15話 涙混じりな決意
オクトがおかしい。
妙に挙動不審というか……。
珍しく疲れたから早く寝ると宣言して部屋に閉じこもったと思えば、朝起きたら既に1人で出かけた後だった。ヘキサに雇われて賢者の家で家事をし始めたペルーラだけに伝言を残して。
いつものオクトなら本を読みながら寝てしまうのが当たり前だし、朝だってペルーラにアユムを任せて出かけるとしても、アユムが起きるまでは家にいる。
おかげで、目を覚ました時にオクトが居なかった為に、アユムも挙動不審だ。朝食そっちのけで、家の中をウロウロしたのち、窓の近くでじっと外を眺めている。まるでオクトの帰りを待つように。
「アユムお嬢様、ご飯を食べて下さい」
「……いらない」
アユムはふるふると首を振るとやはり窓のそばから離れず、じっと外を見ていた。オクトの幼少期に比べ活発な子だと思ったが、今はとても大人しい。
「アユム、オクトに会いたいのか?」
「うん。……オクト、早くかえってこないかな」
アユムは不安でたまらないような顔をしている。まるで捨てられた犬のような目でしょぼくれていた。
「仕事だったら遅くなるかもな」
ペルーラもしっかりといつまで出かけてくるのかは聞いていなかったので、オクトがすぐ帰ってくるとは言ってやれない。こういうのは下手に期待させる方が、残酷だ。
「あーちゃんがわるい子だから、オクトいない?」
「どういう意味だ?」
アユムが悪い子なのと、オクトが仕事で出かけてしまっている事が繋がらなくて、眉をひそめる。アユムは、語彙不足でうまく伝えたいことが伝えられない事があるので、それが原因かもしれないと思い聞き返す。
「あーちゃん、わるい子だから、おかーさんもおとーさんもいなくなったの」
「そうなのか?」
確かアユムは混融湖に流れ着いた異界の子供だったよな。混融湖で流れ着いたとか、本当かと疑問に思う部分もあるが、実際アユムは魔素の耐性がなく、魔力も全くないというこの世界のヒトとは違う体の作りをしていた。だが、母親に捨てられたとは聞いていない。
「おかーさんおこると、あーちゃんをすてちゃうっていってたの」
「アユムは捨てられたのか?」
「わかんない。でも、いっしょに、えっと……りょこうに行ったけど、目がさめたらだれもいなかったの。きっと、あーちゃんがわがまま言ったから」
なるほど。
よくある、悪い事をすると悪い事が起こる的な戒めとして、アユムの親はアユムを捨てると表現したのだろう。実際本当に捨てたのかどうかは分からないが、アユムが捨てられたと思うのなら、それがアユムにとっての真実だ。
それを否定できるのはアユムの親しかいない。
「それでオクトもアユムが我儘を言ったら捨てると思ったのか?」
「うん」
「オクトはアユムに我儘を言ったら捨てると言ったのか?」
「ううん」
アユムは首を横に振った。
そうだよなあ。そもそもアユムは捨てられたくないという思いがあってか、あまり我儘を言わない子だ。そしてオクトはかなり辛抱強い上に、あまりそう言う強気発言をしない気がする。オクトなら叱る時はひたすらアユムに向き合いそうだ。
「オクトがもしも居なくなるとしたら、たぶんそれはもっと他の理由だから安心しろ」
「べつ?」
「そう。たぶんオクトには、離れたくないと我儘を言った方が効果的だと思うぞ」
オクトにはそっちの方が有効な手だろう。
自分の為に上手く生きられない子だから、誰かに求められるとそれを否定できない。そんなやり方でバランスをとっているのは危険だし、歪だとは思う。でもそんなやり方でもいいから、俺はオクトにここで生きていて欲しいのだ。
そうでもしないと、誰かを助ける為にうっかり死にかねない。
しかもこの間、カミュエル王子には、オクトが神様としてこの世界の為に身をささげる一歩手前の状況にいると聞いた。冗談じゃない。
何でオクトが神様になって、長い眠りにつかなければならないんだ。例え世界の誰もがそれが正しいと言ったとしても、俺は全力で否定する。
「アスタもわがままいうの?」
「ああ。言うよ。オクトがずっと傍にいてくれるなら、どれだけでもオクトを困らせる」
オクトがいなければ意味がないのだ。
それによって、オクト自身に恨まれても……。
「あーちゃんも、オクトといっしょにいたいの」
「そうか」
俺は同じ気持ちのアユムの頭を撫ぜた。
「だったら、一緒にオクトに分からせてやろうな」
そんな日がこなれればいいけれど。そう思いつつ、俺は決意した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな決意をして数日後。
「……本当にやってくれる」
オクトは、手紙1つ残して、突然異国に旅立った。
やる事が予想を裏切らないというかなんというか。手紙にはホンニ帝国に行って、時の精霊のトキワに会って来る旨が書かれている。
どうやら思いっきりカミュエル王子が予想した通りにオクトは動いてしまっているようだ。
このままいけば、友人を助ける為に、本当に自分を犠牲にしかねない。……というか、下手したら、カミュエル王子が考えたより最悪の事態を起こす可能性もある。
「アユムお嬢様。泣かないで下さい。しばらくすれば、オクトお嬢様も帰ってみえるはずですから」
朝起きてからわんわんと聞き取る事のできない言葉で泣き叫び続けるアユムにペルーラは困っていた。普段、ほとんど我儘を言わない子だから余計にだろう。
ペルーラ自身、アユムに同情的なようで、強く叱る事は出来ないようだ。
危険な場所に行くから、大切なものを置いていくというのは確かに理にかなった発想である。でも置いていかれた方はたまらない。置いていかれた方の気持ちは、きっと置いていった方は分からないのだろう。だからこんな残酷な事を平気でできる。
「それまでヘキサグラム様のお屋敷に――」
「ペルーラ無駄だ。アユムが今傍にいて欲しいのは、ヘキサじゃなくてオクトなんだから」
例えヘキサがオクトの兄のような立場だとしても、彼はオクトではない。アユムにとって大切なのは、オクトであるかどうかなのだ。
「なあ、アユム。悪い子にはちゃんとお仕置きしないといけないよな」
俺がアユムの頭に手を置き話しかけると、ピタリとアユムは泣くのを止めた。
きっと俺もアユムと同じ気持ちだというのが分かったのだろう。オクトに置いていかれて寂しくて死んでしまいそうなぐらい辛いという気持ちが。
「オクトを取り戻す為に、オクトを盛大に困らせよう」
「……こまらせる?」
「俺らがどれだけ悲しかったか伝えればいいんだ。だから俺と一緒にオクトの所まで行こう」
そう。
オクトは知るべきだ。置いていかれる方の辛さを。いや、友人を取り戻す為に動いているのだから、知らないはずがない。だから今度はオクトに自分の価値を見直させなければならない。
家族を失うというのは、友人を失うよりもずっと辛いのだ。
血のつながりはない。戸籍も違う。でも一緒に暮らしていて、もう家族なのだ。俺にとってオクトはそう言う存在で、アユムも同じ。隣にいて当たり前の存在がいなくなったら、悲しいに決まっている。
「あーちゃん、……オクトを……こまらせる」
しゃっくり交じりでアユムが強く頷く。
「俺がオクトのところまで連れていってあげるから、今ここで泣いたみたいに、オクトの前で盛大に泣けよ。それが一番オクトが困る事だから」
きっと普段泣かないアユムに泣かれたら、どうしていいか分からなくなるに違いない。
とにかく、オクトには自分がやった間違えを気が付かせなければ。そうしないと、いつまでも同じことを繰り返す。
「わかった。あーちゃん、いっぱい泣く」
アユムは拳を握って力強く頷いた。
「ペルーラ、しばらく俺も留守にする事をヘキサに伝えておいてくれないか? 大切な子をもう一度ここに連れ戻すためだから、大目に見ろと」
「分かりました。旦那様」
そう言て、ペルーラは頭を下げる。
それを見て俺はオクトが今も身に着けている追跡魔法を追って、オクトの元へ転移した。




