表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪-ワープアンドワープ-  作者: Cro.w
:N Episode
5/32

:天才は灯籠を行く 肆

「貴方、最近、小学生の女の子に会いました…?」

私は弥做の名前を伏せ、津軽さんに聞いた。

「あぁ。会ったよ。…知り合い?」

やはり。弥做が会ったのは津軽さんで間違いない。

「あの子、なかなか癖のある子だね。この間起きた事件についても、なかなか詳しかったし……」

津軽さんは私の隣に座ってきた。

「君は知ってる? この街で流れてる、噂」

弥做に聞いたばかりだ。半ば舐めきっているその顔に向かって、私は言った。

「『都市伝説に憑かれると、殺される』……ですか…?」

「そ。『猿夢』の被害者が出た今、また更に加速するでしょうね」

「貴方は、スピリチュアル好きですか?」

「うん。哲学や、意味が解ると怖い話とか好きだよ? だから、今回の噂は、結構ワクワクしてるんだ」

本当に楽しそうだ。私は溜め息が出てしまう。すると津軽さんは、私に身体に寄り掛かってきた。

「…あ、あの……」

「ねぇ、藤九郎君。君のそれは、電気を自在に操れるのかな…?」

「え、えぇ……。シンプルに言えば…」

「ふぅん……」

津軽さんは私の顔を覗き込んできた。鼻の頭が微妙に掠れる。同性同士でこの距離は、些か緊張もするが妙だ。健全な幼児にこの情景は、些か目に悪い。

「あ、あの……。その……」

「面白い臭いがするね……。君とは仲良くやれそうだ…。なかなか可愛い顔してるし……」

「私に同性愛の趣味はありません」

「俺にだってないよ。でも、君のその受信メールはちょっと、俺の趣味を擽る…」

私はその言動に驚き、リュックの小さいポケットからスマートフォンを取り出した。確かに、津軽さんの言った通り、受信メールが来ている。

改めて、津軽さんにはゾッとする。ポケットの厚さは、受信の際に光る光が透ける厚さではない。しかも、サイレントモード。どう気付いたのか。

「………」



『今日は、小さな公園で、近所の子供たちと一緒に遊んだの。明日は誰が遊んでくれるかな? また明日』



「…………!!?」

「…………♪」

私の指先から電気が漏電する。私は表示されているアドレスを確認した。やはり、あの「merry」から始まる、メールアドレスだった。

「…身に覚えのないメールが、届いたと見た……」

「…なんで解ったんですか?」

明らかにおかしい。私は不覚にも、津軽さんに見とれていて気付かなかったが、津軽さんからリュックまでは、私を挟んだちょうど死角である。

津軽さんは、私を見て微笑むと、私の頬を第二関節で撫でた。

「…ん、ぅ……」

なんとも、はしたない声を出してしまった。先程から私に過度なスキンシップを求めてくるが、一体何なのだろう。

「藤九郎って、アホウドリの別名なんだってね……」

「……………」

「助走をつけないと、飛べない鳥。…君は知ってた……?」

「え、えぇ……まぁ…」

今度は私の頬をつついてきた。ポーカーフェイサーである私の顔が、徐々に赤面化していくのが解った頃、津軽さんも面白そうに笑う。

「…それで、なんでわか……」

バキバキッ!

「…………」

私は足元に転がっていた、違う空き缶に目を向けると、空き缶が派手に潰れていた。そして間も無く、私の目線の先にあったゴミ箱がゆっくりと潰れる。不気味なほど、静かに。

私が再び津軽さんに視線を戻すと、思わず背筋が凍るのではという笑顔で、私の顔を覗き込んできていた。

他に誰と間違えるか。この平和な公園で、空き缶とゴミ箱を遠距離技で潰せるのは、目の前のこの男しかいない。

「……で、出過ぎた事を…」

私は目線を逸らし、顔を下げる。

「藤九郎君。…君はあまり、こちらに入り込んじゃいけないよ……?」

「…え……」

私は目線を戻した。

「その能力がある以上、君に、平凡な日常は戻ってこない。…下手すれば……」


「君は晴れて、非日常の腹の中だ……」


私は何がなんだか解らず、ただ汗ばんだ手で、スマートフォンを握っていた。やけに粘着質な生唾を飲み込み、それでもこの目の前の男に、気圧された緊張で乾いた、口の中は潤したつもりだ。

「…もうそろそろ、か……」

津軽さんは立ち上がった。発言からして、用事でもあるのか。

「俺から助言出来るのは、ここまで。…話せて楽しかった。でも、くれぐれも気を付けて。…俺はもう行くよ……」

顔が近付いてきて、後ろに退こうと思った時にはもう遅く、肩を掴まれると、頬に唇を落とされた。

「…………!!?」

ポーカーフェイスを極めた私でも、これには流石に動揺した。

「な、なにを……!?」

「口止め料」

「は……?」

「君のそれは、他の人には言わないでおいてあげるよ。唇じゃないだけ、ありがたいと思ってよね?」

「貴方の口止め料は、口付けか接吻に限るんですか…?」

「その方が、どのような形であれ、俺の事、覚えるでしょ?」

最もだ。確かにこれであれば、恨みであれ、歓喜であれ覚える。現に私も、記憶のど真ん中に今の出来事が、焼き印で押された気分だ。

私はまだ残る感触に、頬を押さえた。

「プハッ、ハハ……ッ」

初なのは認めるが、笑われると腹が立つ。私はリュックをひっ掴むと、この狐のような男より先に公園を後にした。


「忠告はしたよ……。千影藤九郎君…」


津軽さんが何か言ったみたいだが、私には聞こえなかった。





私は家の近くで、再びスマートフォンを確認した。あの気味が悪いメールを見るためである。津軽さんのような趣味ではない。現実を見るためだ。

「公園で……遊ん、だ…?」

まさかとは思うが、先程いた公園に紛れていたのかと疑う。

−−−パチッ。

私の肩に、電流が走る。まだ慣れないため、私はその場で立ち止まる。気が付くと、もうマンションの前であった。

私はマンションで一人暮らしだ。両親は街にいない。更に言えば、海外にいる。だから私の頭の記事の事は知らない。それと、少し離れた所のマンションには、社会人の兄がいる。

私は、気味が悪いメールを見ながら、形だけと言わんばかりに、アドレスと番号を交換した、兄と両親の姿を思い出した。

一年間で、本家身内との受信メールトータルは、二桁にも満ていないのが現実である。あるのは専ら、仕送りの知らせだ。夜に爪を切ってはいないものの、果たして私は、親の死に目に会えるのだろうか。

この謎のメールアドレス。いつか、自分の家族よりもメール数が多くなってしまうのではと、嫌な気体が体内から込み上げて来そうであった。

私はエレベーターに乗り、部屋に向かうと、ドアを開けた。施錠はいつも完璧である。

「……………」

ふと疑問に思った。

「盗聴器は、いつ仕掛けられた…?」

今考えると、明らかにおかしい。私が最近招いた客といえば、弥做と、家の鍵が開かないと一時間程いた、奏。考えたくはないが、数ヵ月前には、兄がきた。

「………いや、まさか…」

考えたくはない。弥做とはずっと一緒であった。奏は自室に招いたものの、二度手間が嫌いな私は、自室に入る前に、買い置きの菓子と飲み物を持って、奏と一緒に入ったのだ。何が飲みたいかなど聞いていたので、仕掛ける隙などない。

兄に至っては、『心配で見にきた』と言って入り、特にといった笑い話もなく、私が兄から職場の話を少し聞き、兄は、『また来る』と言って帰っていた。

「……まさか…、他にも……」

私はリビングの中心に立つと、電流を少しだけ流してみた。流した電流が、斜め後ろにある観葉植物の陰に伸びる。

そこか、と、私は一気に電流を走らせた。

−−−バチ……ッ!

観葉植物の陰から、ごとり、と何かが落ちた。後ろを振り返る。

「………!?」

そこには、明らかに盗聴器という大きさではない。先端にレンズが付いている。

監視カメラだ。

私はまだ点いている赤いランプを見ると、恐怖が増し、まさに光の速さで監視カメラを破壊した。赤いランプが消えると、私はそこに座り込んでしまった。


−−−チリ……ッ!


「ひ………!!?」

身を縮めると、電流が走った。蛍光灯が割れる。テーブルの上に置いてあるカップが割れ、かなり高値のコンポも壊れた。

「やめろ。私を見るな……!」

駄目だ。漏電が続く。

誰かに見られ、聞かれる。これが落ち着いていられるか。耳を塞ぐ手が震える。

「頼む……。やめろ、やめてくれ……!」

やめてくれる気配などない。さしずめ、私の見えない所で、肆揮のようにケタケタと笑いながら、この情けない私の様を見ているのだろう。頭が痛くなってくる。


−−−カタンッ!


「………!?」

目を向けると、そこにはスマートフォンがあった。受信を知らせる、緑の光が静かに点滅する。私は、顎に流れてきた嫌な汗を袖で拭うと、意を決し、スマートフォンに手を伸ばした。情けない事に、まだ手は震えている。

起動させ、受信メールを確認した。



『明日は誰が遊んでくれるのかな?』


あのメールアドレスの主だ。

私はその一文だけかと、スライドさせ、確認した。


『あなたが遊んでくれるのかな?』


「………!!?」

更に下。


『それとも、あなたの、オトモダチ…?』


『やっぱり、あなた?』


『きーめた』




『明日はあなたと遊びましょ』



「………!!?」

私はスマートフォンを容赦無く、部屋の隅に投げつけた。

なんだ。なんなんだ、あのメールは!

明日は私と遊ぶだと!? どういう意味だ!?


−−−クスクスクス………。


笑い声が聞こえる。ついに頭がパンクしたか。幻聴まで聞こえてしまうとは愉快なものだ。

私は再びスマートフォンに目を向けると、またあの緑の光が点滅している。私は、四つん這いで近寄り、手に持たず、確認した。どうやらスマートフォンは生きているらしい。

しかし、私の平常心もついに尽きる。



『私の名前、×××っていうの』


『オトモダチになリマしョゥ…? ナカよクしまシよう……?』




『千影藤九郎』




私はその後、近所迷惑などお構いなしに、悲鳴を上げて倒れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ