11話 可憐なドレス選び
「オクトのドレスに、これなんてどうだ?」
「あ、可愛いですね。造花がたくさんついている所なんて、まるで花の妖精みたいで素敵じゃないですか」
「あの、もう少しシンプルな方が……というか、ピンクはちょっと……」
俺が楽しげに現図書館館長とオクトに着せるドレスのデザイン画を見ていると、オクトがおずおずと否定的なコメントを挟んできた。
もちろん本人の好みにしてあげたいのはやまやまだが、オクトのドレス選びのポイントは、地味、シンプル、動きやすい、金銭的に安いに絞られ、流行や似合う似合わないなどが度外視される。その為、俺らはオクトの意見を聞きつつも、聞き流すという流れになっていた。
どうしてオクトのドレスをこうやって、女館長と選ぶことになったかというと、話が少し前にさかのぼる。実はこの女館長がヘキサは俺に紹介したい大切な人であり、ヘキサの結婚相手だった。
そして、俺とオクト、アユムは2人の結婚式に招待され、現在彼女と意気投合し、結婚式にオクトが着ていくドレス選ぶという状況になっていた。
「フリルがもっとあってもよろしいのでは」
「ヘキサ兄。お願い、話を聞いて。私はもっとシンプルで安い生地で構わないから」
オクトが悲鳴を上げるようにヘキサにいい募る。しかしそれは選択ミスだ。俺や女館長相手では言い負かせないと判断したらしいが、ヘキサの方が難しいのを俺はよく知っている。
「何故?」
「えっ? いや、えっと」
「最近のドレスの流行はフリルを多様した形状だと伺っている。それに痩せている体型な方が似合うとも。そして伯爵家の財政はドレス一枚を安い生地で作らねばならないほど貧困はしていない」
つらつらと理論で攻められて、オクトはキョトンとした顔をした。まさかあの堅物なヘキサがドレスについて語りだすとは思わなかったのだろう。しかし、それはオクトの認識ミスだ。ヘキサはやると決めたら徹底的に行う。
「でも、自分でお金は払いたいし」
「先ほどアリスも言ったが、伯爵家の参列者として恥ずかしくない恰好をしてもらいたい。そして招待をしているのは私だ。こちらが払うのが筋というもの。ただし最近の流行ばかり追えばいいものでもないとは思うので、腕や足を露出させたタイプのドレスをあえて選ぶ必要はなく――」
「あ、あの。腕や足は、別に露出しても気にしない」
たぶん今オクトは、露出させる方が、布の生地面積が少なく済むと考えたのだろう。そして、このままヘキサにドレスについて語られると、日が暮れるとも。
「私も露出が多いのも可愛いと思うわよ。女だから肌を見せたら駄目だなんて時代遅れだと思うわ」
「しかし会場にいるのは女性だけでなく、男性もいるのだから――」
「ヘキサ兄……私に関してはそこまで気にしなくていい」
あまり自分の外見価値が分かっていないオクトは、心配性なヘキサの発言にため息交じりだ。しかし俺としてはオクトの発言にため息が出そうである。無防備過ぎて心配だ。
「そう言えば、アユムはどれがオクトに似合うと思う?」
俺らが話している間、大人しくこちらを見ていたアユムは、えっとぉと言って椅子の上に立ちデザインがを覗き込む。
そしてパラパラとめくって、青色で描かれた絵を指さした。
「あーちゃん、これ」
「私も、ピンクよりはこっちがいいと思う」
まさに天の助けとばかりにオクトがアユムの案に乗っかった。心底ほっとしているのは、そのデザインがそれほど華美なものではないからだろう。
「どうしてそう思うの?」
「オクトとおなじなの」
オクトと同じ? ……ああ。目の色か。
確かにデザイン画に使われている色は、鮮やかな青で、オクトの瞳の色と全く同じだ。
「確かに瞳と同じ色だから合わなくはないか。シンプルなのも、髪飾りやネックレスで誤魔化しがきくし。足がしっかり出ているのもいいわね。素材がいいから、逆にこれぐらいの方が綺麗さを出せるかも」
「少しスカート丈が短すぎじゃないか?」
「あら。最近の魔法学校の女子生徒ならこれぐらい当たり前ですわ」
そう言うものなのか。
俺は女の服に関してはそれほど詳しくないので良く分からないが、くるぶしがしっかり見え、それどころか膝に近い位置まで足がみえてしまうのは刺激的で少し抵抗がある。
オクトは可愛いので悪い虫がつかないように目を光らせておかなければいけないだろう。
「じゃあ、今度はアユムの服を決めましょう」
「あーちゃん、これー」
早いな。
グダグダとオクトは決められなかったのに対し、アユムはすぐさまデザイン画のひとつを指さした。そのドレスは淡いピンク色をし、ふんわりと腰から下が広がっている。
「あら。確かに可愛らしいわね。良かったわ。オクトに似ず、ちゃんとした美的感覚が育っていて」
オクトは女館長のイヤミが聞こえないふりをして、目を逸らし誤魔化した。オクト自身、自分のセンスのなさは分かっているのだろう。
「じゃあ、次は髪飾りね」
「げっ。……いや、髪はこのままでも」
「駄目よ。結いあげなくても、何かつけないと。後ネックレスと、靴もあるから」
オクトの顔が明らかにげんなりとしたものになった。
良く考えると、オクトは昔からあまり服や靴に興味がなかったなと思う。というか、物欲が薄い。オクトが唯一欲しがっていたのは、顔を隠せるフード付きのコートだ。顔の痣を隠す為だろう。
「とりあえず、少し休憩をしようか」
「あ、新しくお茶を入れますね!」
オクトはこの手の事が本当に苦手なのか、いそいそとキッチンの方へ出ていった。
「あーちゃんも、てつだうの」
その後ろを、ひな鳥についていく雛のようにアユムがついていく。
「ここの家事はすべてオクトちゃんがこなしているのね」
「ああ。家事に関してはとても器用だからな」
オクトは幼いころから、家事全般をこなせるぐらい器用な子供だった。誰に教わるでもなく、お茶も美味しく入れられたし、包丁も使いこなせていた。
「あの子、本当に大丈夫かしら」
「大丈夫とはどう言う意味だ?」
「ほら。今、家事と子育て以外にもいくつもの仕事を掛け持ちしているでしょう? まあ、図書館の時魔法に関してすべてお願いしている私が言えることじゃないかもだけど」
確かにオクトはかなり働きすぎだ。
一緒に住み始めて余計にそう思う。常に追われるように色んな事をこなしている。
一緒に暮らし始めてオクトを観察していて思ったのだが、オクとは口には出さないが、かなり混融湖の事件に関して罪悪感を感じているようだった。まるで幸せになってはいけないという罰を受けるかのように、自分自身の幸せを度外視する。
また忙しく働き、罪を考えないようにすることで、自分の中のバランスをとっているようでもあった。
しかし現状は明らかな働きすぎだ。体が弱いのも、たぶんそこからきているのではないだろうか。
「せめて家事だけでも、変わってあげられる人がいればいいのにね」
「それについては私の方で少し考えている」
「考える?」
ヘキサは俺の質問にうなづいた。
「元々、アユムを引き取った時から考えてはいたことです。どうしても子育てをしながら働くのは大変だと思いましたので。ただどうすれば、オクトが納得して受け入れるかが問題なだけで」
「貴方と同じでオクトちゃんも意外に頑固だものね。それに混ぜモノであるオクトちゃんとうまくやっていけるような人でないといけないし」
確かに、オクトの存在は受け入れられつつあるが、それはごく一部でもあった。
混ぜモノというだけで忌避されるのは変わりなく、住み込みに近い状態で働くとなると募集しても働き手が来ない可能性は高い。またオクトが萎縮して暮らしにくくなるのも困るので、誰でもいいというわけにもいかないのだ。
そしてオクト自身も、自分はそんな使用人を使うような身分じゃないとか色々言いそうでもある。最後のオクトの言い分に関しては黙殺して強制的に住み込みで働いてしまえば、そのまま流されてしまう気もするが。
オクトの事を大切にできる使用人で、かつ、オクトがあまり気を使わなくてもすむ人材となると――あっ。
「そういえば、子爵邸に一人オクトの事が大好きなメイドがいるな」
「子爵邸でしたら、学生時代に住んでいましたよね」
たぶん一緒に暮らしても問題がないというか、学生時代のオクトは普通に馴染んでいた気がする。
「オクトとは面識もあるな」
「名前はなんというのですか? タイミングをみて私の方から打診をしてようと思いますが、それでよろしいですか」
まあ俺が使用人を連れくるよりも、ヘキサが強制的に配置した方が、オクトも諦めるだろう。オクトは俺と同じでヘキサの理論攻めに弱いようだし。
「よろしく頼む。名前はペルーラで、狼系の獣人の娘だ」




