼が驚いたように見開かれた。
「っていうかここどこー!?」
視界一杯に広がるのは一面の大草原。右を見て、左を見て、また正面を見る。そうして愕然とする少女は、先程から首を動かす度に視界に入るキラキラと光る銀色の糸に目を引かれる。銀色の糸を触ってみるとサラサラと手を流れて行く感触が気持ちいい。そして気づく。
その銀色の物は自分の髪の毛であることに。視界に入る自分の手と指が見慣れない程細く、真っ白であることに。
「これ……なに……声も……え? え!?」
これまた聞きなれない可愛らしい自分の声に驚きながら真下を向くと、そこにあるのは外出には向かないであろう薄手の白いワンピースを着ただけの身体があった。
「嘘でしょ……?」
少女が震える手で恐る恐ると行った様子で身体に手を触れる。喉元からゆっくりと胸へと手を滑らせていく。そして、掌でゆっくりと胸へ触れる。すると、そこには小さいながら確かな柔らかさを伝えてくるものが備わっていた。
そして、先程以上に慎重に自分の下腹部に手を伸ばし、そこからゆっくりと手を下ろしていく。そして、股間をそっと触れ。
「ど……どうなってるのおおおおおおおおお!?」
もう叫ぶしかなかった。まさに混乱の極致だった。そして、彼だった少女は記憶を辿る。自分の記憶に残る先程までの出来事を――――
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「はぁ……ここまで土砂降りになるなんてな……」
進藤 和希は、窓の外で降る大雨を見ながら溜め息をつく。時刻は13時30分。本来ならばまだ授業が行われているはずの教室は、突如進路を変え猛烈な雨と風をもたらした台風により、緊急の職員会議が行われることになったため自習となっていた。
和希の所属する2年2組の教室では、教師の言いつけを守り真面目に自習をしている者は少数であり、大半のクラスメイトは突然進路を変えた台風の話題で持ちきりだった。
「あ~もう最悪! 天気予報じゃ台風は逸れるんじゃなかったのーっ!」
「こんなに強い台風なんてテレビでも言ってなかったのにね」
「そういえば……最近原因不明の異常気象が世界中で起きてるとかいう話を昨日のニュースでやってた!」
窓の外を見ていた和希の耳にそんな会話が聞こえ、確かに最近その手の記事が大きく扱われていた事を思い出す。そうしていると教室の入口の扉ががらりと開き、入ってきた男が教壇に立った。
「おいおいお前ら! 今は自習だっただろ? まぁ気持ちはわかるが……早く席に戻れよー」
ざわつく教室に、苦笑しながら入ってきたのはこのクラスの担任の白石だ。
「あはは、ごめんなさーい!」
「だってこの台風だよー? 気になるんだから仕方ないでしょー!」
笑いながら自分の席に戻っていく生徒たちに白石は苦笑する。いつもだるそうに見える彼だが、困っているときには親身になって相談に乗ってくれるため、生徒たちからは慕われている。
「さて、全員席に着いたなー。じゃあ会議の結果について話すぞー。まぁお前らの予想どおりだろうが、今日の授業は中止になった。これ以上天気がひどくなる前に下校してもらうことになった……ったくあの石頭教頭め……わざわざ会議なんかしなくてもこの状況なら即決でいいだろうよ……」
生徒達は授業が中止になった辺りで再びざわつき始めたため、白石の最後のつぶやきは誰の耳にも届かなかった。
「はいはい、まだ話は終わってないぞー。こんな荒れた天気なんだ、特に川の近くを通るやつなんかは特に注意しろよ? もし川に落ちでもしたら本当に危険だぞ? じゃ、解散。念を押すがおまえら、帰る時はくれぐれも気をつけろよ?」
そうして白石が教室を後にすると同時に、生徒たちはすぐに下校の準備を始めた。
「おい和希。準備できたか? いつまでも学校に残ってたっていいことなんてない! さっさと帰ろうぜ!」
和希が帰り支度を整え、鞄を机の上に置いたところで、和希が通う中高一貫校である飛鳥学園に入学したときからの友人。佐々木 圭祐が話しかけてきた。圭祐は、なかなか整った顔をしているのだが、しゃべると三枚目、というのが周囲の評価である。しかし、気さくな性格で、クラスのムードメーカーというのが共通の認識だろう。和希は入学したばかりの頃、偶然にも隣同士だったことと、近所に住んでいたことがきっかけで仲良くなり、今でも圭祐と行動することが多かった。
「ちょうど僕も準備もできたとこ。たぶん優羽も帰る準備出来てるだろうから行こうか」
「さすがシスコ……妹思いだな! さすがにこの天気なら、優羽ちゃんと一緒に帰ってあげた方が安心だろうしな!」
「なぁ圭祐? 今聞き捨てならないことを言いかけなかったか?」
「はは! 気のせいだろ?」
和希はじとりと圭祐をにらみながら鞄を掴み立ち上がった。
「誰がシスコンだよ……まったく……」
「なはは! ほら、さっさと中等部に向かおうぜ!」
和希の妹、進藤優羽は、和希と同じく飛鳥学園に通っているが、中等部に通う2歳年下、14歳の妹だ。圭祐はよく和希の家に遊びに来ていたため、和希を通して優羽とも親交があった。
飛鳥学園は漢字の「日」のような形をしている3階建ての建物だ。3つの渡り廊下によって高等部と中等部が接続されており、1階に1年生、2階に2年生、3階に3年生の教室があるという作りになっている。和希たちが優羽のクラスである中等部3年1組の教室の前にたどり着くと、教室の前の廊下で、見慣れたツーサイドアップの女の子、優羽が友人たちと会話していた。
「優羽、今から変えるところだけど、もう大丈夫か?」
「あ、お兄ちゃん、それに圭祐さんも……」
和希たちに気づいた優羽は、周りにいた友人たちに小さく手を振り、和希たちに近づいてきた。
「迎えに来たよ。こんな天気だし。一緒に帰ろうと思ってね」
「優羽ちゃん! 和希の奴は優羽ちゃんが心配で仕方ないらしい……いつもなら妹離れはいつになるんだろうなーとか言うところだが、今日ばかりは俺も和希と同意見だ、俺は途中までだが一緒に帰ろうぜ」
進藤家は、身体の弱かった母親が早くに亡くなっており、現在は父と和希、優羽の3人家族である。父の昭は出張で長期間家を空けることも多く、昔から和希と優羽が協力して家事をしていた。そんな和希と優羽の兄妹仲は良好であり、友人である圭祐からは「和希は完全にシスコンだな、妹離れはいつになるやら」とからかわれている。
「はい、お兄ちゃんは心配性なんだから……。佐々木さんもですよ? でも心配してくれてありがとうございます」
そういいながらも嬉しそうな優羽が微笑みながら小さく頭を下げ、和樹の隣に並び歩き始める。
「この兄にしてこの妹あり、だねぇ」
「佐々木さん、なにか言いましたか?」
「いーや、なんでもないよ。さ、帰ろうぜ」
和希たちは突然進路を変えた台風や、異常気象のことを話題にしながら下駄箱に向かって歩いて行った。
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「雨も風もまた強くなってきてないか!? すでに靴の中どころかズボンまで濡れてすごいことになってきてるぞ!」
圭介の言う通り雨風は先程よりも勢いを増しており、もはや降るという域を越え、横から叩きつけてきている、と言えるような状態だった。そんな中、優羽が風の煽りを受けバランスを崩す。
「きゃっ! あ……お兄ちゃんありがとう……」
「優羽、風が強くなってるから気を付けて」
徐々に風が強くなってきている影響だろう。同年代に比べても小柄な優羽は先程から転びそうになる頻度が上がってきていた。そうしながら歩みを進める和希たちがどうにか家の近くの橋へと差し掛かる。ここを渡った先に和希達の家はある。
「おい、川がすごいことになってるぞ!」
圭祐の指差す橋の下にあったのは、まるで怒り狂う自然そのものを表すかのように恐ろしい勢いで流れる濁流だった。
―――もし川にでも落ちて流されでもしたら助からんかもしれんからな?
担任の白川の言葉が和希の頭を過る。
「和希、もう傘なんて使ってるだけ煽られやすくなって危ないぞ!」
「幸いもう家はすぐそこだし、そうしよう!」
どうやら和希と全く同じことを考えていた様子の圭祐に同意し、和希達は傘を畳み橋の欄干に捕まり橋を渡り始めた。
普段ならば1分もあれば渡りきれるであろう長さしかない橋をじりじりと進んでいく。ごうごうと音をたてる真下の濁流の音を聞きながら橋を8割程進んだ頃。丁度和希達が「もう少しで渡りきれるかな」と、思い始めた時。
和希の運命を決定的に変える事件が起きてしまった。
「もう少しだ! これなら大丈夫そう!」
すぐ後ろにいた2人に振り返りながら声をかける。圭祐はすぐ傍にいたが、優羽だけは2~3歩ほど離れた場所にいた。もっと優羽に気を配ってやっていればよかったと和希が考えていると。
一際強烈な突風が吹いた。
――ゴゥッ!
「うわっ!」
「くっ!」
「きゃあっ! ……あっ――」
突然の突風。
煽られる体。
欄干を掴み何とか踏ん張る和希と、運悪く転倒してしまった圭祐。
そして、橋の欄干へと投げ出されていく優羽。
足が浮き、助けを求めようと伸ばされた優羽の手。
それが――
欄干の――
向こうに――
消えて――
「優羽ぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
その時の和希の頭に躊躇いなどなかった。優羽を助けなければ。今すぐ追いかけなければ。ただそれだけしか和希の頭にはなかった。
「優羽ちゃん! 和希! あ……あぁ……!」
突然の事態に動揺している圭祐を気にかけている余裕などなかった。
和希は手に持っていた鞄と傘を投げ捨て。荒れ狂う濁流の中に飛び込んでいった。
(優羽! 優羽! くそっ! 僕がもっと近くにいたら!)
和希が自責の念に囚われながらも濁流の中を必死に進んでいた、いや、和希もまた流されていただけなのかもしれない。しかし、荒れ狂う濁流の先に溺れそうになっている優羽を見つけることができたのは奇跡と言えるだろう。
「おに……ちゃ……助け……!」
「優羽! 待ってろ! すぐ行くからな!」
流されながらも和希を見つけ、手を伸ばす優羽。濁った川の水をかき分けながら進む和希。だが、2人の距離はなかなか縮まらなかった。
「くそっ! このままじゃ!」
焦る和希の視界に入ったのは、この濁流で倒れたのであろう、本来ならば川の上流の土手に生えている一本の木だった。その木は倒れながらも流されず、その場にとどまっていた。あの木に掴まることができれば、木を伝って岸まで戻れるかもしれない。和希に一縷の希望が生まれた。
「優羽! あれだ! あの木に掴まれ!」
優羽からの返事はなかった。しかし、必死に木の方へと手を伸ばしているのが見えた。どうやら和希の声は届いたようだ。
運のいいことに倒木はこのまま流されていけば、何とか掴まれそうな位置にあった。優羽はその木になんとかしがみついた。そして、数秒後には和希も優羽のすぐそばの位置にしがみつくことができた。
「優羽! 大丈夫か!?」
「お兄ちゃん! おにっ……ちゃん……うっ……」
怖かったであろう泣きじゃくる優羽。和希は優羽を安心させようと優しく話しかける。
「もう大丈夫だからね。よし、じゃあこの木を伝って岸に戻ろう!」
「うん……うん……!」
和希と優羽は木を伝いゆっくりと岸に向かって進んでいく。歩けばすぐにたどり着けるはずの距離が、今だけは途方もなく長い距離に思えた。
「優羽……あと少しだからな!」
「はぁっ……はぁっ……」
元々小柄で体力がなかった優羽の息は絶え絶えだった。そんな優羽が流されないように和希が支えながら徐々に進んでいた。
(もう何があっても離すもんか……! 絶対に優羽は助けるんだ……!)
互いに励ましあいながら進んでいたのはどれほどの時間だっただろうか。岸まであと少しの所まで来ることができていた。そんなとき、その揺れは急にやってきた。
――ぐらっ
「そんな……!」
「……っ!」
今まさに和希たちがしがみついている倒木が激しい水の流れに負け、ついに揺らぎ始めたのだ。
「大丈夫だ! まだ急げば間に合う! 優羽あと少しだ!」
和希の言葉に頷いて返す優羽。徐々に傾いていく倒木。焦りを感じる和希の耳に誰かの叫び声が聞こえてきた。
「――おい! どこだ!! 和希! 優羽ちゃん! 頼むから返事してくれ!!」
それは、濁流へと飛び込んだ和希を走って追いかけてきた圭祐の声だった。和希たちはだいぶ流されていたのだが、思ったよりもこの木を伝うのに時間がかかっていたようだ。
「圭祐えええええ! ここだあああああ!」
「和希!!」
和希の声に気が付いた圭祐が倒木のそばまでやってくる。
「頼む! 圭祐! ……優羽を引き上げてやってくれ!」
「わかった! 優羽ちゃん! こっちだ!」
徐々に傾いていく倒木。優羽は和希に支えられながら圭祐に向かって必死に手を伸ばした。
「よし! いくぞ!」
圭祐は優羽の腕をつかみ、そのまま岸へと引き上げた。
倒木はさらに傾いていく。
「圭祐さん……お兄ちゃんを……!」
「あぁ! 和希! 早く手を伸ばせ!」
「くっ……圭祐……優羽……!」
傾きは止まらない。先ほどまで圭祐の手の届く位置にあった和希の身体は倒木が傾いていくと同時に距離が離れてしまっていた。
「くそ! 和希! 急いでこっちに……うわっ!」
身を乗り出して和希に手を伸ばそうとする圭祐の足元の土がぼろりと崩れる。なんとか川に落ちることがなかった圭祐だったが、すでに足場はボロボロであった。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
「和希!」
崩れていくのは足場だけではなかった。
当然そのすぐそばにあった。
和希の捕まっている木が引っ掛かっていた場所が。
水に耐えられなくなり。
倒木が流された。
しがみついていた和希とともに。
「和希いいいいいいいいいいいいいい!!」
「お兄ちゃあああああああああああん!!」
和希は2人の叫び声を聞きながら再び濁流に流されていく。
「早く……どこかに捕まらないと……! うわっ!」
荒れ狂う濁流によって激しく揺れる木から、和希は振り落とされてしまった。
大雨によって水位がかなり増している川は、身長170cm程の和希の足が届くものではなくなっていた。濁流の中で和希は上も下もわからないほど振り回される。呼吸をするため水面を目指そうにもどちらが水面なのかわからない。酸素を求め必死にもがく手足も意味をなさず、ただ体力を消費させていくだけであった。
そんな和希の頭に強い衝撃が走る。どうやら川に流されながら何かでぶつけてしまったようだった。
(くそ……優羽……父さん……僕は……)
そして、和希の意識は真っ暗な暗闇に落ちるように、途切れた。
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それは暖かい何かに包まれているような、無重力の空間に漂うような。不思議な感覚だった。
(あぁ……ここはどこだろう……あったかい……)
和希はこの暖かい空間で微睡んでいた。目を開こうとするも、その瞼は重く、閉じた瞼越しに入ってくる光から、自分がただぼんやりと明るい空間にいるのだろう、という事だけがわかった。
(身体が全く動かない……でもなんだろう……安心するような……さっきまで川の中にいたはずだけど……どうなったんだろう?)
そう、さっきまで和希は濁流の中にいたはずなのだ。今は体を振り回されている感覚も、水の冷たさも、息苦しさも感じることはなく、あるのは暖かさと安心感だけであった。
「ごめんなさい……」
ぼんやりとした和希の頭に響く女性の声があった。
(誰の声……?)
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
その声は謝罪を繰り返しているようだった。
(何を謝っているんだろう?)
和希は聞こえてくる声がただ謝罪を繰り返していることに疑問を感じた。
「私はあなたに謝らなければならないのです。いえ、本来ならばもっと多くの人々にも……しかし、私に残されている力はもう僅かでした……なんとかあなたを見つけ出し、こうして迎えるのがやっとでした」
(もしかして、僕の考えてることが?)
「はい、今は話すことができないでしょうが、あなたの心の声はこちらに聞こえています。今あなたの意識は世界の狭間にあります。本来ならば先ほどの濁流で消えていくだけであったあなたの意識をここにとどめさせて頂きました」
(僕は……死んだんですか……?)
「……はい」
(あぁ……そっか……優羽は大丈夫かな……)
自分は死んだ。不思議とその事に対して恐怖は湧かなかった。和希は自分のことよりも、自分がいなくなってしまった後の大切な妹の心配をしていた。
(これから僕はどうなるんですか?)
「あなたをここに呼んだのは、あなたにお願いがあったからなのです」
(お願い? 死んでしまった僕に出来ることなんかあるんですか?)
「あなたには力があるのです。私たちの世界にもいないほどの――の力が」
(え?)
和希は女性の声をうまく聞き取ることができなかった。
「いけない、もう時間が……私の力も限界ですか……」
(どういう事なんですか!? 僕は……どうなるんですか?)
「あなたの世界の人々は、魂に適性はあっても身体に魔力を備えていないのです。これから起きることに戸惑うでしょうが、どうか――を――」
戸惑う和希へと焦ったように語りかける女性の声。その声を聞きながら、和希の意識は再び途切れていく。濁流の中で感じた落ちていくような感覚ではなく、優しい暖かさに包まれていくように。
「今はただ、身を任せてください。おやすみなさい――私の――」
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「そう……だった……僕は……」
一連の悪夢のような出来事を思い出した少女――――和希が空を見上げる。
「死後の世界ってやつじゃないよね? それに、あの夢みたいな場所は……」
何もかもがわからないことだらけだった。とりあえず今の和希にわかっているのは。
「なんで女の子になってるのさあああああ!?」
そんな事実だけだった。