がじゅまるさま 第六話
シマヅさんが元気すぎるハヤマお爺さんを宥めていると、背中の痛みから復帰したマツバラさんがお祖母ちゃんに顔を近付けました。
「お婆ちゃん、私たちに責めるつもりはないの。ただ、事実を知りたいんです。事実を知って、ショウヘイくんを助ける手掛かりが欲しいんです。
これはあくまで推測なんですが…赤童の正体は、お婆ちゃんの娘さん。つまりお孫さんのお母さん、上原タエコさんですね?」
マツバラさんは突拍子もないことを言いました。そして、破天荒なのに納得できることでした。
「もともと赤童というのは、人間の男性には女の赤童が憑き、女性ならば男が憑く習性があります。
お孫さんは大村御殿の唄を唄ったそうですね?あれは、赤童に憑かれ赤童にされたお坊さんの故事です。きっと、ショウヘイくんはお坊さんと同じことをされちゃいます。
母親が最愛の息子を自分と同じ人外のものにしたがるというのは、矛盾していると同時にぴったり整合するんです」
マツバラさんはとても怖い話をしていました。タエコ伯母さんがショウちゃんを人じゃないものにしようとしているなんて、話が酷すぎです。
でももし、私が赤童になってしまったらと考えたら、少しだけわかるような気がしました。私はきっと、クミちゃんを仲間にしたいと思ってしまうでしょう。本当にやるかどうかは別として、そうなって欲しいと考えてしまうことを止めることはできないような気がしました。
「まず事の発端がお母さんの墓参りという時点で、私はその可能性を考えました。推論を確信にしたのは名前の件です。
『ジャキ』が人間に『シュ』をかけるとき、必要となるのが名前です。しかも、正確な名前がわからなければなりません。しかし、あの時点ではショウヘイくんの名前を迂闊にも口走ってしまった子はいませんでした。ショウという、ニックネームでしか呼ばなかったのです。
ちなみに“名抜き”という初歩的な読心術により名前を抜き取る『ジャキ』もいますが、赤童がこの術を使った前例はありません。多分、赤童に名抜きの術は使えないんです。間違った名前の情報しかなかったヤスコちゃんに『シュ』がかからなかったのが、それを裏付けています。
となると、矛盾が生じてしまうんです。赤童がどうやってショウヘイくんの名を知ったのかが説明つかなくなります。唯一あり得るとしたらそれは、“赤童はショウヘイくんのことを既に知っていた”という以外に解釈のしようがなくなってしまうんです。つまり、お母さんの仕業であると考えることが自然になるわけです。
お祖母ちゃん、お願い。私たち、ショウヘイくんのことを助けたいんです。だから私たちのことも助けると思って、知っていることを話してください」
マツバラさんは見事だと私は感心しました。とても私と同じくらいの年には思えませんでした。
お祖母ちゃんは泣くのをやめて語りはじめました。上原家の秘密と、クミちゃんのお母さんの物語を。
上原家には男の子が産まれない。
お祖母ちゃんは若い頃、お祖母ちゃんのお母さんつまりは曾お祖母ちゃんにそう聞いていました。それが真実だと思っていたのです。長女つまりタエコ伯母さんを産んだ三年後に、その弟を産むまでは。
上原家に男の子は産まれないと聞いていたお祖母ちゃんは、ビックリしました。言い伝えが迷信だったのかと思いました。でも、その推測は間違いでした。言い伝えは迷信ではなく、歪められて伝えられていたのです。
産まれた男の子は、真っ赤な髪の毛をしていました。それだけでなく、後頭部に一つ目が縦にぱっくりと開いていたのです。曾お祖母ちゃんは、渋々ながら真実を話しました。
上原家に男の子が産まれない呪いがかかっている、というのは嘘でした。
産まれる男の子は全て赤童になってしまうのが本当だったのです。
どうして嘘が伝えられているのかというと、真実があまりに過酷だからです。人じゃないものが産まれる家系なんて、公表できるわけがないのです。
当然、人でないものが人の手で育てられるはずがありません。上原家の人達は、男の子が産まれるたびに『がじゅまるさま』に子供を渡してきたのです。
お祖母ちゃんは泣く泣くしきたりに従い、長男を『がじゅまるさま』に渡すことに決めました。産婆さんに頼み子供を林に起き、子供は死産だったと、お祖父ちゃんと集落の人々には伝えました。
その後お祖母ちゃんは三人の子供を産みましたが、幸いにも三人連続で女の子ばかりでした。ところがその次の子供は、とうとう男の子が当たってしまいました。赤毛で頭にもう一つの目を持つ子供を産んでしまいました。
お祖母ちゃんは残念に思いながらも、長男と同じようにすることにしました。ところがここで不運なことが続きました。男の子が産まれる危険のため、本家で出産する際には秘密を守れる信頼のおける産婆さん以外は立ち会ってはならないことになっていました。
ところが四番目の娘は、弟か妹が産まれるのが楽しみで仕方がなかったのです。禁則を破って、出産するところをこっそりと覗いてしまったのです。しかも最悪なことに、弟を林に捨てる相談をするお祖母ちゃんに頭にきて、姿を現してそんなの嫌だと叫んでしまったのです。
このお話の最初のところで疑問を抱いた人もいるかもしれません。五人姉妹のうち、長女であるタエコ伯母さんは故人(実際は人間をやめてしまった)で残るは四人のはずなのに、お盆に集まるのは三家族だけなのです。
四女さんはグレて家を出て行ってしまったと聞かされていましたが、素行が悪くなったそもそもの原因にも説明がつきます。目の前で産まれたばかりの弟を捨てるなんて聞かされたら、母親つまりお祖母ちゃんに不信感を抱いてしまうのは無理もないことです。
今頃、四女さん…私の叔母にあたる人ですが…その人ももうわかっていると思います。その人が悔しくて辛かったのと同じかそれ以上に、お祖母ちゃんも苦しんだことを。でもきっと、今さらお祖母ちゃんを許して家に帰ることなどできないのでしょう。誰も悪くなんかないのに、叔母さんは家族との絆を失ってしまったのです。
お祖母ちゃんは四女さんが狂乱する本当の理由を上手に内緒にしました。でも頃合いを見計らって、タエコ伯母さんにだけ本当のことを話しました。
いずれ子供を産むとき、長女だけはお祖母ちゃんと同じ危険に晒されるからです。自分と同じ悲しみを背負うとき、せめて心の準備くらいはさせてあげようと考えたのです。本当はそれもしきたりで禁じられていたのですが。でも元々迷信深くないお祖母ちゃんは、なぜ守らないといけないのか理由もわからない理不尽なしきたりを破ることに、あまり抵抗がなかったのです。
やがて月日が流れ
伯母さんは結婚し
クミちゃんが産まれ
そして
運命の日は来ました
二番目の子供
恐れていた男の子の出産
ショウちゃんの誕生です
タエコ伯母さんはお祖母ちゃんに真実を知らされて以来、密かにあることについて調べていました。
男の子を『がじゅまるさま』に捧げずに済む方法です。
何年もの月日を経て、先に三女が男の子つまりナオくんを産むのを横目で見ながら、逸る伯父さんに子作りを待ってもらいながら、タエコ伯母さんはついにたった一つだけ『がじゅまるさま』に男の子を持つお許しを頂く方法を見つけたのです。
それは
男の子の代わりに母親を生贄にする方法でした
ショウちゃんは産まれたとき
他聞の例に漏れず
赤い髪と第三の眼を持っていました
タエコ伯母さんは
人ではない男の子を
しばらく愛おしげに
舐めるように愛おしげに抱きしめた後
「元気に育ってね」と
それだけ言い残して
出産直後の体を引きずり
永遠に家を去りました
代わりにショウちゃんの眼は消え
他の赤ちゃんと何も変わらなくなりました
伯父さんは真実を知らぬまま
最愛の妻を失った悲しみに
正気を失って
どこへとともなく失踪してしまいました
お祖母ちゃんは自分のしたことを後悔しました
出産前の長女に
上原家にかけられた呪いを
どうして話してはならないのか
やっと理由がわかったのです
自らの命を投げ打ってまで
子供を救うことを選んでしまう母親が
どれだけ存在するのか
御先祖様たちは
何度も何度も何度も同じ有り様を繰り返し目にした挙げ句の果てに
母親に真実を知らせる時期を定めたのです
お祖母ちゃんは真実を語り終えた後、わっと泣き崩れました。二人の息子を捨てた悲しみと、四女さんとの絆を失った悲しみと、自分の過ちのせいでタエコ伯母さんを失った悲しみと。全部ないまぜにして、動物が吠えるような物凄い声で泣き喚きました。
人外の声で鬼哭するお祖母ちゃんでしたが、誰もそれに恐怖を覚えることはありませんでした。マツバラさんとお母さんとクミちゃんが、お祖母ちゃんに寄りかかって泣いていました。私もいつの間にか、その輪に入っていました。
男の子たちも、お父さんもミカドさんのオジサンたちも涙を堪えているのがわかりました。
「よっしゃ、決まった!!」
最初に立ち上がったのはハヤマお爺さんでした。
「かつて世界で最っっっ高の女だった女性は、今や人の心を亡くしてしまった。てめえが命ぶん投げてまで守ったモンを、全部忘れ呆けて台無しにしちまおうとしてやがる!!
これをどうにかしてやらねえで、何が男だ!!シマヅなにメソメソしてやがるオカマ野郎行くぞキン○マぶっ潰すぞ!!!」
一人で見当違いの啖呵を切りながら、一人でズカズカと歩いて、一度はそのまま外に出て、しばらくしたら戻ってきて玄関に置きっぱなしにした靴を履きました。
張り詰めていた神経が一気に緩んで、私はお腹を抱えて笑い転げそうになってしまいました。
腹筋を押さえる私の背後から、マツバラさんが長い首をニュッと伸ばしました。
驚いて心臓が止まりかけた私に、マツバラさんは囁きました。
「私たち、これから『がじゅまるさま』に行きます。それで、ヤスコちゃんとナオトくんにお願いがあるんです」
少し離れていたナオくんが膝を畳に擦りながら近寄っきて、物言わず頷きました。やっぱり顔がちょっと赤いのが気に食わなかったのですが、状況が状況なのでスルーしました。
「私たちは…オバケ退治のプロみたいなものです。特にハヤマさんとシマヅさんは、その道十年以上のベテランです。……実は私だけは今回が初陣なんですけどね。
そういうわけで赤童だっておバカさんじゃないから、私たちだけ行っても逃げちゃったりするかもしれないんです。だから本当にゴメンナサイなんですけど…どちらか一人だけでいいので、『囮』が欲しいんです。
これ、あくまでお願いです。二人ともヤダって言われても仕方ないんです。指一本触れさせないから、って言うだけならタダですけど、不測の事態に全対応できる保証があるなんて、嘘吐きさんにはなれません。万が一にも危険はあります。
これは二人でないといけません。大人だと警戒されるかもしれませんし、ミキサブロウくんとクミコちゃんは名前がバレバレだから、また取り憑かれに行くのも同じだから連れて行けません。お二人のどちらかついてきてくれたら、凄く有り難いんですけど…」
マツバラさんは本当に済まなそうに、声を低くしながら頼みました。でもこんなとき、ナオくんがどんな反応をするかは決まりきっていました。
「これをどうにかしてやらねえで、何が男だ」
さっき聞いたばかりのセリフをまんまパクって、ナオくんは二ヤっと笑いました。またちょっと頬が赤く染まっていました。
「勿論、私も行きます。どうにかしてやらないで、何が女ですか」
私はどういうわけか、ナオくんとマツバラさんを一緒にしたくありませんでした。
「本当に?ヤスコちゃん、ありがとう!」
マツバラさんは、まるで何も考えていないかのように私の両手を握って喜びました。
「イクコ、やるな。オトコマエ!」
ナオくんはVサインをして、多分私のことを誉めてくれたつもりなのでしょう。私の正確な名前が知らされたのに、完全にスルーしたままで。
「オトコマエじゃなくて、オンナマエね!」
私は不機嫌さを隠さずに、立ち上がって玄関で靴を履きました。ナオくんは私が冷たい反応をする理由がわからないらしく、首を傾げています。ナオくんなんて大嫌いだと、私は腹が立って仕方がありませんでした。