日常
シュトラス国シュトラス城の少し離れた場所。そんな人のほとんど来ないようなところに小屋がひとつあり、その小屋に少女と呼べる歳の2人がいた。椅子に座り作業をしている銀髪の少女。それを興味深げに見ている砂色の髪の少女。作業をしている少女はセレン。それを見ているのはクレアという。この2人はシュトラス国王女王直属の部隊『ソリトゥス』の副隊長と隊員である。
「セレンってやっぱり器用だよねー」
「そうかな?普通だと思うけど」
「私前作ろうかなーって思ったんだけどうまいこと行かなかったんだよねー」
「クレアは不器用だからしょうがないよ」
「はっきり言わないでよ…料理も裁縫も苦手で困ってるんだから…」
「それでもなんとかしようって頑張ってるクレアは偉いと思うよ」
セレンはクレアの頭を撫でながらそう言った。
「だってこれくらいできないとお嫁に行けないじゃん!それにせっかくセレンが教えてくれてるのに…」
「ふふっ」
「バカにしてるでしょー!」
「してないしてない…可愛いなぁって思っただけだよ」
そうやって話しているあいだもセレンの手は止まらない。そうやってじゃれあってるうちに一本の杖が完成した。
「ほら、できたよクレア」
「ありがとうおねーちゃん!」
「どういたしまして。クレアは魔力量が変動するからね。今回は割と大きくなっても大丈夫なように作っといたしいざとなれば武器にもなるようにしといたから」
「至れり尽せりありがとうございます。おねーさま」
姉と呼んでいるがこの2人、血が繋がっているわけではない。クレアはセレンに拾われ魔力の使い方から教えられたため姉のように慕っているだけだ。
「じゃあクレア、模擬戦闘しようか」
「する!」
新しく出来た杖を早く試したいのかクレアは少しはしゃいで魔術模擬戦のできる場所に移動した。
「急いでも立ち会いが来るまでできないよ?」
「わかってるけどセレンとの模擬戦久しぶりだし杖も早く試したいんだもん!」
ふたりが魔術模擬戦のできる場所に着いた時時既に人が来ていた。
「もう着いてたの?まだかかると思ったんだけど。オルハ」
オルハはソリトゥスの隊長である女性で胸がでかい。
「近くにいたしふたりが戦うなら見たいなって思ったもの。だからほら」
そう言って近くの木陰を指さした。
「うっわ…みんないるくない?これ」
「なんで集まるのかなぁ…」
「そりゃセレンとクレアの戦闘は参考になるしな!」
そう言って出てきたのはユウェルという何でもできるがどれもそこそこしかできない器用貧乏な少年だ。
「参考になるとは思えないんだけど…」
「ユウェル!私がセレンとの戦闘終わったら模擬戦付き合って!」
「いいぜ。俺が勝ったら今度買出しの時おごってもらうからな。けどセレンと戦った後でそんな体力残るか?」
「ふん、望むとこよ。…多分?」
「今ユウェルとクレアどっちが勝ってるんだ?」
そう質問したのはカイト。この部隊で割と年上な青年だ。
「132戦66勝66敗」
「驚くほど拮抗してるというかよくそこまで戦うな」
『 ユウェル(クレア)に負けたくないし(ねーし)』
「クレアーそろそろ始めよー」
「はーい!」
ふたりは向かい合って立った。
「それじゃあ行くわよ。…始め!」
「其は刃 切り裂け」
「我を守れ炎!そんでもって彼の者を焼け!」
セレンが開始直後弱めの攻撃魔法を放つ。クレアはそれを炎で受け止め風の勢いをそのまま生かしセレンに返した。
「其は盾 守れ 渦よ、裂け」
セレンは風でそれを消し去り小さな竜巻をいくつも作りクレアの周りに放った。
「うわっ!」
クレアは小さな竜巻に囲まれ身動きが取れなくなりかけるが炎で足場を作り上に飛び逃げた。
「追え 我を運べ 纏え」
「焔よ敵を切り裂く刃となれ!」
セレンは小竜巻を追いかけさせ自分は風の力で飛び腕に真空状の風を纏わせた
「俺も風使えるけど飛べねぇぞ…」
「僕も炎は扱えますけどそれを利用してジャンプとか無理ですし剣を作るなんて無理です」
ユウェルとアシュタルはセレンとクレアと同じ属性が使えるが魔力量が違う。魔力量が多いほど弱い術でも強くなるが暴走させると手に負えなくなる。部隊の全員が集まったのはどちらかが暴走した際ひとりでは抑えきれないからというのもある。
「焔の翼!」
クレアは背中から炎の翼を生やしそれで空中を飛び小竜巻をかき消した。
「疾風よ、運べ」
「え、消え…」
セレンは瞬間移動のようにクレアの背後に周り翼を切り落とした。
「わ、あ、落ち…」
翼を切り落とされたクレアは当然重力に従い落ちていく。あと少しで地面にぶつかると思った瞬間クレアはふわりと浮き着地できた。
「セレン…」
「切り落とされる可能性に備えておかなきゃ危ないよ?それに、油断禁物」
セレンは一瞬でクレアの懐に入り首筋に刃を当てようとした。
「わわっ」
クレアはとっさに杖で弾いた。
「そこまで」
そこでオルハが試合を終わらせた。
「まだ行ける!」
「ううん。クレアの負け。」
「なんで!」
「クレア。首。少し切れてる。」
「え、あ…」
クレアの首にうっすらとした切り傷があった。
「私が纏ってるのは風。真空波を飛ばせばそのまま切れるよ?」
「あー…そっかー…」
「あたし。癒す。」
「ありがとう。メリア」
メリアはまだ幼く舌っ足らずな喋り方だが癒しの魔法にかけては五指に入るくらいにうまい。
「癒しの水よ、我が友を癒したまえ…これで治った。」
「ありがとね、メリア」
クレアはメリアの頭を撫でた。
「えへへー」
「クレアは攻撃特化だから火力はあるんだけどまだ注意が足りないね」
「考えるより前に体が動くんだもんー」
「ちょっとは頭を使ってください。クレアさん。せっかく強いんですから…」
「アシュタルが考えすぎなんじゃない?たまに考えすぎでワンテンポ遅れるし。」
「う…そこ突かれると痛いですけど…」
隊長のオルハ、副隊長のセレン。クレア、ユウェル、カイト、メリア、アシュタル。この7人が直属隊メンバーである。
「次クレアとユウェルが戦うんだっけ?」
「オルハさん無理っす。私疲れた。」
「まぁセレンと戦ったらそうなるよな」
「え、私全力じゃないんだけど…」
『 全力出されたら死ぬからやめて(くれ)(ください)』
「みんなして言わなくていいじゃない!」
「はっはっは。それくらいセレンは強いということさ。誇るといい」
「国王!」
城の方の影から国王が出てきた。みんなはとっさに跪こうとしたが止められた。
「堅苦しいのはなしだ。仕事じゃないんだ」
「王がそう言うならやめておきましょう」
隊長のオルハが代表して言った。
「セレンだけでなくみんな強くて頼もしいです」
「王女まで…政務は大丈夫なんですか?」
「休憩だ休憩」
「お兄様は抜け出してきたのです。じいが探してましたよ?」
「知るか。というかセティアだって抜け出してるだろう」
「わたくしはお兄様を探しに来たのです」
「ミイラ取りがミイラになるだけだろう」
「多少の休憩は必要ですっ」
シュトラス国はこの兄妹で支えている。まだ年若いふたりの王を支えているのがじいと呼ばれている存在である。先代女王のマルタ=シュトラスの頃から国政を手伝っており、ふたりをサポートしている。
本来であればもう少し後に王位継承するはずだったが王女が殺されたため急遽2人が統治することになった。そしていまだにその犯人は捕まっていない。2人は王位を継いだ後すぐにこのソリトゥスを作ったのだ。母の仇を取るため。そして自分たちの警護のため。
「ロゥディア王、セティア王女、私たちは休憩でおやつを作ろうと思うのですが一緒にいかがでしょう?」
「そうだな。貰おうか」
「セレンの作るおやつは美味しいから楽しみです!」
「楽しみにしててください。アシュタル、お茶煎れてくれる?」
「どういうのを作るかにもよりますけどいいですよ」
「今日は季節の果物を使ったタルトにしようかなって思ってる」
「だったらお茶は────」
ソリトゥスの日常は王または王女の命令がない限りはこんなふうに穏やかに過ぎていく。束の間の安らぎ。任務が入れば穏やかに過ごせないのだから。