夏
耳鳴りがする。
トントンと一定のリズムで野菜を切る音がする。
こういう音ってふと聞いてみると、なんだか落ち着きませんか、お母さん。
けれど、僕には落ち着けない出来事があるんですが。
「ねぇ、母さん」
「なんだい?春樹?」
「そんなに肌焼けてたっけ?」
僕の記憶にない母の姿である。本来、肌は肌色にほんのりと薄く白を混ぜた色をしていたはずである。今の肌は、白というより黒と言える程度には焼けている。だが、他の部分は僕の記憶と合致するように見えた
。
「焼けてたわよ。一週間前からね。あんたも見てたましたよね?」
「何が?」
「はぁ……一週間前の8月9日に家族みんなで海に行ったじゃない。もう忘れたの?薄情ねぇ」
お母さん悲しいわぁと手で目を覆い隠した。その歳になって泣き真似は恥ずかしいですよ、お母さん。
どうでもいい話だが、僕が住む××県は海がない。だから、県を跨いで行かなければならない。そのとき、どうしても時間が掛かるのである。まあ、その移動時間も楽しみの一つなのだが。
「あれ?そうだっけか。いや、寝すぎたかな」
「そうよ。夏休みだからって眠りすぎなんじゃないの?」
「まあね」
「まあねじゃないわよ。威張るとこでもないわよ?今度から気をつけなさいね」
「了解です、大佐」
「むむ、サーをつけなさいサーを」
「サラダいつまで作ってるのサー」
「あらやだ、話しかけた春樹のせいだからね!春樹が食べるのよ?あと、寒いネタは挟まないでくださいね」
あなたには言われたくないですよ、お母さん。
「わかったわかった。気が向いたらちゃんと食べるよ」
「向いたらじゃなくて向かせなさいよ」
「それは暴論ですよ、お母さん」
いつかの夏の日の出来事である。