恋煩い
電撃2000字お題【桜の下で待ってるあの人】の期間に書いた作品です。
私の掌編九作目になります。
「にゃんてこったい!」
この言葉に特に意味はない。しいて言うなら、今日が僕の十八歳の誕生日「二月二十二日」だからだ。
そう、猫の日。ちなみに僕は犬派だ。うちの家族の一員、マルチーズの「元気くん」にメロメロだ。
話がそれた。
僕の誕生日を祝ってくれるのは、いつも家族だけ。毎年、近所のスーパーのフライドチキン(骨なし)が四人用のテーブルを彩る。
「十七になったら、よりいっそう勉強頑張らないとね~」
母が呑気に言う。
僕の成績は全教科学年トップ(下から)。それはあんたも知ってるだろう、そろそろ諦めな、とは言わない。母の「勉強頑張れ」の言葉は毎日出るので、今ではスルーしている。
「そろそろ、彼女の一人くらい作らないとねっ」
一つ下の妹、マミが言う。
お前も彼氏いないだろう、とは言えない。
何たって、彼女はうちの高校で有名な「小動物系美少女」だ。栗色のショートヘアに、黒目がちで円らな瞳。おまけに子犬のように人懐っこい。恐らく、彼氏を作ろうと思えばすぐに作れるだろう。
「このままじゃ、お兄ちゃんはいつまで経ってもチェリ……」
「おおっとぉ! 幼気な美少女がそんなことを言うんじゃないっ!!」
目を見開きながら、両手で口をおさえるマミ。自分でも危ないと思ったようだ。
彼女はたまに規約に触れそうなことも言うので、こっちは気が気じゃない。
「でも、お兄ちゃんに彼女ができない間はあたしも彼氏作らないよ。お兄ちゃん可哀想だもん」
だが本来は、そんな泣けるセリフを恥ずかしがることなく言ってくれる、兄想いの優しい子だ。
ちなみに父は僕たちのやりとりを静観している。……と思ったら居眠りしてやがる!
家族水入らずの食事を終えると、マミが勢いよく立ち上がり話しはじめた。
「ではでは、そろそろケーキタイムですよっ。あたしが取ってくるからみんなは待っててね」
母とマミがケーキを買ってきてくれていたようだ。多分、僕の大好物であるイチゴのショートケーキだろう。僕の祝い事には、決まってそれなのだ。
「お兄ちゃん、ごめん……」
「え? 何が?」
「イチゴショート売り切れてて、違うケーキにしたんだ」
「そ、そうか」
「お兄ちゃんイチゴ好きなのに、ごめんね」
「いや、いいんだ。僕のために買ってきてくれただけで十分嬉しいよ」
「そう? えへへ……」
ん? おかしいな。照れたマミがいつもより可愛く見えるぞ。十八歳になって、色々制約から解放されたせいだろうか。よく分からない。
「ケーキ、僕が取ってくるよ。マミも座ってな」
「え~。ダメだよぅ。お兄ちゃんは今日の主役なんだからさ。いいから待ってて!」
小走りで冷蔵庫へ向かう姿はまるでうさぎさんだ。自然と頬が緩んでしまう。
数秒後。
幼い顔に満面の笑みを浮かべながら、マミがケーキの皿を持ってきた。
「じゃじゃーんっ。お待た――」
「きゃいんっ!!」
その瞬間マミは、床で寝ていた元気くんにつまづいてしまう。
マミは前のめりになりながら、ケーキを皿ごと上に放り投げた。
スローモーションに見える光景。ケーキが空中で分解をはじめる。
「ひゃぁ~~っ!!」
「マ、マミっ!」
彼女はそのままテーブルに両手をつく。
奇跡的に、皿は僕の手の上に着地した。
ただ、そこにあったのは皿だけだった。
「はぁ~。怖かっ……」
――べちょん。
マミの頭はケーキの皿の役目を果たすこととなった。
「う、うえぇん……。ケーキがグチャグチャだぁ……」
頭からケーキを浴びたマミが、絶望感あふれる声で呻く。
「あらあら、何か拭くもの。その前におトイレ行ってくるわ~」
母は何とも呑気に、トイレに向かった。いや、その緊張感のなさはマズいっしょ。
父はその様子を静観……もういいか。
とにかく、まともに動けるのは僕しかいない。
「拭くもの取ってくる! 他に汚すといけないから、マミはじっとしてろよ!」
「わ……わかった。や、やだ~。服の中にも入っちゃったよぉ……」
半ベソをかきながら、服の中に入ったケーキを出そうとするマミ。その光景が、僕の動きを止めてしまった。
僕はあろうことか、彼女の姿に見惚れてしまったのだ。
まるで、彼女がケーキの国のお姫様になったかのようだ。生クリームやスポンジを体にまとい、戯れているかのよう。そして彼女の頭上には、小鳥がとまるかのように果物が乗っている。
「お兄ちゃん早くしてよぉ。待ってるんだからぁ……」
「はっ! ご、ごめん!」
さくらんぼの下で頬を膨らませるマミは、今日一番に可愛かった。
この日は僕の誕生日。
そして、妹に恋心を抱いてしまった日。
「……にゃんてこったい」
お題がなければオチが死ぬという自爆作品です。
ただのホームコメディとして楽しんでいただければ(汗)