6話 心配な娘
しばらくしてオクトが部屋へ戻ってきた。
「あ、オクト、おかえり!」
「うん。ただいま」
アユムが元気に出迎え、オクトが頭を撫ぜる。俺がオクトの頭を優しく頭を撫ぜ続けたためか、オクトも無意識に頭を優しく撫ぜるという動作をしてしまうようだ。
そうやって考えると、オクトは確かに俺の娘であり、あのころと何も変わっていないのかもしれない。特にわざわざ俺の好物だった料理を披露してしまう程度には、俺の事を覚えているようだ。本だらけの部屋も俺と寮で一緒に暮らしていた時と変わらない。
「オクトは、ヘキサとも知り合いなんだってね」
「えっ……ええ。まあ」
俺は駄目なのに、ヘキサとは繋がりを持ち続けている。一体どういうつもりか知らないが、気分がいいものではない。
というか、オクトとの仲の良さは俺の方があの時確かに上だったはずだ。なのに現在の追い抜かれた感は何だろう。
「オクトも座ったら?」
「……あ、はい」
とはいえ、それをすべてオクトに当たるわけにもいかない。記憶を失っていたのは俺の方でもあるのだから。
そう思い、立ち尽くしているオクトに声をかける。優しく、優しくと心の中で呪文を唱えながら。オクトは臆病なので、あまり追い詰めると逃げ出す可能性がある。現在の状況から考えると、それは避けたい。もしも逃げ出したら、俺が何をするか分からない。
「えっと、アスタはヘキサ……グラム様……いや、伯爵様の事を知っていらっしゃるのですか?」
俺とヘキサの関係を知っているはずなのに、オクトが変な質問をしてきた。
少し考えて、オクトは俺がまだ思い出している事を知らないのだと思い出す。どうやらオクトはとことんまで俺と他人で居たいらしい。
さて。ここでネタ晴らしをしてもいいのだが、何故こんなことになっているのかを知ってからの方が良いかもしれない。そうでなければ、また同じことが繰り返される可能性があった。
二度とオクトと離れない為にも、俺はひとまずオクトの嘘に乗る事にした。
「うん。ヘキサは俺の息子だからね。聞いていないのかい?」
「ええ。まあ。それほど、親しい仲ではありませんので」
「ふーん」
親しい中でもないのに、電話というもので毎日のように話をするのか。
堅物朴念仁なヘキサだから何もないとは思うが、オクトは見た目こそ幼いものの、年頃の女性には変わりない。それなのに毎日話しかけてくる男を親しいの中に含めていないのは危険ではないんだろうか。
「あ、いや。薬の関係では懇意にしていただいていますし……その。まあ、そんな感じで」
「俺がヘキサの父親だという事は驚かないんだね」
「あー……そういう偶然もあるのかと」
相変わらず嘘が下手というか……。
いや、直接嘘はついてはいないか。ただし隠し事の才能もかなり低いようだ。小心者な性格が災いしているのだろうか。オクトは目線を合わせずに、オムライスを口の中に入れ、強制的にあまりしゃべれない状況を作る。
このまま続けても、オクトを追い詰めるだけか。
「そう言えば、この料理、珍しいね」
俺はヘキサの話題から料理の話題に移る事にした。まあ、相変わらずだという事が確認できただけで良しとしよう。
「はあ。卵の中に入っている米は、黄、青、赤の大地……そうですね、東側の大地で使われている食材です。この国では珍しいかもしれません。お口に合いませんでしたか?」
「いや。とてもおいしいよ。新しいような、それでいてどこか懐かしいような料理だなと。何処でこの料理を学んだんだい?」
あえて懐かしいという言葉を入れてみたが、オクトはその言葉の意味を全く深く考えていない様子だ。顔色がまったく変わらない。……なんというか、一度信じると再び疑う事をしない子だとは思っていたが、正直不安になる勢いだ。
このままでは悪い男に騙されるのではないかとヒヤリとしたものが走る。
遊び相手が男のカミュエル王子やライだったのが悪かったのだろうか。男に対してまったく警戒心がなさそうな上に、騙されやすく、信じやすい。さらにその場の勢いに流されやすい……オクトの将来が心配になった。
オクトはあまり身形に気を使っているようではないが、世間一般では可愛らしいと呼ばれる外見をしていると思う。とても不安だ。
「ママに……」
しかしオクトは俺がそんな事を考えているとも知らずに、別の事で悩み始めてしまったようだ。
ママにと言って黙りこむ。……確かオクトのママは、消えたと引き取る時に聞いた気がする。【ママに聞いた】という言葉はオクトが良く使うものだったが、俺が居なくなってから何かあったのだろうか。
「ママが何?」
「えっ? ですから……」
そう言ってやはり黙りこむ。
「何か言いにくい事なのかい?」
「……いえ。死んだママに教えて貰っただけです」
結局最終的に、昔と変わらない言葉をオクトは俺に伝えた。そしてそのまま料理も食べずに深く考え込んでしまう。この様子だと、中々戻ってはこなさそうだ。
どうしたものか。
「そう言えば、アユムはオクトと何処で出会ったんだい?」
「んーとね。おしろっ!」
この子なら、何も包み隠さず教えてはくれそうだが、欲しい情報を的確に聞き出すのが難しい気がする。お城がどこのと聞いても……分からなさそうだよな。小さい時のオクトとは違い、この子は外見年齢と中身がそれほど変わらないように見える。
「オクトとね、カミュがね、いっしょにいたの」
「へぇ」
相変わらずあの2人は仲が良いようだ。
もしかして一緒に旅行へ行ったという事だろうか。……それは2人きりじゃないよな。2人っきりで旅行したとかじゃないよな。
今の中にライという名前がないのが非常に気になる。
「その辺り、詳しく教えてくれないか?あ、それと、オクトと一番仲がいいという、クロの事も」
「いいよー」
あっさりと頷くアユムから、俺は聞けるだけの情報を聞くことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
アユムと話しているうちに、俺はデザートのプリンも食べ終わった。久々のオクトの料理はやはり美味しい。……これをカミュエル王子が定期的に食べに来ているとか、色々後悔をさせてやりたい気分だ。
羨ましい。
俺は食堂の対して美味しくもない料理を毎日苦痛に耐えながら食べているというのに。
「おいしかったよ。ごちそうさま」
「おいしかったー!アスタ、また来てね!」
「うん。すぐにまた来させてもらうよ。オクトとこれから一緒に共同研究をしていくからね」
こうなったら意地でもオクトが居るここへ通うしかない。俺はオクトのごはんのた――ではなく、オクトの為に決意する。特にオクトをこのまま1人にしておくのは危険だと、アユムの話を聞いて悟ったのだ。
オクトは無防備すぎる上に、海賊や王子に目をつけられている。俺が守ってやらないと。
「えっ。共同研究ですか?」
どうやらオクトが、考え事から現実に戻ってきたらしい。
俺の言葉にビックリした顔をする。
「さっきも話した通り、オクトが見つけた並列つなぎと直列つなぎの法則を使って、より効率よく魔法石を使う研究を進めたいんだよね」
いや、まだ言ってなかったっけ?
まあいいか。
魔力の燃費を良くするのもアリだが、自分の魔力の余剰分を魔法石に常にためておき使うというのもいい手だと思う。また魔法陣も何十にも重ねるという方法で、新しい魔法陣を考えるのも面白そうだ。
「あ、あの。それなんですけれど……実は私は別の研究をしていまして。時間がないといいますか……。なのでまたの機会で……」
「なら逆に、俺がオクトの研究を手伝うよ。オクトには俺の研究を手伝ってもらうわけだしね」
「へ?」
俺が言った言葉はそんなに驚くようなものだろうか? 俺の研究を手伝ってもらうのだから、代わりにオクトを手伝うという等価交換的なものなのだが。
「い、いい。結構だ……です。そんなアスタの手を煩わせるわけにはいかな……いきませんっ!!」
ぶんぶんと首を振り、オクトは俺に訴えた。
そう言えば、オクトは遠慮深い子だった事を思い出す。
「そんな気を使わなくてもいいよ。俺とオクトの仲じゃないか」
「どんな仲だっ?!」
「えーと、そうだな。今のところ研究仲間?」
親子と言いたかったが、我慢する。まずは、あのクソエルフと女好きに、しっかりと事となりを聞いてからだ。
「ああ、共同研究についていは俺から上司に伝えておくから、オクトは気にしないでいいよ。上手く言いくるめておくから」
すでに手紙で連絡はしたし、何とかなるだろう。
というか、脅してでも納得してもらうつもりだ。今まで俺の記憶を黙っていたのだから、お詫びにこれからの事に協力してくれたって罰は当たらないだろう。
「あのですね――」
「あ、そろそろ仕事に行かないと。ああ、そうだ。これから一緒に研究するんだし、敬語はいらないから。じゃあ、また後で。」
どうせオクトを説得させてもさせられなくても、俺はまたここへ来るつもりだ。
オクトの場合、たぶん通ってしまえば諦めるだろう。だとしたら、まずは周りから攻略するのが一番んだ。
俺はそう言い、職場へ転移する魔法陣を頭の中に思い浮かべた。