14話 秘密な約束
「悪いが、まったく話が理解できないんだが。そもそも、この世界の神は元が混ぜモノというならなんなんだ?」
龍玉にいる神は龍神ではなかったのか?
生き神であるとは聞いていたが、奉られている者と忌み嫌われている者が元は同じというのも変な話だ。どうやら唯一神と会える王族と、一般人の俺では、土台となる知識が違うらしい。
「龍神はこの世界の一部かな。この世界で多くの魔素を生み出し、安定させているのが神の役割。だから彼らは厳重に守られ、奉られている。彼らがいなくなれば、この世界の魔素がなくなり、最終的にヒトは死に至るからね」
「そう言う存在がいるというのは納得するとして、どうして龍神が混ぜモノなんだ?」
「実は混ぜモノは唯一魔素も自然に生み出している生き物なんだよ。龍神は更にその魔素を作り出す能力を強めた存在かな。魔素というのは知っての通り、老化を遅らせるものでもある。だから多くの魔力を持つモノほど長生きになるんだ。龍神も同じで、僕たちにすればとても長生きだけれど、でも永遠ではない。だから代替わりをする。その時の後任が【混ぜモノ】であり、もちろんオクトさんも適合者だ」
「まて。後任が【混ぜモノ】でも、龍神のように魔素を多量に作る事は出来ないんだろ?」
もしそんな事が簡単にできるとしたら、そもそも龍神ではなく、【混ぜモノ】が保護される対象になるはずだ。でも実際は違う。
この世界で混ぜモノは忌み嫌われ、オクトは萎縮して生きている。ある意味はれ物に触るかのように。まあおかげで、殺される事もないけれど。
「先ほども言ったように、龍神は代替わりするもの。ただ交代するのではなく、龍玉を次世代に残し、それを後任者が体内に入れる事で新たな龍神が完成するらしいよ。僕も聞いただけで、見たことはないのだけど。ちなみに、この世界で最後の代替わりをしたのは、水の神【水無】だそうだよ」
「それで、その話とオクトに何か関係があるのか?」
否定するには情報が何もないため、とりあえず俺はそのまま納得することにした。
というか、へーと頷いておくしかない内容だ。
「今度はオクトさんが今やろうとしている内容の話となるのだけど、オクトさんが、時魔法や混融湖、精霊についてを調べているのは知ってるかい?」
「まあ、それ系の本は大量に読んでいるみたいだな。理由は知らないけど」
オクトは自分の研究をまだ俺に明かしてはくれない。
俺を信用していないとかではないようなので……オクトはあまり話す事が得意ではないのも理由の一つかもしれないと思う。
「オクトさんは、混融湖に落ちてしまった学生時代の友人を助けようとしているんだ。その為に、ずっと調べつづけている」
「混融湖に落ちたって……無理だろ」
混融湖は一度落ちたら浮かび上がる事ができない湖だ。時折、異界のモノを打ち上げられるが、落ちて助かった人の話はほぼ聞かない。それに、一度沈んでしまったなら、死んだと考えるのが妥当だろう。沈んだのだって、きっと最近の話ではない。
「そう。普通に考えたら無理なんだよ。そして僕はもう諦めて欲しいと思っている。でもオクトさんは諦めることができないみたいでね。諦める事が罪だと思い、助ける方法を考える事が償いだと思っている。そもそも彼らが落ちたことに対してオクトさんには何の咎もないし、償いをする必要はないのだけど。でもそれを言って納得するような彼女ではないからね」
「なら時魔法や混融湖、精霊について調べているのは、その友人を助ける為なのか?」
面倒といいながらも、ヒトの為にならどこまでも力を注いでしまえるオクトだ。
確かにそれが理由だとしたら、オクトが体の不調を無視して、忙しくしているのも分かる。
「アスタリスク魔術師が言う通り、オクトさんの目的はそれだよ。そして、それはとても危険なんだ。普通に考えたら無理な事でも、オクトさんなら奇跡を起こしてしまえる可能性を持っているから」
「なんだそれ」
「先ほど言ったように、混ぜモノは神になる事ができる。そしてこの世界の神には、空席がある。神話にもあるけれど、元々12柱いた神は、今は6柱まで数を減らしているんだ。うち光と闇に関しては、1柱が2つを担っているという状態。そして時や混融湖に関与できる時の神は、長い年月空席のままなんだよ」
「……つまりオクトが、時の神になれば、その友人も助けられるというわけか」
ようやく繋がった話。
空席があるという事は、混ぜモノだとしても、それを継ぐには、色々問題があるのだろう。100年ほど前にも黄の大地では混ぜモノの暴走があったという記述があるのだから、混ぜモノはまったく生まれないわけではない。
そしてオクトが、もしもその事実を知ったら、盲目に神となる為に動き始めるだろう。
「そう言う事。だから、この話は絶対オクトさんに伝えるわけにはいかないんだ。オクトさんはきっと簡単に自分を犠牲にしてしまうからね。今はオクトさんが簡単には死ねないように、多くのヒトが重しになっている。オクトさんは自分が死ぬことで泣く人がいるから生きているんだ。でも罪を償うためという大きな理由ができれば、そちらを優先してしまうかもしれない」
「神になるとどういう不都合が起きるんだ?」
オクトが自分を犠牲にしてしまうという事は、それなりのリスクや何か問題を含んでいるという事だろう。
「まず神になると、王族と精霊以外には会えなくなる。それは神同士の取り決めらしい。でも国がない状況の場合は、しばらくは見逃すだろうし、神という事を隠して町中に出没したりもするそうだからそれほど厳密でもないようだけどね。一番の問題は神になるまでの間かな。どうやら神になる為に龍玉を取り込むと、龍玉の力が体に馴染むまで眠りにつく事になるらしいよ」
「眠りにつくって、どれぐらいなんだ?」
「短ければ5年程度らしいけれど、それは前任者からの引継ぎが早くて、魔素も十分にこの世界にある場合らしい。でも【時】は、とても長く空席が続いて、もう混融湖にしかその魔素もない。眠ったらきっと数百年以上は眠り続ける事になるそうだよ」
百年……。それは短いようで、かなり長い。魔力を持たない者達が生きられる長さではないし、更にそれを超えるとなるとエルフぐらいのものである。魔族も生きようと思えば生きられるだろうが、たぶん途中で精神的に病んで死に至る。
「オクトさんがもしも時の神になったら、次に目を覚ました時には、もうオクトさんを知るヒトのいない世界だ。そしてそこからさらに長い年月、神として生きていかなければならないんだよ。それがオクトさんにとってどれだけ残酷な事か、アスタリスク魔術師なら分かるよね」
つまり神になるという事は、オクトがこれまで築いてきたものをすべて捨てろと言っている様なものだ。
友人を救うために、すべてを捨てる。さらに神として生きるならば、それから先も、オクトは誰かの為に自分の時間を使うのだろう。たった独りで。
「それに僕はできるならオクトさんと同じ時を生きたい。だから彼女にその道を選ばせたくないんだ。はっきり言って、彼らが混融湖に落ちたのは自業自得。でも彼女自身が神になる事を選んでしまった時、たぶん僕ではオクトさんを引き戻せない」
そうだろうか。
カミュエル王子だったら、もっと上手く立ち回り、オクトの心を掴んでオクトを逆らわせないようにすることも可能な気がする。オクトは俺とは違い、頑固ではあるが流されやすい。
あえてそれをしないのは……カミュエル王子が最初から、それを望まないからだろう。
ああ。そう言えば、王族にオクトを関わらせたくないとも最初に言っていた。もしもオクトがカミュエルに逆らわなくなれば、王はオクトを手札にしろとカミュエル王子に命ずる――。
「俺もオクトを手放す気はないからな。今の話は覚えておく」
少しだけカミュエル王子の気持ちが垣間見えたが、俺はそのまま見なかった事にした。
たぶんそれをコイツも望んでいて、でもあえて見せたのだろう。俺を納得させるためだけに。だから、俺も協力してやる気になった。
俺自身、カミュエル王子と考えは同じ為に。
その後家に戻り、オクトの部屋をそっと覗きに行く。
1つのベッドで、オクトとアユムはすやすやと寝息を立てていた。どちらも変わらないぐらい幼く見える。……オクトは、アユムと同じで、まだ守られていていい年齢なのだ。
そんな自己犠牲なんて覚えなくていいはずなのだ。
「オクト……俺は愛してるよ」
目を覚まさない程度の力で、そっと頭を撫ぜる。
だからどうか、自分の事を好きになって欲しい。誰かの為だけに生きるなんて事をしないで欲しい。ちゃんとオクトは愛されているのだから。
彼女をどんな形でもいいから守りたい。
俺は心の底から、そう思った。




