:天才は灯籠を行く 伍
目を開けて時計を見ると、早朝四時を指していた。私は全身嫌な汗を流していて、実に気持ち悪い。私はフラフラと立ち上がり、バスルームに向かった。
早くではあるが、制服に着替え、リビングに戻る。
−−−パチッ
電流が何かに反応している。
「くそ………」
私は電流を流した。またタンスの隙間から盗聴器が壊れて出てくる。このストーカーめ。私は舌打ちをした。
「……………」
もう、なんだって言うんだ……。
私はスマートフォンに目を向けると、メールを受信しているらしく、光が点滅している。私はスマートフォンに吸い寄せられるように、それを取ると、なんの躊躇もなくメールを確認する。
「……………」
『私、今、朝ご飯を食べて、これから出掛けるところよ』
そうか。そうなのか。
×××××…。
私はサイレントモードから、通常モードに戻した。
「と、藤九郎君…? 大丈夫? 顔色酷いよ?」
私の心配をしてくれるのは、奏だけだ。いや、他の奴に心配してもらおうなどとは断じて思っていないが。むしろ迷惑である。というか、私の心配をする者など、この学校にいるわけがない。
「熱でもあるの?」
「ない。…すごい疲れただ、け……」
席に着く前に、足が縺れ、その場に膝を着いてしまう。奏が声を上げて肩を貸してくれているのだが、その声も遠い。
「ねぇ、藤九郎君。帰った方がいいよ。熱はないけど、体調悪そうだし……」
「はぁ……は、ぁ……」
−−−…………。
「藤九郎君………!!」
どうやら私は倒れてしまったらしい。
目が覚めたのは、保健室のベッドの上だ。ちょうど休み時間に目覚めたらしく、横には奏がいた。結局私は、奏の推しもあって、登校して早々、早退した。先生が送ってやると言ったが、私は一人で帰ることを譲らなかった。
その結果、私は重い身体を引きずって、マンションから辿ってきた道を、戻っているところである。
どうしてこうも気分が悪いのか。私は頭を抱えた。
−−−バチ……ッ!
「………!!?」
私は電流に背中を勢いよく弾かれ、膝を落としてその場に倒れる。じわじわと痛みが広がる。焼けたアスファルトが肌を焼く。頬に出来た擦り傷さえも痛い。
『…私、今日、学校サボったんだ〜』
何処からか声が聞こえる。無意識に私の身体から漏電する電流は、カーテンで閉めきった部屋を示した。
『あんた、面倒だからって休まない方がいいよ? ただでさえ出席日数まずいのに』
『だーいじょーぶだーいじょーぶ!! まだギリギリなはずだしさ!』
これは会話であろうか。どのような仕組みかはおおよそ理解している。
私の電気が、電流が示す部屋で話している女子高生の携帯に入り込んだのであろう。しかし、私が今、高電圧をその女子高生の携帯に送ると、どうなるのだろうか。いや、120%感電死するであろう。死亡診断書の死因欄に、『感電死(携帯電話より)』などと書かせる理由もないので、私は身体を起こし、歩き始めた。
−−−パチッ、パチパチ……ッ!
『で、どうも旦那さん、不倫してるみたいなんですって』
『やだ浮気? いい性格してるわねぇ』
今度は主婦の話だ。昼ドラのシナリオにでもしてもらえと思ったが、私は家に帰りたい。が、まだ遠いのが現実である。
『それで、はい……。やっておきます』
上司にコキ使われる部下の、弱々しい声。後の愚痴も聞き取れる。
『…よし、8500コンボ……』
今度は引きこもりらしき、独り言。
あぁ、部屋で一人カラオケしてる奴の声も聞こえる。
−−−バチッ。
疲れているせいか、漏電率が高い。制御できなくなってきている。
『私、今、駅の出口についたところよ』
「…………!!?」
私は受けた電波に後ろを振り返る。背筋が完全に凍った。しかし確認しなければならない。私はすぐにスマートフォンを確認した。
そこには、先程聞こえてきた台詞が、そのまま活字になって表れていた。
『明日はあなたと遊びましょ』
そうだ。
私は×××××の遊び相手に抜擢されてしまったのだ。
−−−バチッ。
−−−ピロリンッ。
『私、今、商店街でお買い物を済ませたところよ。皆優しいのね。可愛いからタダで貰っちゃったわ』
商店街は、私が元来た道を遡り、学校を通り越したその先にある。
……怖い。
−−−パチパチ……ッ。
−−−ピロリンッ。
『私、今、学校の前に来たわ。名前は×××高等学校っていうの』
あの短時間で、もう学校についたと言うのか。しかも、近所の小学校でない。私の通っている高校だ。どちらにしろ、歩いて一キロはある。とても一、二分で行ける距離ではない。
間違いなかった。
×××××は、私にじわじわと歩み寄ってきている。
私はスマートフォンを握りしめ、走った。
このままでは殺される。
×××××に殺されてしまう。
私は重い足を動かし、マンションに向かう。まだ後ろにいないのは解る。しかし、妖気を感じ、私の足が身体より先に逃げていく。身体は正直とは、よく言ったものだ。正にその通りである。体力に自信はあるが、恐怖と疲労で早くも息切れになってしまう。
しかし急ぎ足。
止まりたい。だが苦しい。
昇って間もない太陽に背中を焼かれ、汗にまみれた額から滴が滴り、私は顔を上げると、マンションに着いていた。私の足は一旦止まる。
その瞬間である。
−−−バチッ。
−−−ピロリンッ。
『私、昨日いた公園に寄ったの。皆とかくれんぼ、とても楽しかったわ』
『あ』
『ごめんなさい』
『あなたと遊ぶ約束をしていたんだったわね』
『すぐに遊びに行くわ』
『会いに行くわ』
『だから』
『待っていてね』
私は半ば震えている足が、いきなり動き出した。とにかく私は止まるのが嫌で、階段を使って駆け上った。
−−−クスクスクスクス……。
「笑うな……。笑うな……!」
−−−クスクスクスクス……。
「笑うな、笑うな笑うな笑うな……!!」
−−−アハ、ハハハハッ、ハは、ハはハッ、アハはハハ……!!
「やめろ、やめろ……!!」
私は聞こえてくる笑い声を消すかのように、口の中で呟いた。直ぐ様部屋のドアを開けて、鍵を閉める。カーテンも全て閉めた。漏れる光すら怖い。私は過呼吸になる寸前で、光を完全に遮られる場所を探した。
−−−パチパチッ、チリッ。
−−−ピロリンッ。
『あなたはマンションに住んでいるのね』
『あなたの部屋は何処かしらぁぁぁああぁあぁア、アアあ…アA、aaァ…?』
「…………!!?」
私は恐怖で、壊す覚悟で、スマートフォンを床に叩き付けた。だが壊れない。しかし私はスマートフォンが近くにあること自体に恐怖し、再びひっ掴むと、玄関に向かってぶん投げた。派手な音を立て、暗い玄関に転がる。まだ壊れていないのか、画面の光がぶれて、歪んでいる。画面に皹は入ったらしい。
−−−パチッ。
「…ひ……!?」
そうだ。
そうだそうだ。
先程からずっと気になっていたのだ。私が×××××である者から、メールを受けとるのは、
この能力のせいなのではないか…?
そうであれば、そうであれば、だ。
これは×××××と『誰か』のメールのやり取りであり、私は別にその『誰か』に該当しないのではないか。
いや……。
『千影藤九郎』
駄目だ。
その『誰か』とは、私の事だ。
「何故……何故、私なんだ……」
−−−パチッ、パチパチッ。
「や、やめろ! 放出するな!!」
いくらスマートフォンを離したとはいえ、置き換えるならば電気の塊である私には、そのメールを、声を、受信できてしまう。
が、電気は私の、指先、爪先、頭、腕、背中から、漏電していく。
『……ザザ…ッ。ザ……』
「やめろ! 私の中に入ってくるな!!」
脳内にノイズが響く。まるで電気の渦の中にいるような気分だ。私は座り込み、身を縮め、耳を塞いだ。
『あ、は……ハっ、ハ…ッ。ハハは、はHA……ハ……』
「やめろ、やめろ……!!」
『私』
『あなたの部屋の前に来たところよ』
ドンッ!
「ひ、ぁ…………っ!!!?」
ドンッドンッ。
ドアが叩かれる。一つ一つ、勢いよく。
−−−ドンッドン……ッ。
ドンっドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン………ッ!!
けたたましく、私の耳を、全てを支配するノック音。私は震え上がり、激しいノックで倒れた傘が倒れた、次の瞬間。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ……ッ!!
「や、めろ……!! やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ……!!」
キィイ………。
『あー……ソー…o……ボ…ーぉ、ォ……』
「黙れぇぇぇぇぇぇええぇえぇぇええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
あああぁあぁぁぁあああぁああぁぁああぁあああぁぁぁああぁあぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁあぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!!!!!
『……あーあ』
『もうおしまいなの…?』
−−−パチッ、パチ……ッ。
……ッチ…。パチパチ………ッ。
−−−プルルルッ…プルルルッ…プルルルッ…プルルルッ……。
−−−ガチャッ『ザザ……ザ…』
『もしもし…? もしもし……?』
『私、×××××………』
『今日は……とても…たの、し……カッタ……』
『また、あ、そ、ビに…2……い、i、くわ、ネ……』
『…やだ、切れちゃった』
『…あ、そッカ……』
−−−クスクスクスクスクスクス…………。
『コレカラハ、ズット、イッショナンダモノネ………』
『……マタネ…』
−−−プツン。……ツー…ツー…ツー…ツー…ツー………。
ピー…………。
『NNN臨時速報。今日の犠牲者。
××××× ××××× ×××××
××××× ××××× ×××××
××××× ××××× ×××××
××××× ××××× ×××××
−−−千影藤九郎(17)
ご冥福をお祈りします』
ピー…………。
千影 藤九郎。
我ながら言うのもなんだが、この名前を街で知らない者はいないだろう。
私は所謂、天才部類に分けられた人間であり、凡才部類に嫌われ、拒まれた人間でもあり、また、えらく遠い所に置き去りされた人間だ。
初めて習うこと、学ぶことは、全て応用までその日の内に頭に入ってしまう。定期テスト、模試は全てオールトータルスコア。
嫌みで無くいうが、私は授業以外で勉強はしていない。むしろ授業もまともに受けていない。習っていない数式も多い。
しかし、いざテストを迎えると、習っていない数式でさえも解けてしまうのだ。
あげくの果てには、関数計算までも、暗算で解けてしまった。陰ながら、昔の数学者が残した解けないと言われていた数式も解けてしまった。
私の頭は、限界を知らない。
−−−異常……。
私は明らかに異常なのだ。
おかしい。
アダムとエヴァは、サタンに唆され、真実の実を食べた事で、後に生まれ行く人間の寿命を縮ませ、脳の機能を20%以下まで低下させたのではなかったのか。
では、私は人間でないのか。
私は異常な程に、才能の波に溺れて、
ついに私は……。
−−−溺死したのだ………。
End...