7話 薄情な同僚
「アスタリスク魔術師、まずは冷静に、冷静に話し合いましょう」
「何を言っているんだ? 俺はこれ以上ないぐらい冷静にお前らにお礼をしようとしているじゃないか」
俺は両手を上げたリストに、攻撃魔法用の杖を向けながら笑いかけた。俺も別にこのまま攻撃しようとしているわけじゃないし、あえて杖を向けなくたってリストぐらいなら倒せると思っている。
ただ脅し目的だと、杖を突きつけた方が理解してもらいやすいのだ。
「自分が忘れたのが悪いのだろう。それを私達の責任にされても迷惑なのだが?」
「エンド魔術師も刺激しないで下さいよ」
涙目になりながら、リストが訴える。確かコイツは元々研究者志望で、タイミングよく軍などを経験せずにここに配属されていたはず。きっとこういうことには慣れていないのだろう。
「確かに忘れたのは俺のミスだ。その間オクトを一人にしてしまったのは悪かったと思っている」
「えっ。いや……別に困ってはいなかったような」
「オクトにとってはそちらの方が良かっただろう。むしろ思い出さなかった方が彼女にとっては幸せだったかもしれない」
「お前ら、本気で死にたいらしいな」
どうして俺がいない方がいいという発想になるんだ。
「本当の事を言ったまでだ。お前は子離れできそうもないからな」
「何でオクトから離れなくちゃいけないんだ?」
意味が分からない。
俺はずっとオクトといる為に娘として引き取ったのだ。家族が離れ離れになるのはおかしいだろう。まあ、俺の実家の駄目親は例外だが。
「子供は親元からいつかは巣立つものだ、お父さん」
「お前にそう呼ばれる筋合いはない」
というか、コイツだけでなく、他の誰からもそう呼ばれる気はない。そう呼んでいいのは、ヘキサとオクトだけだ。
「えっと、アスタリスク魔術師は、まさか本気で一生お嬢さんと居るつもりだったんですか?」
「当たり前だろう?」
何を当然の事を言っているのだろう。
ただ俺がそう言うと、エンドとリストは、残念そうな目で俺を見た。
「僕としてはアスタリスク魔術師の面倒をみてくれる人いるのはとてもありがたいんですけど。でも同時に娘さんに対してとても罪な事をしてしまった気がします」
「どういう意味だ。それから、まだ、どうしてオクトが俺の娘だと誰一人教えてくれなかったのか、聞いてないんだけど」
元々はそれを聞くために、杖を向けて聞いてるのだ。脅されたなら、こいつらも話しやすいだろう。例え、裏にいるのが誰であろうと。
ただ、今はマジで攻撃魔法をこいつらにぶつけたい気分だけど。
「察しはついているだろ。俺ら全員に命令ができて、薄情なリストがさっさとネタバレしたくてもできない相手だ」
「薄情って何ですか。薄情って」
「アスタにオクトの事を聞かれた時、さっさと思い出して、オクトが面倒をみてくれないかなと考えていただろうが。可哀想に」
「それはエンド魔術師も同じですよね。僕らが言うのを止められているのは、賢者様がアスタリスク魔術師のお嬢さんだったという事に関するものですし。エンド魔術師だってアスタリスク魔術師へ彼女について伝えていたじゃないですか」
なるほど。
俺への情報の制限は俺とオクトの関係についてか。通りでオクトについて聞けば、皆があっさり話してくれるはずだ。そして俺が聞かないと、わざわざオクトの事を会話のきっかけとして出すこともなかったのだろう。
「私はこいつが隣でイライラしたりしょぼくれたりていると鬱陶しいだけだ。思い出したとしても、彼女の事を私が幸せにすれば問題ない」
「問題大ありだよ、このロリコン」
「前にも言ったが、私はロリコンではない。彼女が適齢期になるまで待つつもりだ」
エンドは無表情のまま堂々と言い放つ。
コイツの言葉は冗談に聞こえないのが性質が悪い。
「あ、アスタリスク魔術師! えっと、今後。今後はどうされるんです?」
娘に近づく害虫を倒そうとすると、慌てたようにリストが質問してきた。
「今後?」
「ほら、娘さんとは戸籍上、もう他人じゃないですか。また養子にするんです?」
自分の戸籍なんてどうなっているか見ないので、そんな事になっているなんて知らなかった。
だが、普通なら一度娘となり、再び抜けたのならば、×印が付くだけなので分かってしまう。たぶんだが、今回は娘として引き取った事実自体、抹消されている気がする。
俺の周りに口止めができ、戸籍などもいじる事ができるのは王族ぐらいだ。そしてオクトに関わりのある王族といえば、カミュエル王子の可能性が一番高い。
「……まだ考え中だ」
娘としてもう一度というのが嫌なわけではない。俺の望みはオクトと一緒にいる事。ただそれだけなのだから。
ただし娘だと永遠に一緒にいる事ができないと同僚が言い、実際いられなかった事実を考えると、また同じことを繰り返しそうで怖い。俺はオクトが居ればそれだけで良かったのに、何がいけなかったのか。
「そうですか。ただあまり娘さんの事を怒らないであげて下さい。娘さんは、自分が混ぜモノであることが原因でアスタリスク魔術師が怪我を負った事で、アスタリスク魔術師から離れる決意をしたんですから」
「えっ? オクトが決めたのか?」
「えっ? あれ? ……まさか知らなかったんですか?」
オクトが決めた?
とんでもない事実を聞いて聞き返すと、リストはぎょっとした顔をして顔を青ざめさせた。
「そうか。カミュエル王子の独断ではなく、オクトがそれを望んだのか」
通りで俺とオクトが親子でなくなった事に対して王家には何の利益もないわけだ。
オクトが望んだ事をただ実行しただけならば。これでオクトへの貸しができるので、間接的には利益もあっただろうが。
「あのですね。娘さんは、アスタリスク魔術師の事を思ってですね――」
「俺の事を思って?」
俺がサイド聞き返すと、リストは顔を青くしたまま口ごもった。
確かに俺が怪我を負った原因はオクトにあったかもしれない。でもそれはオクトが俺に怪我を負わせたわけではなかったはず。だからその話と親子の縁を切るのは別だ。
オクトは人一倍臆病だ。自分が傷つく事も苦手だが、知り合いが傷つく事にも耐えられない。だから逃げた。俺の為ではなく自分の為に。
近しいヒトとの別れを避ける為に。
俺も似たようなものだから、その気持ちは分からなくはない。
トールが死んで、続いてクリスタルが死んで……、もう2度と結婚はしないと思った。親友もいらないと。それぐらい失う痛みは大きいから。
でもオクトは失わないようにするのではなく、その現実から逃げだしたのだ。それは俺の為ではない。俺はそんなこと望んでいない。
「お前は、あの子に何を望んでいるんだ」
「はあ?」
「言っておくが、エルフは成長が遅い種族だ。確かにオクトはとても聡明だが、まだエルフからしたら幼児と言ってもいい年齢だ」
同じエルフであるエンドは言外に、幼児に何を求めているんだと言いたいようだ。子供に対して大人は求めるのではなく、与える立場だろうと。
「でも【与える】立場を俺は奪われたんだぞ」
確かに俺が記憶を失い、オクトが俺から逃げ出すタイミングを作ってしまったのがそもそもの原因だ。
だからといって、こんな全力で、王家の力まで使って逃げなくてもいいじゃないか。俺がどれだけ、あの子の存在を渇望していたと思うんだ。ずっと足りない何かを探していたというのに。
そんなのが俺の為であるはずがない。
「俺は逃がす気はないよ」
もしも俺から逃げたいのなら、俺の存在自体を消せば良かったのだ。死にかけた俺を助けたりせずに。それをしなかったのは彼女のミスだ。
「娘だと永遠に一緒にいられないのなら、また別の道を探すだけだ」
「ちょ、アスタリスク魔術師。冷静に、冷静になって下さい」
「最初に言った通り、俺はこれ以上ないぐらい冷静だよ」
リストが半泣きな表情でそう訴えるが、俺は冷静だ。冷静にどうしたらオクトがもう2度と俺の元から逃げ出さないようにできるかを考えている。
「手始めに、オクトと共同研究がしたいのだけど。勿論、手伝ってくれるよな?」
俺は薄情な同僚達に、ニコリと笑いかけた。