表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/22

5話 賑やかな食卓

 案内された部屋には、とても多くの本が置いてあった。

 なんだか俺の部屋みたいだと思ったが、俺の部屋よりは片付いているかと思いなおす。オクトが朝食を準備するために居なくなってしまったので、俺は手持無沙汰だ。

「まさか、作ってもらおうとは思ってなかったんだけどな」

 オクトの養い子に乗る形で俺も朝食に混ぜてはもらおうと思ったが、流石に作れとはいう気がなかった。外に食べに行こうと提案したが、混ぜモノだからそれは無理だといい、またあまり店に迷惑はかけたくないと言われた。

 確かに混ぜモノだと嫌う店は多いのは事実だ。

 でも魔術師であると証明さえすればそこまで頑なではないと思う。だからきっと、彼女自身の遠慮の部分だろう。気が弱く、流されやすく、ヒトの頼みを断れない……むしろここまでよく誰かに騙されたり利用されたりせずに生きてこられたものだと思う。誰か手助けをしてくれる人が周りに居たのだろうか。


 まあそれも食事中に聞けば分かる事。

 俺は手近にあった本を手に取り開く。

 どうやら混融湖について書かれた本のようだ。別の本は転移魔法についての専門書。異界についても確か書かれたものだったと記憶している。

 もしかしたら、異世界の子供を引き取った為、色々調べているのかもしれない。だがそれにしては大量の魔法の本があった。

「よくこれだけ集められるな」

 これだけの本を買いあさるとなれば、それなりの金も要るだろう。そう考えれば、彼女の働き方も納得がいくものだ。本というのは得てして高い。特に魔術の専門書の類となれば、かなりの金額となる。だから大抵の魔術師は、給料の支払いの良い、王家へ使えるものが多いのだ。

 まあ混ぜモノである彼女の場合は、下手に関わると可哀想な事になるのは目に見えているので、あまりお勧めできない職場なのだけれど……。

「あれ? そう言えばそういう伝手がないのに、良く何度も外国に行けるな」

 この国は魔法学校がある為、比較的外国人の受け入れが盛んだ。優秀な魔術師をそういう方法で得ることで繁栄してきたという面もある。

 だが外国との出入りを歓迎しているわけでもないし、魔法使い以外の出入りはほぼないと言っていい。俺と彼女が出会ったのは、ドルン国というこの国の外でだ。まあこれは偶然だとしても、彼女は混融湖に流れ着いた子供を引き取っている。

 一体どこで引き取ったのだろう。

 たまたまアールベロに来た時だったら問題ないのだが、もしもドルン国でとなれば彼女は少なくともこの数年間で2回も出入りをしている。理由があれば認められはするが……。


「こんにちは」

 考え込んでいると、幼子が声をかけてきた。その手には野菜が入ったボールが握られている。

「こんにちは」

「あーちゃんはアユムというの」

 そう言ってぺこりと頭を下げてきた。ちゃんと躾けがしっかりできているようだ。初対面の人には挨拶をするように言われているのだろう。

「こんには。俺はアスタリスク。アスタと呼んでくれるかな?」

 小さい子の相手はあまりよく分からない。

 ただしオクトに近づくためには、この子にも嫌われないようにした方がいいかと、できるだけ優しい声を心がける。

「アスタはオクトの……えっと、ともだち?」

 友達か。

 友人にしては年齢が離れているし、俺は基本的にそこまで親密な相手を作ったりしない。……ああでも、オクトに関してはその認識が壊れてしまっているようだ。俺は今まさに親密になろうとしている。

 きっとオクトの魔力量から考えれて、俺より長生きをするのは絶対だから大丈夫だと思ってしまうのだろう。俺は俺を置いていってしまうヒトと親密になるのは苦手だ。

「友達になりにきた……かな?」


 友達と呼ぶには、オクトとの関係はまだ希薄で、さらにオクト自身も何故だか知らないが無駄に壁を作っている。嫌われているのかと思えば、こうやって手料理を振る舞うので、彼女の気持ちが良く分からないというのが正直なところだ。

 そういえば、俺がこれほどまでにヒトを求めたのは初めてかもしれない。

 トールもクリスタルもどちらかというと、向こうから俺に突進してきたという表現が正しい気がする。だから俺は今初めての挑戦をしていると言ってもいい。

「オクト、ともだちいっぱいだね!」

 そう言ってアユムがサラダをテーブルに置き、走って部屋から出ていこうとするのを俺は寸前で止めた。

「待った。えっと、アユム。オクトの友達で……一番は誰だ?」

「いちばん?」

 アユムは俺の方を振り返り首を傾げた。少し難しかったかもしれない。

「なら、オクトが一番会う事が多い人物は誰か教えてくれないか?」

 上手くオクトと仲良くなれなかった時は、そっちから攻めてみるのもアリだろう。

 オクトがどうしてドルン国へ赴いていたのか。そこに、俺が記憶を失った時と何か接点があるかもしれない。


「うーん。クロか、カミュだとおもうの」

「……カミュ?」 

 クロは知らないが、カミュという愛称は、俺が良く知っている人物だ。別人の可能性がないわけではないが、王族の名前は避ける風潮はこの国にはあった。

 年齢や、同じ学校に通っていたことからいっても、その名前の主が第二王子である可能性は十分高かった。それに、ドルン国にはよく考えるとカミュエル王子も居たのだ。

「他のりょうり、もってくるね」

 そう言って、アユムが走って部屋を出ていく。


 もしもカミュエル王子が俺の記憶を思い出させないようにしているとしたら。

 俺の周りが、オクトについて積極的に話さなかった理由に繋がる。ただ、カミュエル王子が何のためにそんな事をするのかは全く理解ができない。

 彼はきっちり王族のどす黒い血を受け継いだようで、何か利益がなければ動かないと思う。しかし俺がオクトとの繋がりがなくなる事のどこに利益があるのか分からない。

 まあどちらにしろ、王族が関わっているとなれば、中々オクトから聞き出すのは難しいかもしれない。いくら流されやすくても、王族の命令を覆すような事はオクトもしないだろう。

 俺は詮索を一時的に諦め、部屋にある本をパラパラとめくった。


 しばらくして、食欲をそそる匂いに顔を本から上げると、ちょうどオクトが部屋に入ってきたところだった。テーブルの上にはかなりの料理が並んでいるので、そろそろ終わったのだろう。

「凄いね」

「今日は特別です……お客様がみえますので」

「いや、料理もだけど、本が凄い充実してる。この本とか、初めて読んだよ」

 俺が今手にしていた本は、まだ俺も読んだ事がないものだった。

 本当に本に精通しているというか、何というか。彼女も俺と同じで活字中毒かもしれない。

「はあ。趣味なので。よければ――最近出た書物です。まだ簡単に手に入ると思いますし、購入してはどうでしょうか」

「へぇ。最近なんだ。この著者、白の大地のヒトみたいだけど、よく見つけたね」

「はあ。図書館のアリス先輩から情報をいただきましたので。なので、図書館にも入っていると思います」

 大地をまたぐと、ぐっとその本の入荷数は減る。

 というのも他の大地は遠い上に、大地をまたいでの国同士の交流がないためだ。一応、流れ商人や旅芸人などが移動し、その時に物流が動くが、それもわずかである。なので俺も他の大地に関してはほとんど知らないと言っていい。

 学校へは他の大地から来る者もいるが、数としては少ない。

 そんな本を手に入れるとなると、最近といっても中々大変そうだ。

「そうなのかい?なら図書館の方が近いか。折角だからまたここに読みに来ようかと思ったんだけど」

 そう言うと、オクトが困ったような表情をした。

 やはり俺に来られるのは嫌らしい。

「あのですね。ここは仕事場なので、あまり来ていただくのはちょっと……」

「何で?」

 別に本を読みに来るぐらい問題はないはずだ。

 探るようにオクトを見ていると、突然鈴の音が聞こえた。

「オクト、電話っ!」

「電話?」

 聞きなれない単語をアユムが叫んだ。

 この音の先には【電話】というものがあるらしい。

「……とりあえず、色々後で説明します。ご飯は先に食べていて下さい。アユムも先に食べてて。すぐ戻る」

「えー。オクト、待つ」

「アスタが1人で食べるのは寂しいから。お願い」

 オクトの言葉にアユムは残念そうな様子で頷いた。お腹が減っても、ごはんを我慢するぐらいオクトの事が好きなのだろう。

「分かった」

「いいこ」

 オクトはアユムの頭を撫ぜると、部屋から出ていった。


『いただきます』

 オクトが部屋から居なくなると、アユムは両手を合わせ、不思議な言葉をしゃべりと食べ始めた。今のは、異界の儀式かなにかだろうか。

「アスタ、おいしいよ?」

「いつも、オクトが作ってるのか?」

「うん。オクト、じょうずなの」

 アユムは笑顔で黄色い物体を頬張る。

 そもそもここで並んでいる料理の数は結構多いが、こんな簡単に作れるものなのだろうか。料理経験がないので、良く分からない。

「さっきの電話というのは何だい?」

「んーとね。……ヘキサとお話しできるの」

「ヘキサと話し?」

 やはりオクトはヘキサとも繋がっていたか。

 つまりは電話というのは、遠くの声を飛ばす道具という事だろう。

「まいにち、するの」

「……毎日か」

 想像以上に仲がいいようだ。

 仕事でとも考えられるが、もしも薬の注文だったら、ヘキサでなくてもできるだろう。ヘキサもそれなりに忙しいはずなのに。


「うん。オクトのえっと……お兄さん。みたいなもの?だって」

「ふーん」

 ヘキサが兄なら、俺は父なんだけどな。

 オクトはその事を知っているのだろうか。分からないが、少し面白くない。何故俺はオクトと仲良くないのだろう。

「アスタ。おいしいよ?」

 アユムはもう一度そう言った。

 もしかしたら冷めるという意味なのかもしれない。確かに、温かいうちに食べた方が美味しそうだ。

 数が多いので目移りするが、とりあえず一番近くにあった、アユムが頬張っているものと同じ黄色い物体にスプーンを突き刺す。

 卵かと思ったそれは思った以上に柔らかく中には粒粒のものが入っていた。あまりこの地域では使わない食材な気がする。赤いのはトマトで味付けしてあるのだろうか。


 口に運んで、俺は衝撃を受けた。

 トロッとした卵の食感とトマトの味と粒粒が絶妙なバランスだ。今までに食べたことがないものなのに、凄くおいしい。……いや、本当に食べたことがないか?

 そう。この料理は、トマト味とは限らなかったはずだ。俺が好きだと言ったら、定期的に色んな味を作ってくれて――。作るって、誰が――。

「っ!?」

 脳裏に浮かぶのは小さな姿。金色の髪に青い瞳の幼児。あの頃はもっと髪が短くて、肩のあたりでそろえていた。

 無表情っぽいけれど無表情ではなくて、小さい体で一生懸命働く、働き者。異世界の知識を持っていて、魔法の才能もあって、料理が上手で、喋り下手で――誰よりも優しい。

 ――あれは、俺の娘だ。

「……ははは」

「アスタ?」

 突然笑い出した俺の顔を、アユムが心配そうに覗き込む。どうやらオクトに育てられ、彼女に似た優しい子に育っているようだ。そう。オクトは無関心を装っているが、かなり周りに気を使う子だった。

「とても美味しいよ」

「うん」

 俺がアユムの頭を撫ぜると、アユムは笑顔で頷き、再び食べ始める。

 それにしても、やってくれる。俺との関わりが薄いなんてとんでもない。誰よりも関わっていたのは俺じゃないか。

 それなのに、今一番遠い位置に離されて……一体どういうつもりだ?

 この計画を立てたのは誰だ? 何の為?

 分からないけれど、一つだけ言える事。

「悪い子にはお仕置きしないとだよな」


 俺がこんな事で離れると思ったら大間違いだという事を教えないと。

 俺はもう一度オムライスを口に運んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ