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20話 我儘な神

「どう? 魔法陣の方は見える?」

「ああ。ばっちりだ」

 テンコが俺の追跡魔法も使って時の神の神殿の場所を特定し、ナルが時の神殿を覆う防壁の魔法陣を視覚で見えるようにしたおかげで、俺はどんな魔法が使われているのか特定する事ができた。

 どうやら今はあまり主流ではない、魔素を使ったタイプの魔法陣のようだ。魔素の濃い空間であるからこそ、こんな魔法陣を滞りなく使えるのだろう。

 若干知らない記号なども用いられてはいるが、おおよその予測は立てられる。魔素のタイプは術者の魔力を押し切るという力技だけでは解除する事は出来ないが魔法陣への直接関与は容易だ。


「ナルの解析能力は素晴らしいですね。にしてもこれはまた、かなり古いタイプの魔法陣のようで」

「魔王様はお分かりになられるのですか?」

「いいえ。魔素を使う魔法陣は私の専門外です。でも、貴方は分かるみたいですね」

「当然だろ」

 伊達に100年近く生きているわけではない。

 しかも一時期は、誰かに執着してしまわない為に魔法の研究にはまっていたのだ。勿論、魔素を使った魔法陣だってその頃にしっかりと調べている。

「魔素タイプなら、魔法陣をいじって、魔素の流れをおかしくしてしまえば解除できるさ」

 ただしいじり方を間違えれば、今度は防壁の中まで酷い事になってしまうので、防壁だけが誤作動して壊れるようにする必要はあるが。

「ひゅー。流石」

 口笛が上手く吹けないのか、口でナルが言った。でも俺は、むしろナルの術の方が不思議だと思う。

 魔法陣を視覚で見えるようにするのは、意外に難しいのだ。どういう原理なのか聞いてみたいところだが、今はオクトの方が先だ。


『……ざっと1000年ぐらいかのう』

『へぇ。1000年ですか……えっ?1000年っ?!』

『うむ。もしかしたら、もう少しかかるかも知れぬがのう。その間、眠っているオクトの体は、わらわ達時の精霊が大切に保管するので安心するがよい』

『いやいや。安心するがよいってっ?!そんなに寝たら死にます!』

 唐突に、オクトとトキワの声が聞こえた。

 周りを見渡すが、オクトもトキワもいない。

「声だけ繋ぐだけだったら、やってやれないものではないみたいね」

「おや。天狐も凄いですね」

「いえ。私が住む場所が、風の属性に通じる場所だからだけで、こんなの、全然です」

 ……自分も褒められたかったんだな。

 何となくだが、俺もオクトに尊敬の念の眼差しを向けられるととても嬉しいので、似たようなものな気がする。テンコは両手で顔を覆い、くねくねと不思議な動きをしていた。

『私は……』

『それにお主が助けたいと言っておるモノ達は、過去や未来をひっかきまわし、時に波紋を作っておる。今のところわらわ達の力で修正はきいておるがそれもいつまでもつかじゃのう。時属性を持つオクトならば、過去の改変に気がついておるじゃろ』

 聞こえてくるオクトの声はとてもか細い。その声を聞いただけで、俺は胸が締め付けられるような気がした。

『彼らがひっかきまわさないよう『混融湖に落ちた』という事象をなかった事にするならば、わらわ達も全力を尽くそう。世界が滅びぬ為にもオクトの力が必要なんじゃよ』

 

 どうやらトキワは、オクトに神になる話をしてしまったようだ。

 止めてくれ。俺からオクトと取らないでくれ。

 必死に俺は、魔法陣を凝視して、突破口を探る。早くしないと、オクトが神を選んでしまうかもしれない。

 焦りは余計に判断力を損なうと分かっている。それでも気が焦ってしまう。急がないと。急がないと。オクトはきっと俺を選んではくれないから。

 あの子は、何でも自分で解決しようとしてしまう。俺がいないと何もできなかった子供はもういないのだ。大きく成長して、俺から離れていこうとする。

 そんな急いで大人になろうとしなくていいのに。

『それに、お主は誰とも関わりあいのない生活がしたかったんじゃろう?確かにここは山奥ではないが、同じ事。それなのに、何故泣くのじゃ?』

 オクト……泣いているのか?

 声だけだった為、気が付かなかった。オクトは何に泣いているのだろう。泣かせたくない。考えるだけで、俺まで苦しくなる。


『私は……アユムを待たせていて。アスタに、帰ると手紙を残していて……』

 この時になって、初めて俺は、目の前に紙が置かれている事に気が付いた。折りたたまれた紙を開くと、そこにはオクトの字で、話を聞き次第俺がいる場所へ戻ると書かれていた。

 ああ。オクトは少なくとも、俺のところへ帰ってきてくれる意志はあったのだ。だったら、その約束を実現させなければ。今はどう思っていても、確かにオクトは一度は俺を選んでくれたのだから。

『でもそうじゃなくて。……私が、アスタと……離れたくないから。だから泣いてしまうの……だと……』

「離れる必要なんてない」

 聞こえない事は分かっていた。でも俺は言わずに居られなかった。泣いてまで、俺から離れる必要なんてない。

 だって、俺もオクトから離れたくなどないのだから。

『……アスタ』

 名を呼ばれた。

 オクトが呼んだのだ。

 俺は魔法陣に違う命令を加え、破壊する。そしてそのまま、オクトがいる場所へ転移した。


 最初に目に映ったのは、涙をこぼすオクト。

 真っ赤に目を腫らせ、誰にも気取られぬように静かに泣く。その姿を見た瞬間、俺の中で怒りが湧き上る。

「俺の可愛い娘を泣かせるのは誰だ」

 オクトを泣かす奴は許さない。まあ、この場所で泣かすのは、時の精霊以外いないのだけど。

「……アスタ?」

「うん?何だい?」

 オクトに名前を呼ばれた瞬間、俺の中で幸せが湧き上る。もう一度名前を読んでもらえた。

 俺は間に合ったのだ。とりあえず、俺が今すぐにやらないといけないのは――。

「今すぐこの精霊族をシメるから、待ってろ」

「あ、アスタ、ストップっ!」

「なんで止めるんだい?この精霊族がオクトを泣かせたんだろう?」

 というか、オクトを泣かせていなくても、トキワにはきっちり落とし前をつけさせてもらいたいところだ。俺からオクトをとり上げようとするなんて、万死に値する。

「ち、違うから」

「そうじゃ。オクトは、お主と離れたくないと泣いておったから、わらわの所為ではない」

「えっ。オクトは俺の所為で泣いているわけ?オクト、ごめんっ!」

 はっ?!

 そう言う事か。オクトが泣いている理由は確かに俺から離れたくないという意味だった。俺はオクトを独りにはしないぞという意味を込めて抱きしめる。

「あー……とりあえず、アスタの所為でもないと思う」

「それにしても、社の守りを壊しおって。魔力馬鹿共め。じゃから、わらわは魔族は好かんのじゃ」

「何を言ってるんだ?俺の娘を拉致しておいて」

「別にわらわが拉致したのではなく、オクトの方からわらわについてきただけじゃ」

 何が、オクトの方からついてきただ。

 オクトをそういう状況に追い込んだのは誰だという話である。

「あれは付いてきたじゃなく、強要したっていうんだよ。とにかく、話が終わったなら、俺はオクトを連れて帰らせてもらう」

「えっ。ちょ。待った!」

 俺はこれ以上話すことなどない。

 しかしそんな俺を、オクトが止める。


 オクトはまだ、迷っているのだ。決して俺を選んだわけではない。

 選べなくて泣いている。

「嫌だ。待ったらオクトは俺以外を選ぶんだろ?」

「えっ?」

 そしてきっと、俺からするりと離れていくのだ。必死に俺が離れた手を掴もうとしても。その意志一つで。

「オクト、お願いだから行かないで……」

 俺にはお願いする事しかできない。

「正しくなくていいから。例えオクトが俺を選ぶ事が悪い事だったとしても、俺がオクトを騙してあげるから」

 きっと、世の中の誰もがオクトが神になる事を正しい行いと言うだろう。それは世界の為にもなるから。でも、俺は望まない。

 オクトの代わりなんて誰もいないのだ。オクトが俺を選んでくれたのなら、例え世界を敵に回しても、俺は守り続ける。その耳には甘い言葉を、その目には美しいものだけを見せ決してその選択は間違っていなかったのだと永遠に騙そう。その為ならなんだってする。

 だから。


「駄目」

「……オクトっ」

「私は守られてばかりの子供じゃないから」

 オクトが離れてしまう。

 どうして大人になってしまうのだろう。ずっと子供でいてくれてよかった。俺がいなければ何もできない子供だったら――。

「俺はオクトが居ないと――」

「うん。ありがとう」

 オクトが俺を見て笑った。

 何かを諦めたような、そんな表情で。


「この世界の為にも、わらわはオクトに賢い選択を求める」

 賢いって何だ。

 諦める事が賢い選択だというのか? それが大人だっていうのか?

 そんなわけがない。そんな事があっていいはずがない。どうしたらオクトを止められる?

『アスタ』

 不意に声が聞こえた。

 オクトの声にとてもよく似た声だ。

『大丈夫。アスタを今度は死なせないから』

 何が起こったのか分からない。

 突然部屋の中に、おびただしい数の紙が降る。まるで雪のように、何枚も何枚も、降り積もる。

『まだ幼くて、ア……を……傷……ごめ……さい』


「馬鹿って何?!」


 同時に、オクトが叫んだ。

「オクト、大丈夫か?」

 はっと気が付けば、オクトは顔面蒼白になっていた。不安げに見ると、オクトはゆっくりと目を開ける。

「あ……うん」

「まさか、こちらの時を干渉されるとはのう」

「干渉?」

 誰に干渉されたのか。オクトが紙を拾い上げる。その紙には、小汚い字で、オクトを罵るような言葉が書かれていた。

 時を干渉という事は、時に関係する相手という事……。

「他の神の干渉を感じたけれど、流石時の神。やる事が派手よね」


 今度は茶色いウエーブのかかった小柄な女性が現れた。一体何が起こっているのだろう。

 女性は俺の方を見ると、緑の瞳を少し細め微笑む。そしてトキワの方を向いた。

「ごきげんよう、トキワちゃん」

「これは、これは。樹の女神様。ご機嫌麗しゅう事で何より……ただ。勝手に他の土地へ来るのはいかがなものかと思うのじゃが」

「勝手ではありませんわ。今はこの場所は光と闇の神が治める土地。ちゃんと訪問の許可はとっているもの」

 樹の神だと?

 神という割に、トキワよりずっとヒトらしい気がする。ただ俺は初めて見る生き神にぎょっとした。どうしてここに神がいるのか。

「なんでしたら、ムツキさんに問い合わせてもらって構わないわ」

「そうじゃな。用意周到な樹の女神がそのようなミスを犯すことはないじゃろうな。ただ今はこちらも取り込み中なんじゃがのう」

「あらまあ。それはごめんなさいね。でも私の要件はとても簡潔なので安心して」

 ニコリと笑う姿は、有無を言わせない何かがある。


「私、嘘大げさ紛らわしいは、詐欺と変わらないと思うの。その事についてトキワちゃんはどういう見解かしら?それと、私の愛児めじを勧誘する場合は、私を通してくれないと困るわ」

 そして同時に、神をこの場に呼んだのはカミュエル王子なのだと確信した。

 俺に色々神について教えてきたカミュエル王子の情報源は、きっとこの樹の神だ。神を動かすとは、きっとカミュエル王子は、何らかの取引をこの神としたのだろう。

 そんな神はトキワと話し取引をし続ける。……味方と思っていいのだろうか。

「風の神の差し金か?同じ血を持つモノへ干渉するのは禁忌じゃぞ」

 トキワはカミュエル王子の事を知らない。だから、少しずれた質問をする。そんな質問を神は肯定も否定もしなかった。

「さあ。何のことかしら?別にこの件は私の独断。オクトちゃんを気にいったのだから仕方ない事なのよ。別にカンナちゃんに何か言われたわけではないわ。それに私もトキワちゃんに言いたい事があるの。神は6柱いれば問題ないわ。勝手に私達が死んだ話をしないでくれないかしら?」

「神が立ち聞きとは嘆かわしい」

「あら。私の愛児の気配が突然消えたら、心配するのは当然でしょう?しかもはるか未来の時の神の干渉まで感じたのだもの。私が赴くのは当然の事だわ。その先でたまたまトキワちゃんがオクトちゃんへ神になるように強要していただけ。でも神への強要は本来ご法度でしょう?」

「たまたまじゃと?」

「ええ。たまたまよ」

 ……こののらりくらり感は、やはりどこかカミュエル王子に似ている。もしかして、親戚か何かなのではないかと思うぐらいに。


「……樹の属性は腹黒いのが多いから嫌いじゃ」

「お褒めの言葉としてもらっておくわ」

 それは樹の属性のヒトに若干失礼だと思うのは俺だけだろうか。腹黒いのは、あの王族だけだ。

「世界がどうとか、オクトちゃんはそういう難しい事は考えなくてもいいの。もちろん神になってくれたらありがたいけれど、私達はまだまだ消える気はないもの。だからオクトちゃんは、オクトちゃんが好きなようにしてね。……っと、ああ、忘れるところだったわ」

 そう言って、神はオクトの手を握る。

「遅くなってごめんなさいね。もう大丈夫よ。精霊達、貴方達の神から話は通っているでしょ?契約を解除なさい」

 その言葉1つで、オクトの腕に絡みついていた痣が消える。代わりに、オクトの顔に新しい痣が現れた。以前の痣が形を変え蔦のような痣になる。

「私もあまり干渉をする気はないけれど、多種の精霊との契約は毒よ。それに私の愛児になったのだから、これからは精霊との契約は控えてね。今回は私が、すべての神に交渉して精霊に契約解除するように伝えておいたから」


 どうやらいいところは、全てあの腹黒王子に持ってかれたようだ。

 流石というか、神まで使うとはとんでもない。

「トキワさん」

 オクトがトキワをまっすぐ見た。

 その顔は晴れ晴れとしている。すべての答えを出したかのように。

「私は、まだ神にはならない」

「オクトッ!」

 良かった。神にならない選択をしてくれたんだな――ん? まだ?

 何から要らない一言が、付け加えられた気がする。

「まだじゃと?」

「うん」

 こくりとオクトは頷く。

「私は色んなものを見て、体験して、その上で決める。でもいつか……、全てを終えたら、神になる」

「全て終えたらとは、また気の長い話じゃのう。わらわはそこまで待たぬかもしれぬぞ」

「その時はまた別の道を探す。今は、まだアスタ達と一緒にいたいから」

 トキワはオクトの我儘に深くため息をついた。

「……仕方のう。絶対神になるんじゃぞ。約束じゃからな。そして、そこの魔族。お前がオクトに飽きられるまできっちり守るがよい」

 どこまでも偉そうだな。

 小さいくせに、この中の誰よりも偉そうに命令する。言われるまでもない。

「当たり前だ」

 俺は取り戻した大切なものを、もう一度抱きしめた。

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