19話 同胞な魔族
オクトが時の精霊に会う。
それはとても危険な事に思えてならないのだが、オクトを止める方法がない俺は、オクトについて時の精霊がいるという場所へやって来た。
「それで、ここはどこなんだ?」
「へ?」
俺は、胡散臭い笑いを浮かべている魔王に声をかける。
鬱陶しいほどの魔素の量だ。
しかもかなり違和感がある感覚に、目に魔力を溜めて確認をする。すると、紫色の濃い霧が漂っている様に世界がみえた。
……全て【時】の魔素か。
これだけ濃い【時】の魔素は、混融湖以来だ。
「さすが鋭いですね。ここは、ホンニ帝国の神殿であり、魔素が生まれるパワースポットでもあります。でも王宮の一角には間違いないですよ」
「って、駄目」
「へ?」
「魔素はアユムには毒だから。ここにいたら不味い」
ああ、そう言えば、アユムは魔素を分解できないんだったな。
オクトに言われて、思い出す。今のところまだ何も起こっていないようだが、確かにこれだけ濃い魔素の中にいるのはアユムには毒だろう。
このままオクトもアユムと一緒に退席しないだろうか。問題を先延ばしにしているだけだと分かってはいるが、できたら俺はオクトを時の精霊に会わせたくない。
「そうなのか?じゃあ、俺がアユムと一緒に外に出るよ。トキワはそのうち来るだろうから、オクトはここで待ってろ」
「えっ」
ちっ。空気を読まない奴め。俺は爽やかに問題を解決しようとするクロを睨む。
いや。オクトの空気は読んでいるのか。オクトは、時の精霊に会いたいのだから。でももう少し考えて発言してほしいものだ。
「じゃあ、僕もアユムと一緒に行こうかな」
「カミュも?」
「そう。それにライも一緒だから。これなら安心だよね」
「うん。ボク、カミュといい子にしてる」
アユムは、オクトの手を離し、カミュエル王子と手を繋いだ。
船に乗っている間に、いつの間にかアユムはカミュエル王子にかなり懐いた。言葉遣いもカミュエル王子の真似をしているようだ。
人族の子供というのは不思議なのもである。
この間まで、オクトがいなければこの世の終わりのような感じだったのに、オクト以外に好きなものを増やしていく。勿論、今でもアユムの中の一番はオクトだろうけど。
そして同じく人族の血をもつオクトも、どんどん変わっていく。初めて会った頃は何も持たない子供だったはずなのに。オクトだけが大切な俺とは違い、オクトが大切にしているものはとても多い。なんでもすぐに手放してしまう子供だと思ったのに、いつの間にかとても多く増やしていた。
そんなに増やしては倒れてしまうと思うのに……。いや、実際倒れかけているのか。
「アスタリスク魔術師、オクトさんをお願いします」
じっとオクトを見ていると、カミュエルに声をかけられた。
「お前に言われるまでもないよ」
オクトが守りたいというなら、手放せないというなら、俺はそれごと守るしかない。きっと、カミュエル王子も同じなのだろう。だから、ここからアユムを遠ざける手伝いをするのだ。
「それにしても、不思議な縁ですね」
「はあ」
カミュエル達が出ていくと、カズがオクトに話しかけた。
「小さなころに離れ離れになり、別々の大地で暮らしていた2人が再会。ロマンチックだと思いませんか?」
「……どうでしょう」
「ただの偶然だろ」
何がロマンチックだ。運命なんて、関係ない。大切なのはその手を離さない努力をどれだけできるかだ。俺はその為にならなんだってやる。
運命だなんて、不安定なものになんて頼らない。
「まあ、クロは精霊を引き寄せ、従える事ができる能力がありますし、貴方に精霊の血が流れているなら、そのおかげかもしれませんね」
「あ。やっぱり特殊な能力があるんですか?」
「クロは鈍いので、全く気が付いていませんが」
何が言いたい。おかしなことをオクトに吹き込もうとするカズを睨むと、カズは意味ありげに俺を見た。
「それにしても、偶然なのか、必然なのか。幼い時ほど魔力の暴走というものが多いですが、クロが近くにいたならそういう事も起こらなかったでしょうし。先ほど言ったように不思議な縁ですよね」
「えっ?そうなんですか?」
「先ほども言ったように、精霊を従える能力があるクロは、例え貴方が暴走しかけても貴方に精霊の血が流れる限り抑えられるんですよ。混ぜモノの数が圧倒的に少ないのは、生まれにくいというのもありますが、育ちにくさからもきています。まるで運命が貴方を生かそうとしているようで、悪運の強さに感心してしまいます」
カズの目は、俺を向いている。
俺は運命なんて信じない。……それはカズも同じではないだろうか。
オクトは誰からも利用される事のない、旅芸人として生まれた。そしてその旅芸人には、精霊を操る事ができる能力を持った子供がいて、偶然にもオクトと仲良くなった。オクトが暴走したとしても止められる事ができる少年が、偶然――本当に偶然か?
これは、偶然ではなかったのではないだろうか。では、誰が必然にしたのか。
「当たり前じゃ」
どこからともなく、子供の声が聞こえた。
「お前を生かそうとしとるのは、運命でも何でもなく、わらわとお前の母。死なないのは必然じゃ」
突然現れた子供は、ふよふよと空に浮かんでいた。……普通の子供という事はなさそうだな。普通の子供は、空に浮いたりはしない。
「なんじゃ?わらわに用があってきたのじゃろ。ヒトの顔を見て呆けるとはどういう了見じゃ?」
「まるで前館長みたいなしゃべり方だな」
「ははは」
あまりに姿と言葉遣いがちぐはぐで、俺はまじまじと見てしまった。言葉遣いはジジババっぽいが、姿はオクトより幼く見える。
「あー、えっと。初めまして。トキワさん……ですよね?」
「いかにも。わらわは、時を司りし神に仕える高位精霊のトキワじゃ」
「時を司りし神?」
神という言葉に俺はピクリと反応する。時の神……それはカミュエル王子が言ってた言葉。オクトを絶対近づけさせてはいけない場所。
「いかにも。わらわは時の神に仕えるモノ。最後の時の女神が居なくなってからは時の管理を代行し、待ち続けておるモノじゃ」
待つ。
その言葉に俺は、時の精霊の危険さを改めて感じた。
「待つって――」
「じゃが、最近、時の流れをひっちゃかめっちゃかにして、いくつもの並行世界を生み出している愚か者がおってのう。その件を含め、わらわはオクトと2人きりで話がしたいんじゃが、駄目かのう?」
「駄目に決まっているだろ」
時の精霊と流されやすいオクトを2人だけで話させるなんて認められない。
俺はすぐさま否定した。
「そうですね。オクト嬢を1人にしては、私がクロに怒られてしまいます。ですからここで話をしていただきたいのですが」
「わらわはオクトに聞いておるんじゃが」
「私は……」
オクトが迷う。
時の精霊はオクトが探していた人物だから。自分の願いを叶えてくれるかもしれないから存在だから。そこから自分を犠牲にする方法がでてくるなんて考えてもいないから。
「わらわは、オクトが知りたい事を知っておる。しかし部外者がおるならば、わらわはこれ以上しゃべる気はない」
「えっ?!」
「駄目だ。俺が居る前で話せないような内容なら、帰らせてもらう」
何故、オクトと2人きりで話す理由がある?
本当に帰ろうとすれば、きっと時の精霊も妥協案を出してくるだろうと考えてだったが、オクトは俺からするりと逃げだ。
「アスタ、ちょっと待って」
「何でここじゃ駄目なんですか?」
「時の管理に関わる事は、本来他者に漏らしてはならないからじゃよ」
ならオクトだって、【他者】だろ。
まるでそうではないような言い草に、俺は再度文句を言おうとした。しかしその言葉の前に、オクトが話す。
「分かった」
「――ッ。オクト駄目だ」
オクトはきっと聞いたら、自分ではなく他者の最善を選ぼうとしてしまう。だから――。
「アスタ、ごめん」
オクトの手をもう一度掴む前に、瞬きする間もなく、視界からオクトが消えた。
「……オクト?」
転移魔法よりもずっと鮮やかな消失。まるでそこには、最初から誰もいなかったかのように。そして続く絶望。
オクトが……居ない。どこにも、居ない。
「オクト? オクト、オクト、オクトッ……」
周りを見渡し、名前を呼ぶ。
しかし返事はなく、オクトの姿もどこにもない。
どうして。なんで?
オクトがいない。
「時属性の魔法を使われたみたいですね。……泣くとか、本気で止めていただきたいのですが」
「泣く?」
俺は、泣いているのか?言われて初めて、視界が歪んでいたことに気が付いた。
「本当に魔族は馬鹿な生き物ですよね。ヒト1人居なくなったところで、何も変わらないのに……睨まないで下さいよ。だから、私は魔族と会いたくないんです。本当に面倒だ」
カズが深くため息をついた。
「どうです? 魔王をやる気になりませんか?」
「何を……」
「魔王になれば、誰か1人が居なくなったからといって、世界が壊れてしまうような気持ちになる事はありません。まあ、若干執着心が強いですし見返りも求めるようになりますが、それでも普通の範囲です」
カズは馬鹿にしているのだろうか。
しかしその目は、決して馬鹿にするものとも違った。心配されていると、聞かなくても分かる。
「それに、自分の配下である魔族の力を使う事も可能です。そうすれば、彼女を追いかける事もできる。代わりに、魔族という厄介なものに対して、親のような気持ちを持たなければならないですけど。でも、大切なものが1つではないというのは、結構普通ですよ。魔族以外の種族は、誰もがそうなんですから」
知っている。魔族が異常なのだと。
でも。俺はオクトでないと駄目で。オクトがいないと不安で仕方がない。オクトがいなくなってしまうと思うと体が震える。
「まあ、今回の事は貸しにしておきます。今の動揺している貴方に言っても答えなんてまともに出せないでしょうから」
「……貸し?」
「時属性の魔法は、時間を止めるなどの時に関わる事しかできません。現在時間が動いているという事は、時属性の魔法は使っていないという事。きっと2人きりになれ、邪魔もされない時の神殿にでも引きこもったのでしょう。オクトさんの居場所が分かるモノは持っていますよね。……天狐、ナル。来なさい」
カズが2つの名を口にすると、空間に歪みが生じた。
そして目の前に2人の魔族が現れる。1人は女、1人は男。どちらも俺が知っている国の服装ではない。
「魔王様、どうされました?」
「おひさー、カザルズ」
女の方は真面目に、男の方は軽い感じで挨拶をする。どうやら、今名前を呼んだだけでこの2人を呼び寄せたらしい。
「来て下さってありがとうございます」
「そんな魔王様が呼べばどこでもすぐ馳せ参じますわ」
「そうそう。カザルズ以上に優先するものなんてないし。でも珍しいよね。今日はどうしたの?」
真っ直ぐカズを見る目に宿るのは、盲信。
俺も傍からみると、こんな姿なのだろうか。
「私の愛し子である、魔族の子の大切なものが奪われてしまいましたのでね、取り戻す為のお手伝いしていただきたいと思ったのです。天狐は異空間を見つけるのが得意ですよね。時の神の神殿探しを手伝って下さい。ナルには、中に入りこむ為の手伝いをお願いします。神の神殿というのは、主がいなくても厄介な代物ですから。」
「そうでしたか。魔族の大切なものを奪うなんて、命を奪うも同じ。そして魔族は魔王様の大切なものの一つ。勿論、協力させていただきますわ」
そういい、テンコと呼ばれる女性は俺の方を見て笑った。
「安心しなさい。魔王様は我らが父であり、母でもあるの。決して、貴方の不利益になるようなことはなされないわ」
「と、いう感じなんです。魔王というのは」
そう言って、カズは苦笑した。そして耳元に近づき囁く。
「だから面倒なんですよ。貴方を含めて、すべての魔族が私には子供のように感じるんです。……また、魔王の件は考えておいて下さい」
俺は魔王は、魔族を縛れる王だと思っていたが……どうやら少し違ったようだ。口では面倒などと言っているが、もっと温かな血の通った存在。
なるほど。
オクトに出会う前に、魔王に会いに行かなくて本当に良かったと思う。これは確かに孤独に苛んでるものなら、魔王に傾倒する。親の愛なども薄い俺らには、これは毒だ。
「なあ。アンタは魔法陣には詳しいのか?」
「ええ。アスタリスクは、あの魔法で有名な国であるアールベロの魔術師ですから」
「じゃあ魔力の構成と流れを教えるから、上手い事相手の魔法陣に手を加えて破壊してくれよ。俺、見極めるのは得意だけど、書き換えは苦手だからさ」
男の魔族はかなり協力的だ。……魔王の前だからだろうか。
「不思議そうな顔をしてるわね」
「当たり前だ」
彼らにとって大切なのは、魔王。
その魔王が俺の事を助けようというから、俺を助ける。でもだったら、俺に対して嫉妬などはしないのだろうか? わざと嫌がらせをする可能性は?
いや。俺なら、オクトが望んだ事に対してそんな事は出来ないか。別の部分で嫌がらせはするかもしれないが、その願いはオクトの不利益にならない限り多分叶える。
「安心していいよ。別に罠なんて張っていないから」
「それにね。魔王に付き従うと決めた時から、私たちの価値観はまた変わるのよ」
「変わる?」
女性は俺の頭を撫ぜた。
「魔族が全て家族なの。弟君」
「……俺は、たぶん君より年上だと思うけれど?」
俺はそう言い返し、カズに頭を下げた。これしかない。
「お願いします。オクトを取り戻す手助けをして下さい」
「もちろん。助けますよ。でも頭は下げなくていいです。その代りこれは貸しだと覚えておいて下さい。1度だけでいい。私が呼んだ時、必ず手伝いに馳せ参じなさい」
オクトを取り戻せるなら――。俺は魔王の条件を飲んだ。




