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輪-ワープアンドワープ-  作者: Cro.w
:N Episode
4/32

:天才は灯籠を行く 参

結局、あまり寝付けなかったのが現実である。朝になって、食事が喉を通らないと、栄養ドリンクしか飲まずにきた。しかし、身体は正直で、腹の虫がけたたましい。

「藤九郎君」

昼休み。机の上で伸びていると、奏が話し掛けてきた。その手には、チョコレートが摘ままれていた。

「…大丈夫? すごい、疲れてるみたいだけど……」

すごい疲れてるみたいだけど、ではない。すごい疲れているのだ。奏はチョコレートを食べる。

「…奏……。それ、私にも一つ、くれないか…?」

「それ? ……あぁ、うん。いいよ?」

すぐにチョコレートを出し、私にくれた。しかし、手を動かすのも面倒だ。私は辺りを見渡す。ここは教室の一番隅の窓際。そして私は化物。見る者は一人としていない。

「奏……」

「え……」

私は重い頭を動かし、奏が差し出してくれているチョコレートにかぶり付いた。

「…ち、ちょっと……」

指まで含んでしまった事は、食べ終わったら謝るとしよう。しかし、勿体無い。私は奏の指の体温で溶けたチョコレートを見てそう思うと、一気に湧いた食欲に逆らえず、その指を舐めた。

「……と、藤九郎君…!?」

大丈夫だ。周りには気づかれていない。が、男相手にこうもされては、奏も嫌だろう。もう、アドレスを消される覚悟である。

食べ終わり、見上げると、奏の顔は真っ赤になっていた。

「…奏。ごめん……」

女の子みたいだ。私はすぐにウェットティッシュを渡すと、奏は指を拭いた。

「い、いいよ。よっぽど、お腹空いてたんだね……」

笑っているが、内心怒っているのではないか。自分でやっておいてなんだが、罪悪感が半端ない。

「…ねぇ、奏。ちょっと話さない…?」

この場の空気を変えよう。まずは話題を変えればいいだろう。

「な、なに…?」

「…信じられないかもしれないんだけど………」

奏であれば、多分、苦笑いで済ませてくれるであろうと、私は昨晩あった事を話した。盗撮器の事、そして、いきなり電流を流せられるようになった身体の事を。

「………」

やはり黙るか。そうなるか。

「ごめん、奏……」

今日はやけに、奏に謝る回数が多い。すると、奏は自分のスマートフォンを出して差し出してきた。

「…僕の携帯、充電切れしちゃったんだ。復活させてくれない…?」

つまりこれは、私の話を信じてくれているという事だろう。出来るか解らないが、私は携帯を受け取った。

昨日と……。昨日と同じ感覚…。

「………っ」


−−−バチッ!


「わ……っ!」

電流が走った。焦ったのはむしろ私である。私はすぐにスマートフォンを起動させようと、電源ボタンを押す。

「起動した…!」

奏が横で言った通りだ。しかも充電容量を確認すると、満タンであった。

「すごいよ藤九郎君! 本当だったんだね! ありがとう!」

「あ、あぁ……」

私はスマートフォンを渡した。奏は切れている間にきていたメールを確認している。

「…でも、盗聴の件もそうだけど、なんでこんな事が……?」

「私が知りたい」

昨日いきなり、なんの前触れもなく宿った能力。それに、私に宿ったところで、実用性がない。バトルパートに入るわけでもないだろうに。

「…あ……」

ふと時計を見ると、もう五時限目が始まろうとしていた。

「じゃ、私は帰る…」

「あ、うん……。バイバイ」





「あれ、藤九郎君?」

声からして、奏だと思ったが、昇降口に奏がいるはずがない。だとすれば、だとすれば目の前にいる、靴と上靴を履き替えようとしているこいつは。

肆揮(シキ)……」

奏の双子の弟、瀬能(セノウ) 肆揮。ちなみに瀬能兄弟とは、家が近く、幼稚園からの幼馴染みだ。が、そんな付き合いの長い私でさえ、奏と肆揮の区別がつかない。何度かからかわれた事がある。私は元々ポーカーフェイスなのだが、根暗属性に落ちかけている、今の私を作ったのは、おそらく肆揮だろう。

肆揮は、奏より解りやすく、黒い。

だから正直、私は苦手なのだ。

性格の解りやすい人間ほど、扱いやすいモノはないのだが、こうも解りやすく、自分の黒さを晒しているのにも関わらず、扱いにくい人間を、私は知らない。

「そう言えば、藤九郎君は、午前中でいつも帰っちゃうんだったね。奏が心配してたよ……?」

「…お前はなんで、早退するんだ?」

肆揮は優等生である。聞いた話では、風紀委員副委員長をしているらしい。こうも黒いのにも関わらず、社交性が身に付いているのが怖い。

「僕…? 僕は今から、交響楽団のコンダクトを取りにいくところだよ」

瀬能肆揮はコンダクター、指揮者である。私はよく知らないが、彼が指揮棒を振ると、曲が一味違う雰囲気を醸し出し、また、一線外れたような曲調になる。が、曲の世界観は壊れない。なんとも不思議な、幻想的な演奏に仕上がると言うのだ。

『生きた幻想曲(ノクターン)』とも呼ばれているらしい。

「…大変だな……」

「そうでもないよ? 前に比べたら仕事は減ったしね。大体、高校生とコンダクターの二足草鞋自体、辛いもの。休息の間も与えてくれない。……でも、嫌いじゃないけどね……」

下駄箱の蓋を閉める。

「だって、大の大人を、指揮棒っていう鎖で引いて、たかが棒の動きで、真面目腐ったように動き続ける。…コンダクトは面白いよ、実に……。…クハハ……ッ」

こうも黒いのは、私の前だけであろうか。久々にゾッとする。

「藤九郎君。奏と仲良くしてやってね。奏は藤九郎君の事、大好きみたいだから…」

「大好き……?」

「うん、恋愛感情的に」

「…………」

「クハハッ! 冗談だよ。…でも、僕も奏も、藤九郎君の事は、愛してるよ? 友情以上、恋愛未満っていう、ね……?」

「私はそうである事を祈りたいばかりだ」

「ていうか、その一人称、相変わらずだねぇ……? そんなに改まる事ないのに」

「どう喋ろうが私の勝手だ」

「だろうね。僕達が藤九郎君をどう思うのも、僕が楽団をただの操り人形に思うのも、それは勝手だ。藤九郎君も、全国を震撼させるほどの天才じゃなかったり、とか」

「……そうあってほしい。私はただ、出来る事をしただけだ」

「クハハッ、ハハッ。あーあ……。喋ったら疲れちゃった。…じゃ、僕はもう行くよ。またね、藤九郎君」

突っ掛かりにくいと私に印象を残し、肆揮は去っていった。





日差しが暑い。

「…はぁ……はぁ……」

−−−パチッ。

「な……。そんな……、無意識に…」

−−−パチッ。パチパチ……ッ。

私の手のひらに、また電流が走る。私は近くの公園に立ち寄り、日陰になっているベンチに腰を下ろした。小さな子供と、その親が遊具で遊んでいるのが見えた。私はベンチに横たわった。気管が開き、大きく息を吸える事で、少し落ち着く。

「……しかし、なんで私にこんな…」

私の頭より、この電流を流せる身体の方がおかしいだろう。私は手のひらを見つめ、電流を流してみる。そして、横に向いた時、空き缶が目に入る。

「……………」

私は空き缶に手を伸ばした。勿論届かない。だからこそ私は、電流を出し、空き缶を自分の手に吸い寄せた。パチパチと音を立てながら、私の手に近付く空き缶と、砂に含まれる砂鉄が私の手に握られた。

「…………」

駄目だ。私は本当に化物になってしまったらしい。強ち、周囲の目線が成していた意味は合っていたようだ。ここまで来ると、もう自棄になってしまう。


「…君、大丈夫……?」


………。

なんだ? この違う次元を感じる声音は。

風が流れる。木漏れ日が揺れる。私は目線を上げると、そこには青年が立っていた。

初夏にも関わらず、黒のワイシャツに黒のストレートパンツと、全身黒ずくめ。七分のシャツから覗く綺麗な色白い腕を辿って行くと、細い首に、整った綺麗な顔立ちが映った。まるで、この世にいることを忘れてしまいそうな美貌であった。艶のある黒髪は細く折れそうで、切れ長の青い瞳には、思わず吸い込まれそうだった。

「大分疲れてるみたいだけど…?」

「…えぇ。大分……」

同性ではあるが、思わず見とれてしまう。その細い手が、私の持っている空き缶を取った。

「君の物じゃないみたいだね」

「マナーの悪い使用者の仕業です」

「違いない……。まったく、ポイ捨てする奴に…」

バキバキッ!

「…………っ」

「公園を使用する資格、ないよねぇ…」

私は驚いた。青年は手で弄んでいた空き缶が、手から離れた僅かな瞬間、その位置で留まり、青年がゆっくり手を拳に変えると、宙に浮いていた空き缶が、青年の手の形と比例して、潰れたのだ。

「…………」

ただし私はポーカーフェイサー。顔の筋肉は動いた気配がない。青年は薄く笑みを浮かべ、私を見ながら空き缶をその場に落とした。

「君にも、似たような事が出来るみたいだけど……。それは最近……?」

青年は落ちた空き缶を、今度は靴底で潰した。勿論、靴底は空き缶と触れていない。完全に平たくなった空き缶は、青年の華麗な蹴りで、50メートル先のゴミ箱に向かって一直線に飛び、カシャンと音を立てて入った。青年は、ナイシューと、小さく呟く。

「…どうなの……?」

「……仰る通りです。…というか、貴方は……?」

私の身体が異常と、私自身が異常だと近付いて来たように現れ、そして、重力、浮力を自在に操る、能力を所持する青年。どう見ても怪しい。

青年は、顎に指を添えて、少し考える素振りを見せる。

「俺……? 俺は……」

「……?」

「…津軽(ツガル)……」

青年はそう名乗った。

「津軽さん……?」

「うん。今はとりあえず、それで」

「つまりは偽名ですね……」

「…そうだね。俺には、俺に合う名前がないから。…で、君は……?」

私は初対面の人間に名乗るような、無防備な事はしない。

「千影藤九郎…です……」

「わぁ、可愛い名前だね。千影藤九郎君、ね。覚えた覚えた」

なんて事だ。口が滑った。いや、割らされたが正解か。

「ん……?」

津軽さんがポケットに手を伸ばす。そこから出てきたのは、

「…あぁ、もうこんな時間だ……」



『黒いシャツの、お兄ちゃんから聞いたの……』


黒いシャツ……。


『あと、黒い懐中時計、持ってた…』


黒い、懐中時計……。



「……? どうかしたの? 藤九郎君……?」

津軽さんの笑みに、私はまたゾッとした。


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