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9話 強引な同居

「旦那様?!」

 俺が子爵邸に入ると、いつも通りペルーラは走って玄関までやってきた。突然やってきた俺に驚いているらしく犬のような耳がピンと立っている。

 基本的に俺はあまり子爵邸に来ないので、連日続けて来るのは確かに珍しい。

「ペルーラ、俺の着替えとかの泊まりをする為の道具一式鞄に詰めてくれないか」

「何泊かのご旅行に行かれるのですか?」

「旅行ではないのだけど、最低でも1月は泊まるつもりかな」

 むしろそのまま住んでもいいと思っている。この辺りはどれぐらいオクトを言いくるめれるかにかかっているだろう。


「あの、どちらに泊まられるのか聞いてもよろしいでしょうか?」

「森の賢者様の家さ」

 オクトが倒れた瞬間、俺はこの世が終わるような気持ちになった。

 もちろん今回はただ単に、お酒に弱いオクトが酔って倒れただけだと分かっている。それでも、一瞬何も考えられなくなるぐらい俺は混乱した。

 特にオクトは体が弱いと聞くし、良く考えれば俺がオクトを見つけた時もオクトが熱中症で倒れた瞬間だ。元々はあんなに体の弱い子ではなかったと思う。そうでなければ、旅芸人という国を回る場所で生きる事は出来ないはずだ。

 だとしたら何かオクトは無茶な事をしているのかもしれない。先生もオクトの事を生きを急ぐようだと言っていた。過労はまず間違いないだろう。

「体が弱いようだし、近くでオクトの事を見てやりたいと思ってね。共同研究をする上でも便利だし」

 このままでは俺が知らない場所で、ある日オクトは独りぼっちで死んでいるかもしれない。でもそんな事許せるはずがなかった。だから不安を取り除くため、俺はオクトの家に住む事を1人決めた。

 共同研究を理由にするつもりなので、一応ペルーラにもそう伝える。


「そうなんですね! 分かりました!」

 ペルーラはぱぁぁぁぁっと顔を明るくすると、ダッシュで俺の部屋へ走って行った。そう言えばペルーラは元々オクトにすごく懐いていたし、今のオクトを心配しているのかもしれない。

 ペルーラが荷物を準備するまで手持無沙汰な俺は、ソファーに座り目を閉じた。するとオクトが倒れた姿が思い浮かんだ。しばらくあの光景は忘れられそうもない。……オクトも俺が倒れた時、同じような気分だったのだろうか。確かに2度は見たくない光景だし、オクトが俺を遠ざけたのも分かる。あれを何度も見る事になったら、心が耐えられる気がしない。

 でも俺はそれでもオクトと一緒にいたいと思った。知らないところで消えてしまうぐらいなら、例え再びあの光景を見なくてはいけない日が来たとしても傍に居たい。……それで心が砕けて、俺の最期となったとしても。

 魔族は生きようと思えば、エルフ並みに長く生きる事もできる。でも空虚なまま生きて何になるだろう。愛も何も知らない頃ならそれで良かった。他者の暖かさを知らないならば、知らないままで終わっただろう。でも俺は知ってしまったのだ。

 知らなかった頃には戻れない。

「オクト……」

 お願いだから拒絶をしないで。

 俺は柄にもなくそう願った。





◇◆◇◆◇◆◇





「旦那様。オクトお嬢様は、自分の体の事を蔑ろにされがちです。ですから、どうか気にかけて下さい。お願いします」

 荷物をまとめ終わったペルーラは、鞄を持ったまま頭を下げた。

「無表情で分かりにくい方ですが、凄く優しすぎる方なんです」

 普通は使用人が主にお願いをする事なんでない。伯爵邸よりちょっとばかり無法地帯な子爵邸でもそれは変わらない、使用人の掟のようなものだ。ペルーラも働く上で、その点はわきまえていた。

 それでも今回掟を破り、罰を下されるかもしれないのにお願い事をしているのは、オクトが心配で仕方がないのだろう。

 こんなに周りを心配させて本当に悪い子だ。ちゃんとこの事はオクトには教えていってやらなければいけない。自分自身を大切にすることが、周りも大切にすることに繋がるのだと。

「分かっているよ」

 

 オクトが他人に優しすぎるという事も。自分に厳しすぎて、自分を蔑ろにしてしまう事も。

 だから俺はオクトの傍にいる事にしたのだ。俺がオクトを大切にすれば、オクトも早々に俺の大切なものを蔑ろにはできないだろうから。

 俺はそう言って、オクトの家へ転移した。

 屋敷の中から、魔の森に視界が一気に切り替わる。

 あれからかなり時間がたったので、そろそろオクトも目を覚ましたかもしれない。まあ起きていても起きていなくても、強制的に住み込むつもりでここに来たのだ。頑張るしかない。

 俺は閉店の札がかけっぱなしの扉を開け、中へ進んでいく。

 倒れた後、オクトを寝室に運んでベッドで眠らせたので、まだ起きていなければそこにいるだろう。寝室に近づけば、声が聞こえたので、やはりここで間違いないらしい。

 俺は扉にノックをした。

「はい」

 中から聞こえたのはオクトの声だった。良かった。目はちゃんと覚めたらしい。

 その事にほっとしつつ俺は扉を開けた。俺の姿を目に移したオクトは驚いたような顔をする。まさかもう一度俺が戻って来るとは思わなかったかのような表情だ。だとしたら、それはオクトの認識不足というものだ。

 魔族とは得てしてしつこい生き物だ。一度執着したら、まるでヒナのすりこみのように、それを追っていく。


 俺はオクトの緊張をほぐさせるために笑みをとり、ベッドに近づいた。

「もう気分はいいのかい?」

「はあ……なんとか」

 俺の問いかけに、オクトはそう答えた。ちゃんと喋る事も出来ているようだし、アルコールは抜けたのだろう。

 倒れたのが理由というのもアレだけど、強制的に寝たためか、最初にあった時より顔色がいい気がする。本当に心配をかける子だ。

「じゃあ、俺もここに住むから。よろしく」

「……は?」

 オクトに言うだけ言うと、どんとカバンを床に置いた。部屋はどこか新しく作れるだろうか。一緒の部屋でもいいが、多分オクトが嫌がりそうだしな。

 オクトが一緒に住むことに対して反対するのを諦めやすいように、部屋を別室にするところを妥協案としてだそうか。一応オクトはライと付き合っている事になっているわけだし。

「ライが彼氏だからって、俺が遠慮する義理はないだろう?覚悟しておけよ」

「ひぃ」

 ひぃってなんだよ、ひぃって。

 幽霊でも見たかのようにオクトは顔を青ざめさせ小さく悲鳴を上げた。


「ここに住むって、寮はどうするんです? 仕事も」

 うまく返答ができそうもないオクトに変わり、カミュエル王子が聞いてきた。どうやらコイツは俺が一度帰った後もずっと付き添っていたらしい。暇なのか、あえて暇を作ったのか……。

「あそこはとりあえず書庫として借りておくつもりだ。仕事もここから転移魔法で移動すれば何の問題もないだろ?」

 あの本を全てここへ移動するのは難しいし、まだ今後どうなるか分からないので残しておくことにする。職場が遠くなるが、これぐらいの距離の転移魔法なら特に問題はない。

「あ、あの。部屋が――」

「足りないなら、寝る場所はオクトと一緒でも構わないよ」

「つ、作る。アスタの部屋を作るからっ!」

 予想以上にあっさりと承諾の方に流されたオクトに、俺は嬉しいよりも先に、すごく心配になった。……流されやすいにも程がある。

 一緒にいるカミュエル王子も苦笑いをした。なんとなくだが、カミュエル王子が無駄にオクトの家に来ていたのは、オクトがとんでもないことに巻き込まれないための予防の為な気がする。

 ……コイツ自身の考えは上手く読み取れないが。


「じゃあ、どこにしようか。ベッドは召喚するから大丈夫だけど、スペースを用意しないとだからな。アユム、部屋を案内してくれないか?」

 状況がよく理解できてないようで、キョトンとした顔でこちらを見ていたアユムに声をかけると、嬉しそうに頷いた。

 オクトを落とすなら、まずはアユムからだな。

「うん! あんないするー! えっと、アスタもいっしょにすむ?」

「そうだよ」

「ほんと?!」

 嬉しそうなアユムを見て、オクトが顔を覆っていたが、そのあたりは無視しておこう。こういうものは住んだもの勝ちだ。多分オクトもすぐこの生活に慣れるはず。

「家賃とかは後で話そうか。食費とか俺が出してもいいし」

「……はい」

 オクトは最終的に同居を反対する事を諦めたらしく、大人しく頷いた。

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